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ペンギンはブログを見ない

法律事務所勤務。現代アート、お笑いが好きな50代。
『表現を仕事にするということ』
 小林さんがnoteに有料の連載を始めたとき、いずれ本にまとめられるだろうからそのときに読めばいいやと思って読者にはならなかった。そしてこのほど本がでたので、読むことにした。
 文章が話の合間に軽口が入る落語っぽい文章が東海林さだおに似てるなってちょっと思った。読みやすい文章で、1時間ほどで読み終えそうな感触だった。

 ところがまるで進まない。一話4ページほどなんだけど、1つ読んでも何も残らないので、他のことを考え始めてしまって、いつの間にか本を閉じている。
 本の構成や「表現を仕事にする上で大切にしたいことや、起こりうる様々な困難の乗り越え方など」が書かれているという前書きからして、自己啓発本的なものなのかな、今自分は自己啓発的なものを必要としていないからつまんないのかなって思ったりした。
 でも自己啓発本にしては、妙に低姿勢だし、結局決めるのは自分だなんて責任回避的なこと言うし、抽象的なことばっかり言っててなんか全体的にふわふわしている。入っている具体的エピソードも説得力に疑問があるものが多い。小中学生の頃の成功体験とか入っているけど、生徒に大ウケとか知らんがな。お酒の席で出版社の偉いさんに失礼な発言をされたが、次の日それを知った若い担当者が深々と頭を下げたので、当のお偉いさんが何もフォローしなくても嫌な気持ちにはならなかった。若い担当さんの「ごめんなさい」が十分に伝わったから、というエピソードなんか「嘘つけ」としか思えない。やらかした当人と関係ない人のごめんなさいで何で気が済むんだろうか。わからん。これが、失礼な上司の下で担当さんも苦労しているのが感じられたから担当の顔に免じて失礼な上司を許してやることにした、というのならわかるけど。でもそれは、誰かに迷惑をかけたら謝ることが大切という文脈で入れるエピソードではない。

 あまりに読み進められないので、そういうときにやる裏技をつかった。最後の1ページだけ先に読むのだ。
 そこには、東京オリンピックで解任されたあと、家に戻ってきて「僕は、僕が観たいものをつくる」と張り紙に書いたということが端的に書かれていた。
 これを読んだときに合点がいった。
 そうか。これは、小林さんが自分に向けた、立ち直るための自己啓発本なんだ。自分を見直して、自分に必要なものを探り当て、それを得るように実行するための。だから小中学生の頃の成功体験みたいな、赤の他人が読んでも説得力を感じないエピソードが主張の根拠付けに入るんだ。小林さん自身に成功したという感覚があればいいのだから。
 この目線で読むようにしたら、読み進められるようになった。しばらく遠ざかっていたからついうっかり忘れていたけど、小林さんの作品って、全部そういう作りだったなーとか思いながら。
 それでも読み終わるまで1週間かかったけど。


表現を仕事にするということ 小林 賢太郎 (著)

# by k_penguin | 2024-06-11 00:44 | エンタ系 | Trackback | Comments(2)
「倉俣史朗のデザイン-記憶の中の小宇宙」展
世田谷美術館で開催中。2024年1月28日まで。
倉俣史朗展に行くのは、覚えている限りでは、原美術館、ハラミュージアム・アーク、21_21についで4回目。

倉俣史朗特有の浮遊感に焦点を合わせた展示で、ミスブランチはじめ、メインどころは一通りそろっている。照明関係がやや少ないが、光の椅子とオバQはある。ラピュタは無い。ハウ・ハイ・ザ・ムーンの色違いが展示されているのは初めて見た。
スター・ピースの写真を間近で撮れるのは良い。
2019年に復刻されたハウ・ハイ・ザ・ムーンに座れるぞ。エキスパンドメタルの編み目がちょっと小さくなっているように思う。全体も昔のよりちょっと小さくなってて、座りやすくなってる。

ショップも充実。真ん中がピンク色のアクリルインゴットの花瓶やスパイラルで売られていたバブル型時計もあって充実している。昔から自分には手の出ない値段だったけど、さらに値上がってる…。お手頃な値段のスター・ピース柄のハンカチを買う。スター・ピースとミスブランチはグッズでも推されている。
カタログもサービス旺盛。ブルーシャンパンの天板が乗っている部分を横から撮った写真が載っているし、硝子の椅子とミスブランチの設計図も載っている。ありがてえ

倉俣史朗のデザインが現役で店舗にあったバブルの頃は自分は貧乏な学生で、実家も厳しかったので現物に触れたものは少ない。スパイラルやヤマギワ、新宿高野の地下くらいか。三宅一生の店舗なんて、貧乏人に近寄りがたいオーラがバリバリ出ていたし。
しかも、スマホも無かった当時は、せっかく倉俣の椅子に座っても、座ってる自分を見ることができないんだよね。アクリル椅子の座り心地はもれなくお尻が痛いだけだったし。
だから逆に倉俣が亡くなって、美術館で眺めるようになってから、身近になってきた気がする。他人の目を気にせずにしゃがみ込んでずっと眺めていられるし。
ただひたすらに美しいだけで、機能を無視した倉俣の椅子は、人が座っていない状態がベストなのだ。
「倉俣史朗のデザイン-記憶の中の小宇宙」展_c0030037_18442652.jpg

# by k_penguin | 2023-11-26 18:47 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
『死に方がわからない』 門賀 美央子/著
 両親がみな亡くなると、「次は自分の番」という感じが現実味を帯びてくる。
 私の場合、父親が平成17年に、母親が2019年に亡くなった(令和元年というよりか西暦の方がしっくりくるあたりにも時代の変化を感じる)。さあ、次は自分の番だ。実は昨年入籍したからもう独身ではなくなったが、夫婦の間でもそういう話はしにくい。やはり自分で用意していかねばなるまい。
 独身ものの年寄りも「おひとりさま」なんていうくらい浸透した存在になっているし、今は「終活」という便利な単語もあって、いんたあねっとなどという便利なものもある。「おひとりさま」の「終活」についても、調べればなんか、こう、便利なセットになったものがいい感じにささっと出てくるんじゃ無いかな、出てきそうじゃん。そうでなくても、銀行に聞けばなんとかなるんじゃ無いかな。お金はかかるけど。「老後の何ちゃら」とかよく宣伝してるじゃん。 ・・・と、その気になればすぐにでもなんとかなるような気がするから、急ぐことも無いんじゃないかな、で伸ばし伸ばししていた。 そんな私と似た境遇の、おひとりさま50代の作者の方が、思い立っていろいろ調べてみた結果がこの本だ。だから、老いを迎える心構えとか、そういう精神的なことがテーマの本ではない。
 延命治療のこととか、死後の身辺財産処理のこととか、遺骨・お墓のこととか、飼っているペットをどうすればいいかとか、そもそも、それらのことを自分でどうするか決めたとして、その意思をどうやってしかるべきところに伝達するか、とか、いや、その「しかるべきところ」も決めなくてはいけないんじゃん、とか・・・
 要するに、むちゃくちゃ面倒くさい!ということがわかるのだ。いや、薄々そうじゃないかとは思っていたのだ。だからこそ今まで伸ばし伸ばししていたのだ。
 しかも、死ぬことについては、ある意味、備えていなくても死んでしまったご本人が困るという事態は決して起こらないのだ。さらに、この本にも書いてあったが、人間、いついかなる状況で死ぬのか予測がつきにくいのだ。予測がつきにくいということは、どのようなサービスが自分に必要となるのかもわかりにくいと言うことだ。
 おまけに、自分がどのように死ぬのか想像を巡らせると言うことは、決して気持ちよいものでは無い。やっぱり、先延ばしになってしまう。それは仕方が無いことだ。
 しかし、作者は考えに考え、どうしても避けたい死に方をいくつか考え、それをなるべく避けるべく手を打ち、打つ手が無いときは諦める、ということにしてことを前に進めていく。それだけでもすごいことだとおもう(行動力の化身!)。私の周りの老人たちは、たいがい、「ぴんぴんころりでいけますよおに」と思いついたように祈るしか老後の備えらしいことをしていなかったからだ。
軽口が多めの文章だが、軽口でもたたきながらでないとやっていけない作業なのだ。

 各論的ないろいろな終活関係のサービスでは、やはりまだ一人暮らしを前提としたサービスがあまりないということが大きなネックのようである。社会のシステムが、まだ親族と同居の状態で亡くなることを前提としているのである。親戚付き合いがなくても金があればなんとかなる、というわけでもないところがまた面倒くさい。個人情報の管理が厳しくなってからは、親族以外の者に財産や医療の意思決定を任せることはまだまだ難しい。金だけでは無く、人のつながりもまた終活に必要、というのはショックだった。

 考えてみれば、私たちの世代くらいから、都会で一人で暮らしていくという層が増加したような気がしている。我々が社会に出たばかりのバブルの頃は、一人暮らしをターゲットにしたサービスが少なかった。スーパーではまとめ買いが前提の売り方が多く、一人で外食をするのは見栄えの悪いことだった。そのうちコンビニが惣菜を扱い始めて、一人暮らしにとても便利になった。
 それまでは男も女も30までには結婚しているもので、それを超えても独身の人は、普通じゃない人、どこかがおかしい人、と見なされていたものだった。しかし、毎日のことが一人でもなんとかなるようになったら、結婚しない人も増えてきて、別に結婚していないからどうとか離婚したからどうとかも言われなくなってきた。一人で生きていくことの意識的ハードルは昔に比べて下がってきたのだ。だからなんとなく、一人でも終活できるような気がしていたのだ。
 しかし、生きることについてははともかく、死ぬことについては、まだ社会の意識は変わっていなかった。家族に付き添われて病院に通い、家族に囲まれて亡くなるのが「普通」なのだ。一人で生きている人たちの多くがまだご健在のため、問題が可視化されていないのだろうと思う。これから、一人で死んでいく人の数は大きく増えて問題点も明らかになって行くであろう。
 そうしたら、コンビニみたいな便利なサービスが終活にもできるのであろうか?そしたら、私の終活はそのサービス待ちってことじゃだめかなあ・・・。
 生きるのも死ぬのも面倒くさい世の中だなあ。


死に方がわからない
# by k_penguin | 2023-01-06 13:45 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
『リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』
 原題は A LIBERTARIAN WALKS INTO A BEAR:The Utopian Plot to Liberate an American Town(And Some Bears) 「リバタリアン、熊と出会う」といったところか。熊が6匹見え隠れしている本の表紙は熊さんとの素敵な出会いを予感させる。
 一方、熊要素が全くない邦題は、流行の「~してみた」式の、タイトルだけで大体どういう話か推測できるやつ。つまり、早い話が自由を連呼する自由至上主義者どもが無残に失敗する話なのだ。帯の宣伝文句は「米国で存在感を増すリバタリアンたちの思想と暴走を没入型取材で描き出した全米騒然のノンフィクション。」…「没入型取材」ってなんだ?
 しかし、だからといって憎らしい自由主義者どもが派手に撃ち合ったり、挙げ句の果て熊が一列に並んだリバタリアンたちに次々ビンタを食らわせて死人がたくさん出る、みたいな娯楽映画のような結末を期待してはいけない。これはノンフィクションであり、ノンフィクションである以上、結末は現実的だ。つまり、主要登場人物達のほとんどは生きているし、自分のやったことを反省している人もいない。

それではこの本が、読者の期待に応えられないつまらないものかというと、断じてそういうことは無い。
 この本の主役はリバタリアン達だけでは無いからだ。自由に振る舞うリバタリアン達がこの本の縦糸をなす存在ならば、横糸は、自由に振る舞う熊たちだ。

 リバタリアン達と一口に言っても、ある人にとっての自由とは、銃を持ち歩き、敵に対してぶっ放すことであり、またある人にとってはおなかを減らした熊さんにドーナツをあげることである。またある人にとっては、自分のやることなすことにいちいちお役人から文句を言われないことであるし、自分の心に語りかける神の声に従うことであるし、あと、税金を払わないことを「自由」の中に入れている人も多い。
 一方、この本の第2の主役である、野生の熊は紛れもなく自由に振る舞い、それが故に管理の対象となっている。
森に住む彼らは、森の食料だけではまかなえなくなってきた場合は多少の危険を冒して森の周辺の家にある食料やら家畜を荒らすが、基本的に臆病で危害を加えられなければ彼らから攻撃することは無いとされていた(『ゴールデンカムイ』で履修済みの方もいると思う)。
 しかし、度重なる文明との接触は熊に変化をもたらす。森の食料を捨て、ドーナツをほしがるようになるという生活の変化だけでは無く、例えば砂糖、たとえば猫が持つ寄生虫は、熊の脳に影響を与え、彼らの性格も変え始め、神経質で攻撃的にする。日本でもニホンザルによる猿害が問題とされておるが、それの熊バージョンだ。
 自分以外の何かが自分の脳に影響を与え、思考自体を変えるとなってくると、いったいなにが「自由」なのだろうと考えざるを得ない。考えてみれば、ある人が求める自由の内容はその人の人格の反映である。人格の形成は生まれ育った環境や、国の文化、時代の価値観と無縁では無い。当人は自分個人だけの問題と思っているだろうけど。

 この本は、特に日本人を対象とする本では無いけど、裏切られ続けた結果自由を重視するニューハンプシャー州の歴史や、日本以上に多くの場面において法規制が多いアメリカの現状をみると、「うっせいわ!俺は勝手にやらせてもらうぜ!」となるリバタリアンの気持ちもわからないでは無い。うっせいと言うだけで品行はおとなしくよい子でいられる日本とは環境が違うと感じた。
 「自由」という言葉はいろんな側面がある。自分勝手のちょっときれいな言い方だったり、人権に裏打ちされた重い概念だったり、使われる文脈によってそれは変わるけど、自由の追求のためにどんどん荒廃していく町と、どんどん不自由になっていくリバタリアンたちを見ると、なんだか「自由」という魅力的な性悪女に惑わされて身を持ち崩していく男を見るようで、自由にはこういう側面もあったのだなと思った。

 幅広い調査と考察、そして、得られた多くの情報を読みやすく編集する高い文章力のおかげで、いろんな方向から考えることが出来る良書であると思う。


# by k_penguin | 2022-08-27 17:17 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
小林さん炎上する
東京オリンピックの開会式、閉会式ディレクターとなった小林さんが、20年以上前のVHSに収録されたコントで、ユダヤ人差別発言をしたことで炎上中です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/0bf323874db9e58943b723a3209a003065800da1?tokyo2020
コメントもいただいているので、瀕死のこのブログが、新エントリを開きます。
何か言いたいことある方など、匿名書き込みできるので、どうぞ。

私はさっきこのニュースを見たばかりで、問題のコントもノーカットのものを見ていないので、(問題の台詞のシーンだけがやたらTwitterに出回っているようですが)たいした感想は持っていないのですが、
よく見つけてきたな。というのと、このコントが見つかったことそのものよりも、これに対する小林さん側の対応が重要だろうな、とは思っています。

追記
解任されたようですね。
東京オリンピック組織委は、スポンサーやらIOCやら、余りに多くの配慮事項があるので、
有事に際して意思決定することができるような組織ではないのかもしれません。
小林さんについては、お気の毒にとしか言いようがありませんね。
いろんな意味で。

追記2

小林さん自身のコメントが発表されました。
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210722-OYT1T50176/
当ブログといたしましては、20年も前の美大ノリの舞台用コントよりも、こちらの方に興味がございまして、で、読んで思ったのは、
完璧だな。ってことでした。

まず、自分からディレクターを降りると言わずに組織委員会からの解任通告を粛々として受けるという形にしたところ。彼の、仕事とはただ我慢することである、という持論に沿ったものです。自分自身のメディアを使わず、五輪組織委を通じての発表にしたところも良いと思います。
また、「人を傷つけない笑いを目指す」というのは、2004年のポツネン以降言い出したことであるのは、私も記憶しています。だから、1990年代のコントには、まだその方向性が表れていなかったというのは、主張として一貫性があります。まあ、私は彼が人を傷つけない笑いを目指しているとは思っていないのですが(彼が目指すのは自分の傷を癒やす笑いだと思っている)。
彼は、現在の時点の規範から見て、20年以上前の作品の1つの言葉の選択が表現の技巧として不適切であったというという、おそらく誰もが賛成するであろう意見のみを述べ、20年前の作品の1節を理由としてショーディレクター解任処分をすることの適不適については一切述べていません。
ここで述べていないだけで、何か思うところはあるはずだと我々外野は勘ぐりそうなものですが、多分、本当に意見は無いのではないかと思います。『砂場の少年』で、日本航空123便墜落事故を模したおもちゃを作って叱られた梨郎は、そこから、時事ネタは難しいものだという気づきは得ますが、それ以上の考えは持たない。それと同じように、発注元の組織委の眼鏡にかなう作品を作ることが彼の仕事であって、それ以外のことは判断する権利も能力も彼にはなく、従って、考える必要も無い。
彼はそう心得ているように思います。

# by k_penguin | 2021-07-22 11:09 | エンタ系 | Trackback | Comments(16)


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