三浦雅士『出生の秘密』

さて。
ここんとこ俺は小林賢太郎にこだわっている。
最初は彼の表現方法についてのみ論ずるつもりで、扱うテーマについては立ち入らないようにしようと思っていたのだが、方法の選択とテーマの選択ははっきり2つに分けられないので、結局両方まとめてやっつけなければならなくなって、やはり面倒な迷路に入ってしまった。
彼の扱うテーマは全て「私って何?」という疑問につながるテーマである。
前に彼の作品は全て小林賢太郎でありすぎる、と書いたが、それはそういう意味だ。
全ての人が自分を「私」と認識する以上、そのテーマは普遍的なテーマであるが、それと同時に、あまり役に立たないテーマであることも確かだ。
自分が何者であるか深く考えなくとも問題なくやっていけている例はいくらでもあるからだ。
むしろ問題は、「なぜ私はそんなことにこだわるのか」なのだが、それもまた「私って何」と関係がある疑問である。「そんなことにこだわっている自分」がいるわけだから。

ほーら、めんどくさい。
疑問が疑問を呼び、しっぽを食べるヘビのようになる。

困った俺が助けを求めた本が『出生の秘密』だ(全617ページ!)。
三浦雅士の評論は他人の作品を論じているようでそうではない。
中島敦の、夏目漱石の、丸谷才一の、その他いろいろの方々の文献から照らされる光で、自分というものを探っていく記録である。
読感はむしろ大江健三郎の小説を連想する。
池袋西武12Fのブックセンター(現LIBRO)で手に取ったデビュー作『私という現象』からずっとそうだった(菊地信義が装丁した当時としては珍しい半透明のブックカバーが美しかった)。
で、あいつならやってくれるぜ!とひらめいたのだ。
説明になってないかもしれないが、俺的には当然の選択だった。

そして実際、選択は間違っていなかった。
笑い、父親と母親、愛と僻み、言葉と表現の対象、真実と嘘、支配と隷属、音のリズムと象徴、錯覚、そして、鏡。
あつらえたようにキーワードがちりばめられ、漱石も龍之介もラカンもヘーゲルも、そして三浦雅士もコバケンも俺も、みんな同じ街並みの中を全力で走り抜け、袋小路でおろおろして涙目で空を見上げ、裏技のような抜け道を見つけ、川を見下ろしながら橋を渡り、そして最終的に見慣れた風景をまた見つける。
彼の一つ一つの論は確実で、将棋の駒のようにぴしっと目の前におかれ、手順が積み重ねられる。
でもね、ぶっちゃけそーゆーことはもーいーの。
新生児はまだ意識が発達していない。出生は本人にとっての重大事なのに本人は覚えていないから本人にとって永遠にそれは秘密になり、自分を自分で知ることはありえない。
とかね、もーいーの。
次から次へと表れる問題を東西南北の文献をフル稼働してひたすら退治していくその闘志に感動するのね。多分彼は涙目でやってるなって思ったりするのね。また飲んだくれて熱い愚痴言うんだろーなーこの青森県民は、とかね。
本当は初めから全員答えを知っていたのだ。「私」なんていないと。
言葉だけでは解決には至らず、私達は走り続けなければならないと。

なぜ「私」だけがこんな因果な目に遭わなくてはならないのだろう。
つぶやきながら、私達はまた何周目かのスタートを切る。
by k_penguin | 2005-11-27 23:06 | エンタ系 | Trackback(2) | Comments(2)
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Tracked from 志紀島啓ブログ at 2005-12-19 15:51
タイトル : 三浦雅士「出生の秘密」を読む
三浦雅士の「出生の秘密」を読んだ。最初の丸谷才一の「樹影譚」の話と中島敦の再評価についてはおもしろかったのだが、芥川龍之介のあたりから話がおかしくなってくる。芥川そして三島は自然や愛や性といったイマジネールなものが描けていないから駄目だというのだ。そこで....... more
Tracked from ペンギンはブログを見ない at 2005-12-23 00:45
タイトル : 三浦雅士『出生の秘密』その2 ダメ出し編
三浦雅士にダメ出して?!ありえへん! と、思ってたけど、この本の感想についての他のブログの記事なぞを見てるうちに、ま、やってもいいかな、とか思って。 でも、そんな大したダメ出しではない。最終章「魂の悲哀」に判りにくいって思ったとこがあるってだけ。 引用する。 ・・・ふつう思われているのとは逆に、愛とは実は社会のはじまりでも自己のはじまりでもないからだ。社会のはじまり、自己のはじまりは、愛の抑圧、愛のねじれとも言うべき僻みの方なのだ。愛そのものは、逆に人から社会を剥ぎ取り、自己を剥ぎ取る。社...... more
Commented by たもと at 2005-12-09 21:17 x
TBありがとうございます。もういいの、とおっしゃる気持ちなんとなくわかるように思います。文学ってそんなにたいそうなモンじゃないんだな―と私なんかは思いました、違っているかしら?
Commented by k_penguin at 2005-12-10 13:38
コメントありがとうございます。
三浦のおっさんにかかれば、文学も哲学も記号論もたいそうなもんじゃなくなって、でも身近な人間に見えてくるっていうのがすごいと思いました。
みんながんばってるんだなー。


法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


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