散らかった部屋で裁判員制度を語る

部屋が散らかっていて掃除をしたいなー、つか、しなきゃいかんのだろうなー、と思っていても、動き出すきっかけがつかめないときってある。
今の俺のように。
人様から見れば雑然とした部屋でも、部屋の住人にとっては、散らかっているなりに便利なのだ。
例えば、部屋の隅に脱ぎ散らかした服がとぐろを巻いているとする。
見栄えは悪いが、いちいちクローゼットを開けないでも、そこから適当なのを1枚引っ張り出せばよいのは便利だ。
大体どんな服がその山を構成しているか、部屋の主は知っているし。
しかし、ものには限度というものがある。
どんどん散らかっていって、このままだと確実にヤバイ域に入るんじゃないかなー、と思いつつも、ずるずる掃除を後のばし・・・。

そんなとき、効果的な手の1つが、「部屋に客を呼ぶ」だ。
客が来るとなれば、服を脱ぎ散らかしたままにしておくわけにはいかない。
最低限、人様に不快感を与えない程度には部屋をきれいに片付けなければならない。
客を呼ぶことは、部屋掃除の動機付けの1つというわけ。


・・・で、裁判員制度っていうのは、そーゆーことなんじゃないかな、
と、最近になって思うようになった。うん。

裁判員制度導入の理由っていうのは、あまりはっきりしていなくて、みんないろいろ理由になるようなならないようなことをごちゃごちゃ言っているのだが、刑事裁判というのが、専門家達だけでいじくり回しているうちに多少乱れてきていたっていうのはあると思う。
乱れてきたっていっても、それは仕事を早く片づけるために都合が良いようにしているうちにそうなってきたんだから、悪いことばっかりではない。
ただ問題は、裁判所が片づける仕事の大半が自白事件の有罪事件なもんだから、全体がなんとなくそれ用にカスタマイズされ始めたということだ。
部屋が散らかっているときも、毎日使うものは探さなくてもたいていその辺に転がっている。
問題が起こるのは、久しぶりに白い靴下を出そうと思ったときとか、寒くなってきたので去年買ったフリースを出そうと思ったときとか、まあそーゆーときだ。刑事裁判でいえば、否認事件ね。

そーゆー問題って、自覚しているのは部屋の住人であって、他人にはわからないし、部屋の住人としても積極的に他人にお知らせしようとは思わない。
で、掃除しようかなー、でもこのままでとりあえずの用が足りてるしなー、と、うだうだしているうちに、大掃除の季節がやってくるわけだ。
別に世間が大掃除だからといって、うちもやることないじゃん、とか口の中でごねてはみたが、世間が皆やっているのだ。
やらないというわけにはいかない。
でもやる気になれない。
そこで「お客様」だ。

裁判員制度を迎えるにあたり、刑事裁判制度は大きく変わった。
とくに公判前整理手続により証拠の扱い方が変わったし、それに伴い、被疑者段階での弁護活動も重視されるようになり、ついでに被害者参加制度も乱入してきた。
そういうのって、あまり一般に広く知られているというわけではなくて、裁判所は何もしていないと思っている人も多い。
でも、裁判所としてはそれでも別に良い。
迎えるお客さんに、大掃除中ですなんて積極的に言うことじゃないからだ。

お客さんはお客さんで、
自分から行きたいと行った覚えはないし行く理由もよくわからんしで、なんとかして行かないですむ無難な遠慮の言葉を探している。
最初の目的が掃除にあることからすれば、掃除さえ済めば本当にお客さんを迎え入れなくても良いはずなのだが、
これだけの大掃除をしたのに客が来ないでは、逆に迎える側の気がすまない。

さあ、きっちりお部屋に上がってもらいますよ!

裁判員制度って、結局そーゆーことなんじゃないかな。
だからまあ、お客さんが部屋に入った時点で実はお客さんの仕事は半分以上終わっているんだよね。

で、後の半分は・・・客と主とのコミュニケーションかなあ。
こればっかりは対面してみないとわからないな。
部屋の主は意外とぬけてるから・・・。
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Commented by uneyama_shachyuu at 2008-12-24 00:17
「お客さん」とは上手い表現でしょう。
ワタクシは、「今は無き日生球場で、選手よりも少ないんじゃないかと思える、やかましく批判する文字通りの『外野』に、『そんだけ言うなら指揮または審判(※裁判)してみんかい!』と怒り狂って、掟破りのルール変更で審判(あるいは監督)に抜擢するような行為」とも思えます。
簡単に言えば、「責任(特に死刑判決)のなすりつけ」ですね。
※ちなみに、当時の南海のファンのヤジは、はっきり言って、今の吉本なんざ足元にも及ばないほどの面白さがありました(笑)。
Commented by k_penguin at 2008-12-24 13:06
>責任(特に死刑判決)のなすりつけ

これについては、ワタシ的には審判員側の
「文句があるならやってみろ」に賛成です。

死刑制度は日本の刑事政策の1つであり、
政策である以上、主権者たる国民に責任の一端はあると思います。
もっと死刑を増やせと言いつつ、「自分は死刑判決下すのは御免だ」というのは
あまりに無責任な態度だとワタシとしては思っています。

ただ、これをやると外野から下りてきてた奴の中には、
ぶち切れてやぶれかぶれの判断をし、
試合を無茶苦茶にする奴が出てくるので、
そこは審判員の選択眼でしょう。

8月だったかに、BLUEMANっつー、
客いじり大好き外国人エンタ集団の公演に行きましたが、
彼らは客をちゃんと見ていて、
舞台上に引きずりあげるのは大人しそうな人ばかりで、
決してワタシなんか選びませんでしたよ。
Commented by バイダール二世 at 2008-12-27 13:32 x
某所で、被告人が893屋さんで、傍聴席がその組の方が大勢いる場合、顔を晒した裁判員は、死刑を求刑できるか・・・みたいなのを読みました。
たぶん、私は無理です。
Commented by k_penguin at 2008-12-27 16:52
うーん・・・
その設定にはあまり現実味が感じられないし(裁判長が傍聴を制限すると思う)、
死刑の言い渡し辛さを表現するのに
わざわざ特殊なギョーカイの面々の恫喝をもってくるあたりに、なんか発想の貧困さを感じるんですけど、
でも、
最前列に、被告人の年老いた母親を座らせて、さめざめ泣くように言い含める、というのは
昔から弁護士の間で冗談半分に言われています。

裁判員制度の施行にあたり、裁判員をした人達のPTSD対策というのも予定されているそうです。
つまり、事件によってはかなりの精神的負担がかかると言うことです。
Commented by バイダール二世 at 2008-12-27 21:38 x
有難うございます。
実は、なんや変な評論家やな~と、思いつつも、やはり所詮一般人なので、ちょっと不安・・・でした。
で、ここは、頼みのペンギンさんにコメントしてみました。
精神的負担は、所謂、想定内だったので、逆に安心しました。
で、画面ですが・・・最初、お正月向けのお花かと思ったら、
ペンちゃんの、おでんぶ、が花びらみたい、やったのね。
Commented by k_penguin at 2008-12-27 22:45
被告人の裁判員への「お礼参り」の危険への対策も、なんかそれなりにあったと記憶しています。
裁判員は、裁判官や、被告人に不利な発言をした証人よりも、事件との関わりがうすいってイメージなので、
危険は、それほどは高くないんじゃないかな、とは思うんですが、まあ、絶対無いとは言い切れませんよね。

スキンの絵は、「梅鉢クレイシ」です。
皇帝ペンギンのヒナはヒナ同士で集まって集団を作りますが、
それをクレイシっていうんだそーです。
by k_penguin | 2008-12-23 02:18 | ニュース・評論 | Trackback | Comments(6)

法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


by k_penguin