今回は、いわゆる「深読み」に関する記事なんだが、そもそも論として、
 小林さんは、一体何をしたいんだ?
っていう疑問が、ずーっとつきまとっていた。
 言葉遊びとイメージを、お手玉のように操りながら、自分の内面を、客観的事実から切り離して語っていくのが小林さんの一連の作品の作り方なんだけど、客観性がないおかげで、見ている側は評価が出来ないのだ。
こういう物を作って、一体何がしたいんだろう。何を目的としているんだろう、というのはずっと自分の中でひっかかっていた。

で、このほど発見したのが、『ゲームの規則』という本だ。
いや、正確には、円城塔が書いた、『ゲームの規則』-全4巻に関する書評だ。
この書評を読んで、小林さん参考図書として『ゲームの規則』を読み始めたんだけど、今現在でまだ2巻の途中で、そして、多分全部は読まないだろうなという確信を抱いている。
だから、もう、書評の方を使う。

レリスは「音の類似に流されがち」な思考を持っている。だからあまり本を読み進められない。文章を書くときも、韻を踏み出して、どんどん思考がずれていく。いや、ずれていく、というより、その意味を持たない音色や、言葉の持つイメージ、文の流れにこそ、真理のささやきが潜んでいるような気がしている。そこには、何らかの、「ルール」がある。規則であり、規律であり、ゲームの決まり事である、ルール。
レリスはそのようなルールを探るべく、ずれていく思考をあえて流れるままにして自分の内面を探り、テーマごとに自分を探求していく。
おかげで、読む方はすっごい読みにくい。仏文を和訳したものだから、音の類似は翻訳者にいちいち説明してもらわないとわからないし、それを除いても、何の話をしているのかすぐにわからなくなってしまう。フランス人の多くもそう思ったらしくて、1巻の最後の方には、発表された最初の章が不評であることが記載されていて、レリスが、僕だって人並みに傷つくみたいなことを書いていた(その辺は率直だ)。

とにかく、この書評と、読みかけの本から、俺にもわかったことがある。
世界は広いから、小林さんみたいな人は他にもいるってこと、そして、その、似ている人が、36年かけて「人生を作品として織り上げ、書くことで、そこにひそむ秘密を解明すること。」にチャレンジしているのなら、同じことを小林さんが考えていたとしても、まあ、おかしくはなかろう。と言うことだ。

というわけで、ここで、KAJALLA#3に戻る。

レリスはもっぱら、言葉の音や響きの持つイメージに拘泥していたが、小林さんは言語だけではなく、形も使う。
今回、目を引いたのは、洒落にならない親方から登場している、白く光る○で、これは月に見立てた丸い板であったり、スポットライトであったり、ちゃぶ台であったりしながら、最後の作品まで舞台に登場し続け、最後の作品で、白い□に置き換えられる。
どうも、○を□にする、というのが、今回の主要課題らしい。
ちなみに、最後の作品は、お金がないと物々交換で不便だよ、という稚拙な話であるが、そうなってしまったのは、○を□にするのに必要ないろいろな「くくり」があって、話に制約が多く科されていたせいではなかろうかと推測している(「重要なのは意味ではない。その効果だ!」)。よくわかんないけど。

いや、そんなことより、そもそも、○が何で、□が何者なんだか説明してくれないと、何をどうしたいのかさっぱりなのだが、その辺は決して客観的に説明されない(「重要なのは意味ではない。その効果だ!」)。
 ○は以前ポツネンでテーマになったときは、コミュニケーションの断絶に基づく喪失とか、孤独とか、虚無とか、その辺のイメージをまとわりつかせていたけど、決して小林さんの敵ではなく、ちょっと困ったお友達程度の存在のようである。○が創作の源泉であることからすれば、「人生を作品として織り上げる」ことと合わせ考えて、人生の親戚と呼ばれる、涙、あたりであろうか。
 一方、□は、仕事と関係しているのは確かで、箱とも関連しているようだが、それ以上のことはよくわからない。
ただ、面接したエイリアンの就職の決め手となったのは、「資格」-しかく-□である。
□があれば、まあ、たいがいのことはどうにかなるんだろうね。
今回はこのくらいで。

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# by k_penguin | 2018-04-17 00:02 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
 カジャラも、もう3つめだ。#2が去年の3月から5月だったから、大体1年になる。
カジャラの#1はYoutubeにあげられて、#2は、一部を除いて、編集されたものがBSで放送された。
 で、まず、全体の印象を言えば、前回はKKPっぽかったが、今回はシティボーイズっぽかった。
 そして、面白いか面白くないかと言えば、
面白いけど、「すげー面白い!」わけではない。一般チケット7500円は高いと思う。でも、もしもYoutubeにあげられたら、それはお勧めできる。その程度に面白い。

 チケットと言えば、今さら気がついたのだが、一般席のチケットの値段が高い割に、学割が2500円とかなり安い。今回は横浜公演も前売りが余る日があったのだが、この傾斜配分のせいで、古いファンが観る回数を減らしたのかなって思った。 それじゃあ、高校生とかのヤングな方々に2500円で劇場でカジャラを観ることをおすすめできるかっていうと、そこまでじゃあない。
(追記 4月15日 
東京公演を見たら、横浜よりも面白くなっていた。脇を固める4人が役割をきっちり把握してくれているという感じ。メリハリがついてわかりやすくなっていた。ので、7500円は高い、と言いきるのは言いすぎかなって思って追記。まあ、自分は高いと思うけど。でも5500円くらいならまあ、良いかなってくらい)
 今回の観劇にあたり、#2を録画したものをやっと観たのだが、テレビの方が声が聴き取りやすいし、座席位置による当たり外れがない。単調な流れのところは、編集でメリハリをつけてくれている。編集されたものの方がライブより見やすい。
 熱く盛り上がるような作品は、劇場まで足を運んでリアルタイムで観にいく長所が生かされるが、比較的クールな小林さんの作品は劇場の良さはあまり体感できない。周囲の客が笑うから、大したことないギャグもなんとなく面白いように感じる、ということはあるが、俺はそれを劇場の長所だとは思っていない。
 俺が小林さんのお芝居をわざわざ観に行くのは、盛り上がるためではなく、作品の持つ微妙な空気感を正確に読み取ろうとしているからであり、つまり、深読みをするためである。


と言うわけで、本題に入る
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# by k_penguin | 2018-03-10 02:50 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(11)
小林賢太郎テレビ9をやっと見終わった。

日曜に録画して、ほんとは月曜に仕事が終わった後、息抜きにちゃっちゃと見てしまおうと思ってたのだ。
で、軽い気持ちで見始めた。
まず、舞台袖のたまりで小林さんが作業しているところに大森南朋くんがやってきて、軽い感じで、コントでやりたいことあるのよ俺、とか言って、何かな、絶対面白くならないやつかな、だったら、小林さんはどういうリアクションとるのかな、とか思った次の瞬間に、南朋くんは矢継ぎ早にあれもこれもやりたいと早口でまくしたて出した。しかも言い回しが完全に「小林節」だったので、俺はそこで完全に混乱してしまった。なぜ、舞台裏なのに、言わされてる感100パーセントのしゃべりかたをするんだろう?なぜ舞台裏で巻きで喋ってるんだ?
演出家の顔色も見ずに新規の提案を3つ、するだけした南朋くんは、あっという間に去ってしまい、次の瞬間に壇蜜が画面の中につっこんできた。壇蜜と小林さんは楽しそうな雰囲気を作り、南朋くんの提案はものすごい早さで実行されたが映されなかった。小林さんは南朋くんを仲間外れにする感じが面白いらしかったが、それのどこが面白いのか、俺にはまるでわからなかった。

 ただただ混乱した俺は、耐えきれず、ここで観るのを一度やめてしまった。
導入部だけでこの始末では、全部見ることはできないかもしれないし、そのうえ、感想を書くことなんてとてもできない。俺は重いため息をついた。今回はパスしよう・・

 公式HPに載っていたタイトルを自分のワープロにコピペしたとき、初めてサブタイトルが「表と裏」ではなく「裏と表」であることに気がついた。
    裏が表なんだ。
 それなら、舞台「裏」の喋りがまるで舞台上で台詞を言っているようなのもわかる。裏が表だからだ。その代わり、本来撮影されるべき南朋くんの提案は映されない。表は裏になるからだ。
 ・・・むう。時間をかければ、理解できなくはない。これなら、書けるかもしれない。もう1度、視聴チャレンジだ。

結局、「ずがいこつ」の途中で1度、お題コントの途中で1度、あまりのつまらなさに挫折したので、4回に分けて見たことになるのだが、見終わったのは金曜日だった。
漠然と、小林賢太郎のフラクタルみたいな作品だ、と思った。
導入部だけとっても小林賢太郎だし、全体を見ても小林賢太郎だし、どの部分をちぎってみても小林賢太郎だ。
むしろ、今までで一番、小林賢太郎が赤裸々に出ている作品なのかもしれない。何と言っても、表も裏も出ているのだ。
でも、その小林賢太郎は俺には面白くなかった。『ロールシャッハ』や『うるう』などでもう観た。って感じ。自分のビョーキ自慢みたいなこと言われてもなって思う。

今回のテーマは、二面性を併せ持つこと。
小林さんの作品の場合は、作品そのもの以上に、その作り方にメッセージがこもっているが、今回の作り方のテーマは「合成」だ。別撮りした2つの世界の物が合成により1つのものになる。お題コントも、デジタル合成こそしていないが、水槽や光の投影を使った合成がされている。
だから、「表」と「裏」が反対概念であることにこだわる必要は無い。男と女は別に表と裏ではないが、そこはポイントではない。小林さんはこの2つを併せ持っていると言ったことがポイントだ。
まあ、俺にとってはどうでも良いことだけど・・自分の女性版に壇蜜使うとは、なかなか自信がおありのようですな。
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# by k_penguin | 2017-12-18 00:46 | エンタ系 | Trackback | Comments(6)
最近全然法律のことなんて書いてなかったら、その間に、世間はすんごく進んでいたのだった。
 どのくらい進んでいたかというと、こんなわけわかめなことが起きるくらい。

 YouTuberがVALUで買い煽りをして売り逃げてフルボッコされてる(←今ここ)。

…いやー、横文字多くて、もうおじさん、さっぱりだよ。
YouTubeはよく見ているけど、YouTuberの動画は見たことがない。ああいうの見るのって、小学生とか、せいぜい中学生の暇つぶしだと思っていた。
で、VALUも何それおいしいの状態なんだけど、どうも、個人を会社と見立てた場合の株式にあたるもの(VA)を売買するところ。らしい。

つまり、このほどVALUに参加して、自分のVAをたくさん発行した「有名ゆーちゅーばー」のヒカルさんは「自分株」を買い煽って値段を上げてから、手持ちの株(VA)を全部売って、何千万の単位で儲けたらしいのだ。 

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# by k_penguin | 2017-08-31 16:06 | ニュース・評論 | Trackback | Comments(6)
毎回行ってる横浜トリエンナーレに今年も行ってきた。秋に入ると混み出すから、今回は割と早めに見てしまおうと思ったのだ。
今回の会場は、横浜美術館と赤レンガ倉庫1号館、横浜市開港記念会館の3つ。赤レンガ倉庫が会場になると横トリって感じがして嬉しい。

今回は、比較的少数の作家の作品を複数展示するパターンで、その作家の持ち味をじっくり味わう展示だった。
しかし、せっかちな小市民である自分は、とにかくさっさと回りたいのだ。作品の「つかみ」が悪いとすぐに次の展示に行ってしまう。60分の映像作品とか、絶対見ないから。
また、今回は生真面目な作品が多く、ぱっと見でわからない物も多かった。無料のガイドブックは読みにくく、解説のない作品も多くて、何が何だか分からんまま、前を通過せざるをえない作品もあった。多分音声ガイドを借りればフォローしてもらえるんだと思うが。
そういうわけで、つかみが良くて、ストレートにテーマを伝える作品が高評価になってしまうのは致し方なし。

ミスター
夏のワンフェスに出ていたでかいフィギュアが展示されていた。立体は何か塗りがこてこてしていて昭和のマネキンみたいで好きではない。平面の方が妄想感あっていい感じ。
で、やっぱ、まどほむだよね。
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プラバワティ・メッパイル
ワイヤーを張った空間は繊細だが、落ち着く雰囲気が良い。ミニマルだが、技術の高さが垣間見えて、安心感がある。

ザ・プロペラ・グループ
2つの銃弾をジェルブロックの中で衝突させた、「AK-47vsM16」はインパクト大でしかもかっこいい。
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ザオ・ザオ
今回の横浜美術館での展示の中で一番印象に残った作家。
タクラマカン砂漠に冷蔵庫を持っていく「プロジェクト・タクラマカン」は9つのモニターで行程を見せるやり方が、全体像を把握しやすくて良かった。
両親との共同作品(?)の「スーツ」も、ガイドブックの説明を必要とはするが、結局作者の父親の長文の文章を読んでしまうという引きつける力がある。
99,999元のふんだんに刺繍が施された高級スーツ(ジャケットだが)と、それを模倣して作者の母親が仕立てたスーツが並ぶが、作者の母親は、息子のためにとても丁寧な作業をしている。ぱっと見では差が分からないほどだ。それでも、コード刺繍の部分をビーズ刺繍で代用するなど、じっくり見るとオリジナルに比べ、見劣りがする。99,999元は伊達ではないのだ。
オリジナルのスーツをめぐる両親とのやりとりを読み、2つのスーツがまったく異なる「価値」を背負っていることにしみじみ。

赤レンガ倉庫1号館会場

クリスチャン・ヤンコフスキーと宇治野宗輝が楽しくてインパクトもある。
ラグナル・キャンタンソンの映像作品は通して見ると60分以上あるのだが、ちょうど入った頃に終わりにさしかかっていて、各スクリーンで演奏していた奏者たちが三々五々1つのスクリーンに集まり、歌いながら野に出て行くラストを見ることが出来た。これはラッキーだった。

横浜市開港記念会館

会場間無料バスがこの会場を通らないのは残念。しかし、柳幸典の展示とあっては行かないわけにはいくまい。ガイドブックをチェックしていたら、今回は「アーティクル9」が出展されると書いてあった。俺はこの作品を生で見たことはなく、ずっと見てみたいと思っていた作品だったので、うれしかった。
会場は地下の階で、犬島精錬所美術館と同じ、鏡を使った仕掛けが施されていた。鏡にはこれまでの原爆実験や投下の記録が刻まれていて、今回は原爆や戦争をテーマとしていることがうかがえた。
「アーティクル9」はその名の通り、憲法第9条をモチーフとした作品。
俺が柳幸典の作品の好きなところは、社会問題の全体像をイメージとして一発で把握させてくれて、しかも政治的意図がない無色透明さがあるところだ。
「アーティクル9」を最初に知ったのは、もしかしたらもう20年前かも知れない。新聞で白黒写真が1枚載ってただけなのは覚えている。9条の解釈が諸般の政治的な理由によって、細分化した条文をあれこれ操作するという面倒なことになっていて、2項は1項を前提としているからその範囲でとかいろいろやってるんだけど、それでも、9条を無いものにはできない以上、戦争の抑止力は厳然として存在はする、という状況を、文節ごとにバラバラにした9条を電光掲示板でバラバラに点滅させたり、ときには全文が点灯するという、端的な表現で見せたことに感動した。
で、今回ようやくご対面、となったわけだけど、・・・あれ?こういう作品だったっけか?って、なぜか思った。
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初対面なのにおかしいんだけど、この作品が、こんなに不安感がある作品だとは思ってなかった。もっとニュートラルな顔をしている作品だと思ってた。
まず、電光掲示板がすべて消えて真っ暗になっている状況が長すぎる。それから、電光掲示板が全部点灯している状態でも、条文を通して読める状態にはならない。順番がめちゃくちゃになっている。最初に条文は全文通して掲示はされるけど。そして、全部の文節を見渡せる位置に移動すると、どうしても中心にある瓦礫を思わせるかわらけの中に踏み込まざるをえなくて、足元で乾いた音がする。
この作品、最初からこうだったのかな?それとも、リメイクしたのかな。最初に知ったときから、集団的自衛権とか憲法改正手続の法律とかあったしな。作品の年は2016年ってなってるけど、時代に合わせて変えたらこんな不安要素の強いものになったってことなのかな・・?

というわけで、今回の柳幸典は良かったぞ。
という感じで、まあ、チケット代分は楽しめた今回のトリエンナーレでした。

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# by k_penguin | 2017-08-27 02:39 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
3ヶ月ほど前、外出中の同僚から「ねえ!この人、この人誰だっけ?!!思い出せない!」というメッセージと共に写真が送られてきた。そこには、神楽坂の団子屋の前でテレビカメラに囲まれてちんまり、というか、くったりと座っている初老の男がいて、そしてそれは、紛れもなくきたろうなのであった。
そんなわけで俺はシティボーイズを思いだし、今回の公演を観ることにした。
前回の公演のときは、ちょうどいろいろ忙しかったので観る機会がなかったのだ。

観ることに決めてから、ちょっと調べて、それで前回が「ファイナル」と銘打たれていたのを思い出し、なにしろシティボーイズのことだからと、あまり本気にしなかったことも思い出した。
それでも、今回の公演が、18時30分開演の回と20時30分開演の回があると知ったときはびっくりした。長くても1時間の公演と見積もらなければなるまい。おじいちゃん達は大丈夫なのだろうか?18時30分の回だけで、疲れたとか言い出さないだろうか?ゲストがライスで、シティボーイズが1本コントをやってライスが1本コントをやるらしいが、30分で全部終わったりしないだろうか?
そんな風にワクドキしながらよみうり大手町ホールの小ホールに向かう俺だった。
とかいっても、彼らが、チケット代として払っただけのものは見せてくれるであろうことは信頼していた。

会場は幅広い年齢層の成人の客がいて、男性も多かった。若い人たちの姿がほとんど見られないのは、20時30分の回であるためであるとも思われる。舞台に設置されたテーブルをはさんだ2脚の赤くて透明なレジンの椅子、下手にある赤い棚の上の赤い電子レンジがシティボーイズぽい。
阿佐ヶ谷姉妹の江里子さんが安定の語り口で案内放送を担当していた。

時間になって、素敵なピアノの生演奏と共に幕が開いた。ピアノ奏者の顔をどこかで見た覚えが確かにあるのだが、イマイチ思い出せないうちに暗転してしまった。
話は、薬物更生施設での話、らしかった。と、くれば、シティボーイズの舞台を知っている人ならぴんとくると思うけど、「あの感じ」満載のドタバタだ。
演出が三木聡なんだけど、なるほどって感じ。「目が大きくなるプリクラで撮った百目小僧」とか「グーグルマップのピンみたいなすごい内出血」とか。どう?見たい?ほらね、「あの感じ」。
で、フリスク!。大量のフリスクが雨あられで、特に斉木しげるに大量にぶちかまされて、席は前の方じゃないんだけど、フリスクの匂いが座ったままで感じ取れたのはすごかった。
そんなわけで、すっごいシティボーイズらしいコントだった。演じる方も熟練の技で、きたろうは最初から絶好調でかんでいた。それにつっこむ大竹まことも「俺だっておまえに言いたいことはずいぶんあるよ」と言い返されるくらいあやふやな喋りがあった。でも面白い。
カーテンコールで、ライスの関町が「面白ければ、噛んでもいいんだって(思った)」と言っていたが、なんというか、面白い噛み方と面白くない噛み方があって、きたろうのは、「何を言いたかったのか雰囲気で分かるけど、でも変」という面白い噛み方なんだなあ。とか思った。斉木しげるは相変わらず無邪気で、比較的台詞が少なかったせいか、大きな破綻はなくてよかったよかった。

 シティボーイズのコントは40分くらいだった。で、ライスが新作を10分くらいやって、カーテンコールでぐだぐだ喋って、全部で約1時間だった。そうそう、最後になって思い出したが、ピアノ奏者は大竹マネージャーだった。人力舎でマネージャーやってる大竹まことの息子だ。マジ歌選手権を見たことのある人はその芸達者ぶりを知っていると思う。
そんなわけで、すごいじゅーじつした舞台だった。客はアンコール欲しそうだったが、電子レンジの音楽で追い返された。
物販もないし、なんてゆーか、潔い公演だったなって思った。
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# by k_penguin | 2017-06-14 17:07 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(0)
何年か前に、俺の母親が振り込め詐欺に遭った経験を記事にしたことがあるんだけど、
その記事を書いた後に、ある人に
 騙された母親を非難したり、惚けたと思ったりしなかったのですか?
という質問をされて、そういう発想は俺にはなかったから、逆にびっくりしたんだけど、
言われてみたら、そう思うのは普通のことかもしれなかったから、それであらためて考えてみたら、
俺が普通と違ったように考えた理由は、以前この手の組織的詐欺系の被疑者の刑事弁護に関わったことがあって、そういう詐欺って、どんな感じで行われているのかって一応知っていたからで、
で、質問されたときは、それがどんな感じなのかっていうのがうまく言葉で表せなかったんだけど、今日になって唐突に思いついた。ので、書いておく。

あの手の分業で行われる詐欺って、
穴が何カ所も空いているぼろい地引き網のどでかいやつを二、三重で引き回すような感じ。
ぼろい網だから、穴から漏れる魚は結構たくさん居て、それが「楽勝だったよ」とか言うから、「網がぼろい」って点だけがクローズアップされちゃうけど、
網の大きさが一般のイメージよりもはるかにでかくて、さらに、何回もかけるから、たまたま穴の空いてない部分にひっかかる魚はいるわけで、その魚が特に間抜けというわけではない。網がでかすぎるだけ。
質よりも量を重視して行われているわけね。

網の全体の大きさって、魚目線からはわからないから、振り込め詐欺に騙される方がバカって思っちゃうけど、それは違うって言いたい。
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# by k_penguin | 2017-05-13 16:21 | ニュース・評論 | Trackback | Comments(2)

カジャラ#2 裸の王様

小林さんの、男5名による新ユニット、カジャラの第2弾がお目見えした。

で、感想の前にいうけど、
小林さんについては、去年の年末の公式HPコメントで、片桐さんが邪魔だから切り捨てたとも取れるコメントをしたこと(そうだと俺が受け取ったということだけど)、正月のラーメンズのYoutube配信の唐突さ、とかから、何か小骨がのどにひっかかったような気分が続いていた。
でも、楽しめるとこは楽しんでおきたいから、なるべくそういうとこは考えないようにして、銀河劇場に行くことにした。

銀河劇場に来る客層を観察するに、以前よりも男性率が上がってきている。年齢層も幅が広くなっているように思う。
前回がちゃんと面白かったので、今回もまあちゃんと面白いだろうけど、片桐がいない分だけ、インパクトには欠けるかもしれない。
と、漠然と予想していた。

で、まあ、
予想通りだったなって感想で
帰ってきた。

前回のは、ラーメンズ+ゴールデンボールズって感じだったけど、片桐がいなくなった今回は、野郎共が楽しく馬鹿やってる感が強くなって、KKPぽい感じになった。
面白いは面白いんだけど、野郎共が楽しく馬鹿やってるだけのコントは珍しくなくて、特別感が足りない。個性がないわけではなくって、幕間の動きとかに独自性はあって、隅々まで気を配ってる感はあるけど、それが、言葉遊びやナンセンスな作品とリンクして特別な雰囲気を出してる、わけではなく、頑張る意味があまり感じられない。
結局、何がやりたいの?って感じ。
「コントマンシップ」とか「上質なコント」とかしきりに言うけど、その中身がまったくイメージできない。

ネタバレと悪口があるよ!
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# by k_penguin | 2017-03-18 01:42 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(44)
ラーメンズが、今までのライブ映像を全部つべにうpしました。

これによる広告収入は、日本赤十字社を通じ、各地での災害の復興に役立てていただきます
・・・だそうです。

 立派ですね。立派すぎて、何かきな臭い感じがします。
 前にポツネンDROPのチケットの転売禁止とかやったときもそうだったんですが、
なんでそんな感じなんだろうなってそういう感じの釈然としないそういうのがあります。
小林さんはいつもこうで、
自分の行動が自分個人だけのものだと思っていて、社会的地位に伴い、自然と行動も社会性を帯びるということに無自覚です。
で、取り巻きもそろってオタクなので、言われたとおりに処理して、ちゃんと説明した方が良いよとか言わないんですね。

おそらく、違法アップロード対策は、以前からの問題だったはずです。
事務所が小さいから、Youtubeに削除要請ができないからです。
そして、その対策の1つとして、「公式に全部つべに上げちゃって、アクセスを公式に誘導し、広告収入の利益を吸い取る」 はありうる選択肢です
その広告収入をどうしようと、それはラーメンズとその権利を持つ方々の勝手で、それは、今までのソフトの売り上げをポニーキャニオンや事務所や小林さんや片桐さんの間でどう配分されてきたのかを、いちいちお知らせする必要がないのと同じことです。
しかし、利益を放棄するとなれば、それには理由が伴うはずです。それは、違法アップロード対策とはまったく別の話です。

関係者各位のご理解とご協力を得て寄付する、つまり、みんなが権利を放棄することにしたよ。ということを発表するなら、どのような趣旨のもとで寄付をするのか、説明するのが当然だと思います。
それなのに、被災地に向けたメッセージが特に添えられているわけでもなく、ただ、広告収入は、各地での災害の復興に役立てていくよ。と、それだけ。

本当に災害の復興を願ってのことなのか、それとも、儲けるつもりはないよってポーズにつかってるのかわからない。
て、ゆーか、儲けるつもりはないよって言うポーズだと私は思います。プロが儲けるつもりはないって言うポーズを取らなければならない理由がわかりませんが。

小林さんはこういう、オカネを忌避する傾向がぬけない。とくに、ラーメンズに関しては。

さらに続けるとすれば、去年の最後の公式メッセージの中の、リーダーの仕事と、組織の中の「困ったやつ」についての不愉快なグチと、今回の利益放棄を結びつけることは容易なんですが、
それをしても、自分的には新しい発見はないので、正月ですし、この辺でやめとこうと思います。


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# by k_penguin | 2017-01-02 01:04 | エンタ系 | Trackback | Comments(32)
岡崎展望台から瀬戸内海
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檸檬ホテル。
2人でカップルになり鑑賞するシステム。ですので、シングルの俺は知らない人とペアを組まされた。音声ガイドから流れるハイタッチしろとかの指示をすべて無視して、でもせっかくだから、レモンを持った写真を互いに撮影した。
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レモンスカッシュはすばらしい出来。スライス国産レモン(今年は寒波のおかげでレモンの出来はかなり悪いと聞いているが、良いレモンがごろごろしていた)がたくさん入っている。もちろんスライスレモンも残さず食べた。

暑さのあまり毎日お世話になったいちご家
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唐戸の清水
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清水の近くにウサギニンゲン劇場があるが、これは瀬戸芸とは関係ないんだそうで、パスポートとは別料金だ。手作りの大きい機械2台によるパフォーマンスで、1台は音楽を製造し、もう1台はリアルタイムで映像を吐き出す。
身近なものを大写しのカメラを通すことで新鮮な感じがするのだが、もう少しマテリアルに凝って欲しいというのが希望。ワイヤーをくしゃくしゃっとしたやつのどアップとか、そんな見たいと思わない。折角豊島なんだから、自然物とか、拡大することで面白くなるものはたくさんあると思う。

なお、トム・ナフーリに不具合が生じて、リアルタイムでは動かなくなっていた。
しかし、その説明書きによって、トムナフーリの色と現象の相関関係がやっと判明したので、メモっておく。
マルチカラーが超新星から検出されるニュートリノバースト
グリーンが太陽ニュートリノ
ブルーが大気ニュートリノ
 光りさえすれば全部ビッグバンというわけじゃあなかったのね・・

瀬戸芸も3回目になったが、今回は外国人観光客がめだった。欧米も多いし、台湾も多い。もともと何もない島(豊島に至っては負の遺産があり、それを特に隠そうともしていない)にこれだけの人が魅力を感じてやってくるというのはすごいと思う。
俺は去年、大分にしばらく住んでいたが、同じ観光を資源とする地域でも、瀬戸内の方が格段に人的なサービスが良い。大きくて便利なホテルが多いのは大分の方であるにもかかわらず。
大分も、別府「混浴温泉世界」など、瀬戸内型のアピールを行っているのだが、何となく、弱いような気がする。どこが違うんだろう
などと考えつつ、最終日に、高松市美術館のヤノベケンジ展へ。

福島で展示される予定の風神像をみながら、俺は、大分と瀬戸内の違いは、地方としての主張の強さにあるんじゃないだろうか、と、思った。
瀬戸内工業地帯のなかにあって、産業の発達の犠牲になってきた島々が、国や県の力を借りずに(福武の力は借りているが)自己主張する強さと、自然環境は豊かでありながら、あくまでも観光事業として地域の「魅力」を発信することを主眼に置く大分では、主張の強さが異なる。
そういう意味では、地方の怒りをも発信する福島は、強い発信力をもつことになろう。

衆議院のみならず、参議院まで1:2の定数均衡が要求されるとなると、人口が多い大都市の発言力がますます強くなり、地方が犠牲になってゆくことになる。
そんななかで、このような形で地方が発信し、自己主張している、ということに、しみじみ感じ入った俺なのであった。

お立ちあそばされるフローラと、スカートの中を激写する人々

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高松、おんまいルーヴのいりこ入りフロランタン
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# by k_penguin | 2016-09-08 23:44 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)

法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


by k_penguin