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第0回アウェイ部ライブ『アウェイ部』

アウェイ部はスペースラジオという4人組から2人が抜けたため、残る2人が新コンビとして結成したものだ。
何で観たかっていうと、小林さんがらみだからだ。
すなわち今回は小林賢太郎がワークショップ形式により、アウェイ部を指導して、1ヶ月でコントを作り上げた物なんだそうだ。

ライブまで1週間を切ってから、なぜかスタッフコメントでいきなり「小林さんの公開ワークショップつき!」とか言い出して、それから1日しないうちにチケットが完売したといういきさつがあり、
アウェイ部の公演本体を見る気がない客もかなり来ていそうで、
…これでコントが面白くなかったら、目も当てられないぞ。
 と、思いながら俺は阿佐ヶ谷ザムザに出かけた。

そうはいっても、俺自身、アウェイ部に期待していたわけではなかった。
なにしろ、彼らを紹介する小林さんのコメントにもスタッフコメントにも「面白い」とか「笑い」という言葉が1つもない。
しかもYoutubeで見た前身スペースラジオのコントは、ただいじめているだけ、とか、ただ悪口を言ってるだけ、とかの1つも面白くないコントばかりだった。

そんなわけで始まる前からテンションが低い俺だったが、
しかし、ライブが始まったら面白く笑えた。
良かった良かった。

なぜかDVDやエアコンのリモコンで操作されてしまう羽目になり、一時停止や、タイマーで「おやすみ」してしまう人たち。
とか
「言葉」をピストルで撃ってくる「言葉つかい」の射撃を「かわす」(言葉をかわす)男。「俺は言葉使いに気をつけている。」
とか
ナルシストな国民性の国、陽気な国民性の国、思わせぶりな国民性の国、
それぞれ国民が朝起きて出かけるまで。
とか
ボクサーとトレーナーの会話のなかの「やばい」という単語を「大丈夫」「裏がある」「お母さんみたい」などの言葉に取り替えてやってみるもの、
とか…。

見て面白い動きをして、面白い言葉を連発するので文句なしに笑える。
 のだが…うすうす分かると思うが、
ぶっちゃけラーメンズのコピーみたい。

ここまで似ていると、
「こっちが小林で、こっちが片桐だな」なんて頭の中でおきかえて観てしまったりして、
そうなるともう自分が見ているものが何なのかよく分からなくなってくる、という感じ。

俺としては、言葉遊びの要素がない、ノアの箱船の話とか、辛抱さんの話とかの方が好きだった。
特にノアの箱船は、小林さんにはない下品さがあってそこが良かった。
でも、ノアが作った「箱船」がどんなものなのか、どの程度の規模で、他にどんな施設があって、全部で何人くらいのがさつな人たちが居るのか、はっきりとイメージできないのが残念。
山口晃の絵みたいなものが想像できたらいいなって思った。


まあ「第0回」なんだし、笑いがとれれば上出来かと思う。
言葉遊びは所詮入り口でしかないので、そのまた奥が問題であるところ、
今回は入り口止まりであったので、
後はアウェイ部ならではの独自の要素を加えて、奥が出来てくればもっといいと思う。

…まあ、そここそが難しいところなんだけどね。
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by k_penguin | 2011-01-10 01:56 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(7)

『ロールシャッハ』その2 2人きりの島で

『ロールシャッハ』について、話の解釈の1つを提示しようと思う。

今回の話はもう作者が他人に分からせようという意思を放棄したとしか思えないほどの説明不足で、この話の中で与えられた材料だけではもう解釈は不可能なので、解釈にあたっては適宜外部から材料を拾って補っていく。

この作品の舞台「壁際島」には4人の男がいて、後もう1人、開拓局の上の人が声だけ出てくる。
4人のキャラクターは、一見違うようで実はあまり違いがない。
全員自分を信じていなくておろおろしている。
今までのKKPのキャラクター類型と同じものであり、おそらく作者の人格を4つに分けたものであろう。
それら4人を束ねている開拓局もまた作者の中にある何者かであると思われる。
つまり、壁のこちら側にいるのは、結局1人なのだ。

次に問題になるのは「壁の向こう側」だ。
4人は、壁に向かって大砲を撃つのかどうか迷うのだが、その壁の向こうにいるのは自分なのか、他人なのか。
もし自分だとすれば、これは自己改革の話であるし、他人だとすれば、これは正義とかの社会問題の話である。
このようにこれはお話の根本に関わることなのに、ここがはっきりしない。
壁の向こうの人に対する態度は、「他者」に対するものとしてもおかしいし、
「自分」に対するものとしてもおかしいのだ。

壁は実は鏡なので、その向こうは鏡像の島ということになっている。
ではそこにいるのは自分自身なのかというと、そういうわけでも無さそうで、なぜなら4人は相手がどう出るか分からないと攻撃を恐れたりしているからだ。
自分であれば相手がどう出るか分からないという恐れは無いはずだし、攻撃も恐れる様なものではない。どーせ自分だから死ぬほどの攻撃はないはずだ。
そもそも向こう側が自分であれば「相手を信じよう」という台詞は出ない。

では向こう側にいるのは他人なのかと考えようとすると、「鏡像の島」ということが邪魔をする。しかも4人の名前は左右対称。鏡文字でも同じ名前なのだ。
どちらであってもおかしいし、同時にどちらでもあり得る。
「自分であると同時に他人である人」。

これまでのラーメンズの作品に「自分であると同時に他人である人」というのは頻繁に出てきている。
つまり、壁の向こうにいるのは「自分であると同時に他人である人」、ラーメンズの相方さんなのだ。
この話は、壁のこっちの小林さんが、壁の向こうにいる(らしい)片桐さんに対して、どうしてくれようかと自分の中で悩む話だ。
たったそれだけのためにこの大仕掛け。その視野の狭さに早くも俺は顔しかめるのであった。


壺井はテニスの壁打ちをする(壁の位置はちょうど客席の後ろあたりだ)。
テニスは本来2人でするもの。しかし相手が壁では球は跳ね返るだけ。
小林さんは、今まで何度もアクションしてきたのに、壁のように相手は沈黙したままだった、というわけだ(そしてボールは客の頭上を飛び越える!)。
もう、普通のやり方ではらちがあかない。沈黙を続ける相手に怒りは爆発寸前。
何か1発ぶちこみたい!・・・何を?
小林賢太郎のリーサル・ウェポンは1つ、「ラーメンズ解散」だ。
その破壊力は未知数。もしかして全然効かないかも知れないという意味でも未知数。
片桐さんはもうラーメンズに頼ってないかもしれないし、もしかして機先を制されて、逆に相手から解散を持ち出されるかもしれない。その意味で相手も同じ武器を持っている。

しかし、小林さんの真意は解散することではない。解散は脅しに過ぎなくて、真意は相手に自分の話を聞いて欲しいというところにある。
よく準備してよく狙って、機を読んで発射しなくてはならない。
下手に大砲を撃てば、ほんとに解散するだけで終わってしまう。
大砲の指導は「人形を使った腹話術師」富山が行い、
空砲の誤射は「ラーメンズ解散のリアル嘘」を指すことになる。

さあ、やるかやらぬか。やろうと思えば出来そうだ。
しかし。

しかし、相手を振り向かせたとして、その次には何がしたいのか。
「開拓局」は大砲ぶち込んだ次は何をするのか。

  相手を自分に従わせたい、そして、自分の領土としたい。

小林さんがこの期に及んでまだ片桐さんを自分の自我に取り込めると思ってるあたりが呆れるのだが、とにかくその欲求は昔から存在し、そして未だ存在する。
だって「自分であると同時に他人である人」なのだ。この際もう「自分」になればいーじゃん。
そう思うと同時に、しかしそれは不穏な香りもする。
ミサイル、パイオニア号は舞台の後方に存在して常にみんなの目の届く所にあり、羨望の的になったり逆に威圧したりする。
他人を自分とする。
それは魅力あることだが、しかしそれは「良くない」ことだ(「できない」ことではない)。
それは精神の殺人であり、人がやっていいことではない。
天森はロールシャッハな地図を開いて「悪魔に見える」とつぶやく。

俺としては、大砲を撃つのをやめたメインの動機は結局これではないかと思うのだが、4人はその後ほとんどムダとしか思えない大騒ぎの会議をやらかす。
他人を全く考慮しない自分の中だけの会議では、何を論じようと「やりたいようにやる」以外の結論にはなるわけはなく、
そして案の定「やりたいようにやる」ということに決まり、「壁を撃たない」ことにする。
なぜ「壁を撃たない」ことをやりたいのか、というところこそが聞きたいところなのだが…。


まあ、とにかく、「壁に撃たない」と決めたのだ。
相手に向けていた銃口を最後の瞬間に空に向けて撃つガンマンのように、彼らは大砲を真上に撃つ。
あいにく大砲なんて大物を設定してしまったので、真上に撃つにも「発射音はさせないと本部にばれる」とか「弾を回収する」とか変な理由がついてしまったが、
意識としては、ガンマンのそれであり、何で真上に撃つんだ斜め上でいいじゃないか、などと質問するべきではないのだろう。


そして、撃たないと決めた以上、ラーメンズは方向転換せざるを得ない。
富山は開拓局をやめ(=人形を使った腹話術をやめ)、芸人になる。
富山以外の3人のその後について言及が無いのは、作者的には大した問題ではない。
どーせ4人は同一人なのだ。1人が決まればそれでいい。
てゆーか、この世界では小林さんの懸案事項はラーメンズのことだけだしね。
それさえ決まれば、怒りっぽいことや気が小さいことや、他人への文句ばっかりのことなんて、別に今さら治らなくていいだろうし。


と、まあ・・・自分の感想をなるべく抜きにして、作者はこういうことをひとりごちているのであろうと言うことだけを述べてみた。

で、言ったばかりでこう言うのもアレなんだけど、
この結論で、彼自身が納得出来ていると俺には思えないのだ。
「開拓局」が依然残っているからだ。

4人は「開拓局」に逆らうということは全く考えない。
自分のやりたいようにやる、と言いつつ、「開拓局」を誤魔化してその場を切り抜けることだけを考え、そしてそういう処理をする。
「開拓局」もまた彼自身なのだ。
本当にやりたいことをやるのであれば、その前に「開拓局」と折り合いを付けなければならない。
そうでなければ、有効な解決はない。


こうなったら俺はむしろ、大砲をぶちこめばいいじゃんって思うんだけど。
「開拓局」に完全に支配されている壁際島にどーせ答えはないのだ。
向こう側の空気を入れた方がまだましなんじゃないかって。
向こう側の片桐さんもダメなら、それまでだけど、
このままでもいずれいきづまるんだから、同じこと。

真上に向けるにせよ、大砲を撃ったということは、怒りはまだ収まっていないということだ。
今までの積もり積もった因縁のパワーは結構な威力を持っているように見受けられるのだが、
果たしてそれをそんなに簡単に、未来を目指すポジティブパワーに変えられるものであろうか。
俺にはそうは思えない。
大砲の弾は素手でキャッチできる物じゃないのだ。


追記メモ 12月29日

小林さんは「正義」という言葉を通常の意味ではなく、「自分がやるべきこと」という意味で使っているようだ(通常の意味でなく、彼独自の意味で使われる言葉は他に「向いてない」がある)。
パーセントマンはこの文脈で考えた方が良いかも。
つまり「正義の味方」を「正義」を仕事としている人ととらえたうえで、
自分がやるべきことを見いだしてそれを仕事としている人、と変換する。
そうすれば、理想と呼ぶにふさわしいものになる。
編集長はオフの状態。

「ちくわマン」を俺は「正義の味方」とはとらえていなかった。
彼は息子のケンイチくんを救うために活動しているだけだからだ。それは父親としてあるべき姿だけど、「正義」とはちょっと違う。もちろん仕事でもない。
でもそれは、父親として「自分がやるべきこと」だ。そして「救うために活動すること」に着目すればそれは「正義の味方」だ。
そしてもしも、息子がもう救う対象とはならなくなったとしても、
息子の代わりに赤の他人を救えばそれはもっと「正義の味方」らしくなるし、「自分がやるべきこと」として仕事にもできそうだ。

観念的に「正義の味方」という言葉をかすがいにして、「父親」から「仕事」にモチベーションを移行させたわけだが、これを実行するには障害が伴う。
なぜなら、ちくわマンの「正義の味方」としてのインセンティヴは、親子関係にあるからだ。
観念を操作しても、親子は仕事にはならない。
対価がない仕事にインセンティヴを見いだすのは難しい。
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by k_penguin | 2010-10-31 21:16 | エンタ系 | Trackback | Comments(72)

小林賢太郎演劇作品『ロールシャッハ』 (KKP#7『Rorschach』)

KKPも7作品目。前回の『トライアンフ』が学芸会レベルの酷さだったせいか、小林賢太郎絡みなのに今回はe+が2次プレまであった。
小林賢太郎も公式HPで作品の内容を少し紹介する、という彼としては珍しいサービスを行った(今考えてみれば、あまり合致してない内容紹介だったが)。
そんなだからチケットがだぶついているのかというと、そんなことはなく、本多劇場はいつもと変わらず大入り満員であった。
…いや、少し違う雰囲気がした。
客同士の会話や、劇場の係員とのやりとりから察するに、初めて本多に来たらしい客が散見されるのだ。
…恐るべしテレビ!BSでしか放送されてないのに!

さて、フライヤーを取り出してみると、全体的に
 
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していた。
そのときは読まなかったが、後でフライヤーに書かれた英文を読むと、ストーリーがオチまで含め、全部書かれていた。

今回はそんな作品。

設定も、ストーリーも全体的に、
 
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している。
だから盛り上がりどころが分からない。
2時間10分の作品だが、ようやく話が始まるのは90分ほど経ったとき、3人が「肩書き」を貰ってからといっていい。
それまで何をやっているかというと、
『トライアンフ』の夏歩香があと3人増えてみんなで学芸会と会社の宴会の出し物をあわせたようなことをやってる。
「こーゆーことやっときゃ客は笑うだろう」ということをそつなくやっているのでそこそこ笑える(キャラが固まってる久ヶ沢徹はやはり強い)が、別にテレビの深夜バラエティでも同じくらい笑えるので、特に劇場に行く価値はない。

…これでは金を払って下北沢まで来た甲斐がない。
自分なりに話を詰め
 
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しているあたりをクリアにして、少しは作者の心情に触れたいものだ。

と、いうわけで、「深読み」に入る。

良いことは書いてないYO
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by k_penguin | 2010-10-16 15:34 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(60)

『小林賢太郎テレビ K.K.T.V.2 ~ポツネン旅に出る~』

小林賢太郎がNHK BS-hiでレギュラー化を狙うKKTVの第2弾。
前回よりも作り込んだ感があって、映像的にもとてもきれい。
つかみは相変わらずうまいし、「フシギ感」があって偶然途中から見た人も引きつけられそうな感じ。
テレビ番組としては新鮮な感覚があふれていて、評価されてもおかしくない上手な作りの作品だと思う。
が、
俺にはどうしてもこの作品が良いとは思えないのだ。
上手ではあるけれど。

何より、コントといってるのにクスリとも笑えない。
しゃべりが棒読みのように感じる部分が多く、あえて笑わせることを避けているような雰囲気が感じられる。
そして、笑うこと以外の要素を読んでいくと、
「そうだけど、だから何?」
という感想しかない。

すべては孤独を紛らわせるための1人遊びであることを思わせるポツネン氏と「バク」の話。
そしてポツネン氏と小林賢太郎が同一人物であることを示すために、ドキュメント部分とドラマ部分の区別が曖昧になっている。(番組からのお題制作ドキュメント部分にまで、その時点ではまだ存在していないはずの小道具などをわざと映りこませていてご丁寧だ)。

孤独を紛らわせるために部屋からでないで外国に行く方法を考え、その外国でもぽつねんと1人。
本当に寂しいのなら、外国でも人とふれあうことを考えるものではないだろうか?
人とふれあうことを諦めた者が孤独を語って、説得力があるだろうか?

世界各国を切り貼りした日本地図を指して「日本から出ずに世界を旅するための地図」と言い張るポツネン氏。バイヤーの竹田さんは「そうだけど・・・」(今回のポツネン氏は「そうだけど」な物を作ることを生業としている)。

ポツネン氏の主張には説得力がない。
わざわざ孤独になるためにNYくんだりに来ておいて、
 TVを見て笑ったときとか感動を分かち合う人がいないとき、きついって思う。
という言葉に説得力がないように。
彼はそれを自覚している。
でも他人を説得する術を考えようとはせずに、子供のように同じことを繰り返すだけ。
彼が今寂しいと感じている事実そのものだけが彼にとって重要なのだ。
「寂しい!」と叫びたいのだ。
なぜ寂しい状態になったのかとか、その寂しさが真の孤独かどうかとか、他人に言ってもどうなるもんじゃないとか、
そーゆーことはもう全くどうでも良いのだ。
ただ「寂しい!」と叫びたいのだ。

でもそれはいけないことだと思ったから、代わりに
「インドは九州です!」と言っているのだ。

・・・そして、聞かされた側は、
「そうだけど、だから何?」


バイヤーの竹田さんのように、「そうだけど」な物がお気に召す人はいるかも知れない。
でも、俺はちょっと引いてしまう。
「寂しい!」と叫ぶ代わりに生まれてきた「そうだけど」な作品は、
森の中を走る小さなバクのように見えるからだ。



・・・あと、ふつーのダメ出ししまーす。

「クイズ」の問題と答えがひどすぎると思った。
アメリカ・ニューヨーク州が所有しているリバティ島の像は自由の女神である
○か×か

 これでは「ニューヨーク州が所有している」のが「リバティ島」なのか「リバティ島の像」なのかがわからない。
答えからすればどうも「リバティ島の像」らしいが、それなら
「アメリカのリバティ島にあるニューヨーク州が所有する像は自由の女神である
○か×か」と問うべきであろう。

答えの「リバティ島は連邦政府の所有地なので、自由の女神はニューヨーク州のものではない」も意味不明。
土地とその上に建つ建造物の所有者が違うなんてざらにあることだ。借地の場合とか。土地が連邦政府のものだから上物もそうだという理屈は成り立たない。
自由の女神像は贈与によって1886年に所有権がフランスからアメリカに移転し、その後売ったりあげたりしていないから今もアメリカに所有権があるのだ。

ついでにネットで調べたところ、
リバティ島は(ニューヨーク州ではなく)「連邦政府の領土」とは出ているが、リバティ島がアメリカの国有地、つまり所有地であるかどうかは不明だった。
でもまあ大事な土地だから多分国有だろ。そうでなくても領土権はちょいちょい所有権って言われたりするし。そこはあまり深く考えないでおこう。


関連記事
『小林賢太郎テレビ』1



小林賢太郎テレビ 1・2 DVD-BOX
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by k_penguin | 2010-08-30 12:32 | エンタ系 | Trackback | Comments(2)

ラーメンズの作品とか語り合うエントリ その5

発端・『TOWER』エントリ
その1・主に「上下関係」「採集」の話
その2・主に『CHRRY BLOSSOM FRONT 345 』
その3・『STUDY』『TAKEOFF』『DROP』
その4・ライブポツネンの小林さんについて、そしてコンビとしてのラーメンズについてなど

ラーメンズ・小林さん関連のBBS的エントリです。
個別の作品についての感想はその作品の記事の方にコメントいただければ助かります。
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by k_penguin | 2010-08-10 17:41 | エンタ系 | Trackback | Comments(96)

KKPの新作に関するTweet

Twitterやってないので、ブログに書く。

今回は演劇といっているのは、お笑い要素が少ないことの予防線かな。
なんか、「今までの集大成」的な物でないものがそろそろ見たいんだけど。

「ロールシャッハ」というタイトルからは、
SPOTの医者ネタが元になるかなという気もする。
自分の中を掘り下げるのはいいけど、も少し普遍的な表現をして欲しい。

個人的には、「お金」の方の過去を明かして欲しい。

追記 8月22日
2次プレあり。小林さん関係では初めてか?
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by k_penguin | 2010-06-21 00:47 | Trackback | Comments(22)

ポツネン『SPOT』番外編 小林さんと(ツアー前半の)お客さん

今回取り上げるのは、『SPOT』そのものではなくて、公式HPでの小林さんのメッセージコメントだ(4月23日付)
久々にウケたので、取り上げてみたくなったのだ。
では引用。
ツアーが始まってから2ヶ月半、毎日が戦いでした。
本番が終わるたびに反省点をにらみつけ、
翌日には必ずクリアしてきました。
ツアー始めの方と2ヶ月経った最近の公演、
両方観てくれたお客様から、
「コントが育っている!」という声を頂きます。
磨き上げて来たかいがありました。
ありがとうございます。
でもですね、
だからといって前半はダメなのかというと、
そういうことではないのです。
例えるならば、
恐竜の骨は発見されたばかりのときと、
博物館に展示されたときとでは見栄えが全然違う。
けれども、化石の価値そのものが変わったわけではない。
というふうにご理解頂ければと思います。
その日に出せる最高の状態を心がけていますから、
公演のどのタイミングで観て頂いても、
それが本当の僕だし、
それがライブなのです。

公演の回数を重ねるごとに作品が良くなってきている、とは小林さんが良く言うことで、まあ、回数重ねりゃ嫌でもうまくなるものだし、それが嬉しいのもわかるのだが、前半しか見られない客に対する配慮がちょっと足りないなあ、とは前から思っていた。
小林さんはこの件についてこれまで全く言及してこなかったのだが、
ようやく今回満を持して釈明に及んだわけだ。
 が、それにしても、これだけ説得力の無い釈明も珍しいだろう。

恐竜の骨に例えているが、これは要するに、
博物館の「大恐竜展」開催にあたり、同じ入場料を取って会期前半の客にはまだ組み立てていない発掘したての恐竜の骨を見せたとしてもかまわない。なぜなら組み立てていてもいなくても同じ恐竜の骨にかわりはないのだから。
という趣旨と理解してもよろしいだろう。
少なくとも料金を払って観ている客としてはそう解釈して不思議はない。
しかしそれで納得する客はまずいないであろう。
(後で説明するけど、小林さんの言いたい趣旨は多分これとは少し違うと俺は思う)


残念ながら彼は釈明の相手の立場を全く考えていない。
単なる自分の内心の説明に終始している。
「前半はダメなのか」と言う客が不満に思っている点は、同じ料金を払ったのに見やすく整備された物とそうでない物というレベルの違うものを見せられている、という点にある。
それに気がついていないので、彼は前半と後半の展示に客観的レベルの差が大きいことを平気で認めている。
そして前半は「ダメ」ではない、という理由は、結局「その日に出せる最高の状態を心がけて」いるから、つまり、主観的にがんばっているのだから、見せ物の客観的レベルなぞ問題ではなかろう、ということなのだ。
小林さん的には「恐竜の骨」であるところの「本当の僕」を見せればよいと思っているのだが、あいにく客の興味はそーゆーところにはない。だって何が「本当」の小林さんなのか、真偽のほどを知る術がないからね。
なんだったら、本物の恐竜の骨よりも、恐竜の3D映像の方がウケが良かったりする。
客は「見やすいもの」「見て楽しいもの」が観たいのであり、小林さん言うところの「見栄え」こそが重要なのだ。
小林さんはそこを押さえていない。


こうなってくると、むしろなぜ彼は(こんなスキルで)説明できると思ったのか?
という方が知りたくなってくる。
今まで彼は客に対してこういうことを説明してこなかったが、その方がむしろ当たり前なのだ。
それは、説明できないという能力の問題もあるし、また、「本当の僕」を見せればよいという作品についての基本的スタンスとも一致する。

つまり、仮に「本当の僕」というものがあるとして、そしてそれを舞台で見せたとしての話だが、
その「本当の僕」が客に受け入れられるとは限らないわけだ。
仮に「本当の僕」を受け入れない客がいたとしたら、「僕」はどうするかというば、・・・どうもしない。
どうしようもないからだ。「本当の僕」を提示する以外の選択肢は彼には無い。
受け入れない客は去る、受け入れる客は残る。
それだけだ。

今回、初めてそのスタンスを曲げようと思ったのは、多分、受け入れる人の幅を少しでも広げようという意欲の表れだと思う。
(ただしそれは成功していない。成功させたいなら、誰か適当な人に指導してもらうべきだと思う)

そして、説明はできる、と思ったのは・・・たぶん、それが「恐竜」の骨だったからだと思うのだ。

恐竜の骨は化石として価値があるから、本物を見るだけでもありがたがる人はいるだろうからだ。

でも、もしそれが、特に価値のないフズリナとか、そんなものだったら・・・
だったら、どうするんだろう?



今回の小林さんのコメントを要約するにあたって、ツアーを「大恐竜展」としたし、多分そうとらえるので間違っていないと思う人も多いかと思う。
しかし、実はおそらく小林さんは、舞台を化石の展示としてではなく、化石の発掘作業としてとらえている。俺はそう思う。
だから本物の化石であることに価値があるし、化石の展示の仕方は二の次なのだ。
化石発掘現場にやってきた見物人は(現場に立ち入るにあたり入場料を取られたとしても)、恐竜の骨が組み立てられていないことには文句を言わないであろう。
そういうことだ。

ただし。
メッセージ中にそこが化石発掘現場なのか「大恐竜展」会場の博物館なのか明示しない以上、博物館ととらえられても仕方がないことだ。
彼の説明の仕方が下手なのは否定できない。


 さて、表現行為を化石掘りに喩えた作品として俺が思い出すのはねこぢるの『つなみ』というマンガだ。
ねこぢる唯一の人間だけが出てくるこのマンガで、主人公の少女は彼女を抑圧する父親をお屋敷もろとも津波により奪われ、自由だが無一文になる。
その場に立ちつくす彼女。
ふと、「誰が掘っても化石が見つかるという」地層が目に入り、彼女は、自分にも化石が見つかるだろうか、と、掘り始める。
やがて小さくて平凡な化石が見つかり、彼女は手の中のそれを見つめて「うれしい」と思う。
誰にでも描けそうな絵の漫画を描いていたねこぢるの作品の中で俺が最も好きなマンガだ。


恐竜の骨は化石として価値がある。

でも今掘っているそいつは、本当に恐竜なのだろうか。

それが恐竜だと、誰が証明してくれるのだろうか。

そもそも、何のために発掘をしているのだろうか。

小林さんはもう少し考えてみた方が良いと、俺は思う。



ねこぢる大全 上


追記メモ 6月12日

『演劇ぶっく』のインタビューでは
恐竜のたとえはやはり展示ではなく、発掘にたとえていた。
「初日は全体像が見えればいい」そうだ。
バニーはそれで良いだろうけど、客はそうは思わないし、第一、客には全体像は見えていないけどね。

赤い壷は「(ス)ポット」というよりも、「ツボにはまる」という言葉から来たものらしい。
けん玉の話からしても、「はまる」ことがテーマ。
SPOT-地点-ひとつぼ王国。
「はまる場所」-居場所を見つけること。

ラーメンズはお仕事と割り切る。
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by k_penguin | 2010-04-25 22:49 | エンタ系 | Trackback | Comments(32)

ポツネン『SPOT』 3 ガジェット群一解釈

リニューアルされた公式HPのデザインからも推測できるように、ライブポツネンはポツネン氏(小林賢太郎)にとって意味のあるガジェット群の構成によりできている。
そこで、ここでは『小林賢太郎テレビ』『DROP』『SPOT』に出てくるガジェットの一部について、どのような意味を持っているのか、およびそれらを使って『SPOT』のテーマについての一解釈を行う。

あと、ふつーの文章で書いていたらすげーややこしくなったので、めんどくさいからもう箇条書きみたいな感じで書くからね。



1 ポツネン氏in『小林賢太郎テレビ』vs王様in『SPOT』

a『小林賢太郎テレビ』

「機関車」・・・望んでいる生活、現状打破。
 なぜ機関車が欲しいか(=なぜ現状に不満足なのか)については語られず。

「自転車」・・・現在の生活、自分の置かれている状況。
 「腑に落ちない物」を商って生活している。(ということは現在の生活は腑に落ちないと思っているらしい。しかしその淵源は不明)


b『SPOT』 王様

「象」・・・望んでいる物(「機関車」と同じものと思われる)王国の発展目標の1つ。
 なぜ象なのか・・・第一大きいし、ペットにもなるし友達にもなれそうだから(by王様)。
  大きい象をペットにすればみんなにバカにされないから。(byうるう人)
 
以上の理由からすれば、少なくとも他人の目を意識している。
このことから、何らかの社会的な成果ととらえることができる。

「ハト」・・・現在の生活、自分の置かれている状況(「自転車」と同じものと思われる)。
 「たまたま飛んできた鳥」であるハト。それを取って経済活動をしているのだから、現在の生活にあたる。
「腑に落ちない」とは言っていないが、かなり収入が不安定とはいえそうだ。


なお。
「王冠」・・・ラーメンズ「王様」にも登場したアイテム。
  「王様」と同様に考えて、「個人的な価値」と、とらえている。イメージ的に、奈良美智「PUP KING」みたいな感じ。

王様が「これでいいのだ」と言い切れるのもこれのおかげかも。



2 「リンゴ」について(『DROP』vs『SPOT』)

リンゴは『DROP』のフライヤーに登場するだけなので、フライヤーも作品の一部ととらえる。
ライブポツネンは、作者の思念が、いろいろなガジェットの集積として現れるようにできている。
従って、ガジェット群の「最後」に現れるリンゴは「心」「伝えたい思い」にあたる。
おそらく作者個人の個人的な思い入れであろう。


『SPOT』
けん玉の「赤い球」は王様の手の中でリンゴに変わる(だるまにも変わるが)。
よって、赤い球=リンゴ=個人的思念。
赤い球にけん玉の棒が「すぽっ、と」「はまる」ことによって、けん玉は棒ごと上に引き上げられる。
ガッチャンコ(井戸)はけん玉を引き上げるための装置。
個人の心を引き上げる→うるう人の穴からの脱出方法。
すなわち、『SPOT』は穴から脱出するための第1段階として「すぽっ、と」「はまる」ための作業。

「はまる」・・・一般に、適切な表現形式の発見により自分のテーマが一般に理解されるに至ることを「はまる」という。

「りんご」は、最後に王様の手で「象」に食べさせられる。
 →自分個人が追求することが何らかの社会的な成果につながり、同一化すること。
 それにより、社会的にも成果が出るし、個人的にも「穴から脱出」できる。



とりあえず、こんな感じ。

あと、『小林賢太郎テレビ』あたりで、俺は「気合いだけで夢を現実化しようとしている」という批判をした。夢を現実化する決め手に欠けるのだ。
『SPOT』においては、象のシルエットを作るにあたり、王様が言っていることがあてどころになるらしい。
遠近法とか(象を構成するシルエットは、光源と物の遠近の差で、本来の物の大きさと異なる大きさの影で作られる。「見るものは信用できない」)。

でも、言ってることわからない。
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by k_penguin | 2010-04-13 00:01 | エンタ系 | Trackback | Comments(5)

ポツネン『SPOT』 2 うるう人の補完計画

LIVE POTSUNEN2010『SPOT』の最後から2つ目、うるう人の話についての解析。

この話は、話単体としてみれば、単に暗いだけの「ひきこもっちゃった話」だ。
しかしLIVE POTSUNENにでてきた今までのこの手の話「悪魔のキャベツら」「丸の人」そしてサダキチと毛虫とかの話と比較してみると面白いと思ったので、その辺を説明してみる。

この記事を書いている時点で『SPOT』の公演がまだ終了していないので、
うるう人の話のあらすじは載せるのを止めておく(公演が終わったら載せるかもしれない)。
でも、記事に必要な範囲でネタバレはする。

結局バリバリネタバレ(^-^;
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by k_penguin | 2010-04-03 22:54 | エンタ系 | Trackback | Comments(17)

LIVE POTSUNEN2010『SPOT』

小林賢太郎のソロライブもこれで4回目。
そして、今までの3回、俺はろくに誉めたことはなかった。特に前回の『DROP』はひどくて、虚しさを小手先の技術で誤魔化す器用貧乏といった体であった。

そんなわけで、今回は何一つ期待しないまま出かけた。
2階席だったけど、まあいーやって思った。


小林賢太郎ソロはラーメンズほどには人気はないと認識しているけれど、それでも東京グローブ座はほぼ満席だった。
客の男性率が前よりも上がっているような気がする。
フライヤーは相変わらずよくわかんない。
コバケン好みのブラックオンブラックの印刷だが、インクが変な匂い。
そんなわけでテンションもあがらないまま、舞台は始まった。

ライブポツネンはドミノ倒しみたいなものだ。
しかもドミノを並べる作業から見させられるドミノ倒し。
最初の方、つか大半は地味にドミノを並べているわけで、良く言えばミニマム、悪くいえば情報が薄い。
もはやコントだとは思っていないから、笑いどころがないのは別によいのだが(1階席から笑い声が立ちのぼっているのに、2階席は静か、ということがかなりあった。どうにもお追従笑いの客が多い)
見ているうちに眠くなってくる。
最後に向けて綿密な伏線が張られているので、物語を作る上にいろいろと目に見えない拘束があり、そのせいで情報が薄くなっているらしいと頭ではわかっているのだが。
 でも眠い。


今回のお題は「スポット」だが、スポットライトだけではなく、「すぽっ」という擬音とか、「ポット」とか、なんかちょっと苦しいものも出てきている。
また、1つ1つの技は今までとはさして変わっていない。アナグラムとか、謎の装置とか。
ハンドマイムなぞ、背景に流す映像が、手描きの一枚絵をなめ撮りしたものになっていて、技術的には後退している。

しかし、見ているうちに『DROP』とは違う気分になってきた。
・・・まあ、これはこれでいいじゃん。
と、いう気分になってきたのだ。
どの作品も一応「ないものを表現する」という方向で一致していて、全体的にまとまっている雰囲気をまとっている。

「(ないものをあるように)粧うこと」とか「(偽物が)本物のふりをすること」とかは小林賢太郎の十八番であったが、今までそれをこのように正面から肯定的にとらえたことはなかった。
この何気ない視点の変化が、何というか今までと同じなんだけど違う感じを漂わせている。
ちょうど、見慣れた小道具に当てるライトの方向を変えると、
何の意味もない影の形が象のシルエットに変わるように。


なんといってもミニマムにこぢんまりとやっているため作品自体の力がどうしても弱く、
観る方もなかなかテンションがあがらないし、相変わらずと言えば相変わらずの、なんか持って回った言い回しだしで、
今までと大きく違っているとは決していえないのだが、
とにかく俺としては
前と比べて良くなったということで、
今回は満足したのだった。

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by k_penguin | 2010-03-27 23:55 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(16)


法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


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