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法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。
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行ってないけど『劇作解体新書-小林賢太郎「TEXT」』
KKTV3のコメント欄がかなり長くなってきたので、
この際小林さんの『劇作解体新書』エントリを作ってしまいました。
行ってないのに。

関連情報はこちらにコメント下さい。

これだけでは記事が寂しいので、「不透明な会話」のパート分けの表を作りました。
黄緑が《小林》ピンクが《片桐》のセリフです。
c0030037_2261963.gif

「A→B」=「信号の話」 不条理な問題の提示と、主客転倒していく構造の提示。
「A'→B'」=「透明人間の話」 本題。
「うまく丸め込む《小林》」と「負けっぱなしの《片桐》」の関係がおかしな方向に進むのが「Cパート」
「C」は「かぶせと角度変えの集合体」
「登ってもいない山を下山させられてる気分がする」でロジックから演劇的になる。
Cパートはワタシの独断で「登ってもいない…」を境に1と2に分けています。

対応しているという部分を上下に振り分け、わかりやすいように点線を入れました。対応状況をみてください。

朱で「「条例」へ」と書き込んだ部分は、「A'→B'」に対応するものがなく、おまけに何か不自然に挿入されているので、
「条例」を見る上での留意事項(or条例名覚えとけよっていうサイン)とワタシは思います。
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by k_penguin | 2011-10-24 19:03 | エンタ系 | Trackback | Comments(63)
『THE SPOT』その後 仙台コメからKKTV3へ
長きにわたり、東日本大震災まで挟んじゃった『THE SPOT』全国ツアーも終わり、『THE SPOT』については一段落、今は『小林賢太郎テレビ3』の方にファンの興味は移っているようであるが、
今さら『THE SPOT』の最終公演地、仙台にての総括コメントについて書こうと思う。

あのコメントは、震災についての総括コメントでもある。
震災に対する自分の気持ちの変遷を書く人は多い。そして大体似たような思考の流れを記録している。
震災の悲惨な状況に直面し、自分の無力さに落ち込むが「俺は被災してないのに落ち込んでいても何にもならない、明るくいこう!自分に出来ることをやって社会に貢献するのが筋だ」
そう考えるのはごく普通の思考の流れだと思う。小林さんもしかり。
あらかじめ思考の流れが把握できるからこそ、小林さんの文章のおかしさを指摘できる好材料になる。
俺はそう考えた。

仙台コメ(11.8.20 [SAT]『THE SPOT』千秋楽!仙台公演)は長いので、一部を抜粋しながら話を進める。
発生から8日後の3月19日。予定されていた山口公演から上演が再開されることになりました。所属事務所のコントライブや知り合いの劇団など、舞台公演は全て自粛されていました。その中で僕のライブがの震災後最初の興行ということになり、なにかこう、責任を感じました。
 「まずは筋を通す」これが僕の仕事だと思いました。①日本はこれから大きく復興しなくてはならない。健康で働ける僕たちが経済活動をストップさせてはもともこもない。そんな考えのもと、僕は舞台に立ちました。
 けれども、あの惨状を知った上で人を笑わせるという気持ちにはなかなかなれません。力づくで自分をねじ伏せ、本番に挑みました。本番が終わったら、葛藤するだけ葛藤して、疲れて、寝ました。

基本的に意味は通っている。ただ下線部①が唐突である。
文の流れ的に下線部①には「筋を通す」ことの内容説明が入るが、ここを空白にして、残りの部分から空白部を想像して欲しい。
 知り合いの劇団などが自粛のなか自分が最初に興行する-責任を感じる-「筋を通す」ことを心がけようとする-でも、人を笑わせるという気持ちにはなかなかなれなかった。
以上のことからすれば、「筋」とは自粛中の劇団の中の人たちへの「責任」に対応するもので、その内容が「客を笑わせる」ものであることになる。
つまり、下線部①には、
舞台に立てないみんなのためにも、今ここに来てくれているお客様に満足してもらおう。
というようなことが入るはずだ。
それを経済活動云々とかずれた話をしてしまうのは、舞台に立ちたいのに自粛中の劇団の人たちを主体にすべきところを、主語を唐突に「日本」で始めてしまったからである。
唐突に「主語」を見失うのだ。

 震災直後の日本列島の12もの都市を旅するという経験は、僕に多くのことを教えてくれました。「大震災」という僕たちに投げかけられた問いに対して、こんなにも多くの視点や立場があるものだと知りました。②人は考えの角度を決めつけてしまうことで、見失い、かたより、食い違いを生むものなのですね。
 ③コントもそうなんですけど、考えを決めつける事なく、自分をしっかり疑って、あらゆる違う角度から何度でも考え直すことが大事なんだと思います。④そしてその中から、一番ハッピーなやつを選ぼうじゃありませんか。ネガティブな情報をコレクションするのは、もうやめましょう。

下線部②は最初読んだとき、「多くの視点や立場」からそれぞれの意見を言っている多くの人達のことを指すのかと思った。しかしそれでは、ある特定の視点から震災について意見を言うこと自体を「見失い、かたより、食い違いを生む」と全否定することになってしまう。
しばらく考えて、どうも下線部②の主語「人」とは「自分」のことらしい、と思い当たった。
「主語」がぼやけているのだ。

下線部③と下線部④は、何気に繋がって流れているが、実は繋がっていない。
下線部③のコント作りの考え方としては、選ぶものは当然「1番面白いやつ」が答えであって「一番ハッピーなやつ」ではないからだ。
なぜ「一番ハッピーなやつ」を選ぶのかの理由は、前半の段落にある。
「僕が気持ちを沈ませることは、被災者になんの足しにもならない」からだ。
このように、実は下線部③の「考える」主体と下線部④の「選ぶ」主体は違う者である。
ただ文に主体は書かれていない。主体が消えても、読み手が適当に頭の中で補うから、何となく意味が繋がるように感じるのだ。
なお、下線部④の主体が「僕」である以上、彼が選んだ「一番ハッピーなやつ」とは何か、もこのメッセージに書いてある。主語がないから分かりづらいけど。
「主体」が消えて、話を途中から別の話にすりかわる。


以上のように、彼の文章の特徴は、全部「主語」「主体」に関わっている。
主語。主体。つまり、「自分」の概念。

そこから先は、俺にはよく分からなかった。
ただ、
この人は、コミュニケーションの前提として必要な、作り手受け手共に共通の基盤、暗黙の前提のどこかが抜けている。
そう思った。

そして、その思いを持ったままKKTV3を見たら、最初に小林さんが
「コミュニケーションをするには、作り手受け手に共通の基盤というのが必要で、」と、話し出したので、驚いた。
小林さんに言わせれば、その基盤にあたるのが「日本語」なんだそうで、
それから日本語の言葉遊びに入っていくのだが、ワタシからすれば、「日本語」はコミュニケーションツールにすぎない。
もちろん共通の基盤の1つだが、小林さんに問題がある基盤とは別物だ。
彼が言うことは「そういうことではない」のだ。

小林さんは自分に「共通の基盤」が欠けていることに気がついていて、それを隠すために言葉遊びで日本語を操作している。
そう感じた。

仙台コメは小林さんが苦労して操作なしの普通の日本語を使おうとした文章だ。
震災との対決は現実との対決。
相手が人でない以上、日本語操作の小細工が通用しないから。

・・・と、まあ、そんなわけで、KKTV3より仙台コメの方にテンションが上る俺なのであった。


なお、参考に俺がした仙台コメ(部分)の修正を下につけておく。
たたき台にでもしてください。
青い部分が書き直し、又は挿入部。

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by k_penguin | 2011-08-28 15:48 | エンタ系 | Trackback | Comments(6)
Untitled(小林賢太郎テレビ3)
小林賢太郎テレビ3~ポツネンと日本語~を見ましたが
今んとこ特に感想はありません。
別に悪いという意味ではなく、ほぼ既出の素材の繰り返しだし、深読み的にも、作品中には新しい素材はありません。
あ、完全に笑いどころじゃないとこで笑う、スタッフ笑いがうざかったです。
あと、50音アナグラムを50音に戻すときの手さばきが見たかったのに、手元が写んなかったのが残念です。

KKTV3について何か思うとこある方、コメント下さい。ネタにしますんで(丸投げ)。


えと、今回のテーマは「擬似コミュニケーション」です。
(3にして初めてNHKからのお題が作品自体のテーマと足並みをそろえた)
最後、放課後の1人ぽっちの教室から外に出て行く雰囲気出してます。
日本語のコミュニケーションを得たからです(「世界さえ表す」)。
そこが新しいと言えば新しいです。
でも、出て行く先は「縦や横にそろう街」です。
「トツカク」とか、そーゆーとこですね。
「擬似コミュニケーション」なので、本物の街とは似て非なるものになるのです。


ワタシとしてはむしろTHE SPOTの仙台コメの方に興味あって、
それの校正を含めた記事を書きたいと思ってるんですが、
記事が長くなりそうな上に、当のコメント自体も長いので、
めんどくさいなあ、とか思ってます。


関連記事
『小林賢太郎テレビ 1・2』 (DVD)
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by k_penguin | 2011-08-26 00:11 | エンタ系 | Trackback | Comments(96)
『THE SPOT』その4 東京延期千秋楽
『THE SPOT』その2 王様編、うるう人編
『THE SPOT』その3 医者編 縦のものを横にする

『THE SPOT』を前に観たのはもう5ヶ月以上前で、これまでの記事はそのとき観たものに基づいて書いた。
今回は、気がついた変更点を中心に書く。

全体的にすっきりしていて、流れが良く観やすかった。
観ていて引っかかるノイズな情報が格段に減っている。おかげでようやく、作品全体のイメージがつかめたような気がする。
この作品は、個々の話をレイヤーを重ねるように重ねて、すべてを透かして観るものだ。
という気がした(その意味で象のシルエットはこの作品それ自体の構造を表す)。

ただ、「深読み」的にやりがいがあるのは、
ひっかかるところが多くツッコミどころが多い方以前のものの方だが。

王様編

なぜ象が欲しいのかについて、象は「かっけえ」から良い。とは言っているが、「友達になれそうだから」という理由がメインになっている。
そして、友達のしるしにリンゴをあげたい、という。
後半、物産展のガジェットを並べ、ポツネン氏にライトアップしてもらった後、
王様は、せっかくの物産展でも、見に来る国民が私1人しかいない。とがっかりするところ、ポツネン氏、
「王様、1番大きなお土産を忘れてますよ、あなたが1番欲しい物」
そして象のシルエットライトアップ。
王様、象のシルエットにリンゴをあげる(=友達ができる)。

王様の孤独が強調されたので、象には社会的な成功という意味合いはほとんど無くなり友人という意味が強くなっている。

ただ最大の矛盾点、「見る物は当てには出来ない」はずなのに
象は「遠くのピラミッドと近くの生八つ橋」と同じ原理で出来ている虚像である。
というのは変わらない。
「友人」というキーワードを重ねると、うるう人の「土でできた親友」と同じものとであると思われる。


うるう人編

土で作った家族と親友。親友の方は崩れるのだが、家族の方が崩れたのかそうでないのかが今まで分からなかった。
今回は家族も親友に次いで崩れたのがはっきり分かった。
(今までよくわからなかったのは、上手の方を向いた状態で家族と親友を横に並べて作っていたからなんだけど、今回は、家族は客席側に、親友は上手側にと方向を変えて作ったので、マイムのみで両方が崩れたと分かった)

ラスト眠るときは泣いてない。



「象」と「土でできた親友」が同じものだって、割とあっさり書いたけど、
それで良いのか?って思われるかも知れないけど、
そう考えるのが1番ぴったりはまるのだ。
1坪王国は1坪の土地に掘られた深い穴の底にある、と考えると、いろいろイメージがぴったりくる。
王様は旅行する。でも行く国は決して「日本」ではない。
なぜなら穴から出られない以上本当の旅行も出来ないからだ。彼がした旅行は「部屋から出ない世界旅行」(KKTV2)である。
その旅行は『THE SPOT』の他の演目を指しているらしいが、それらは1坪王国の国技「男子自由形」のようである。
つまり、「部屋から出ないで旅行」という「男子自由形」をやったのだ。
結局部屋(穴?)から出ていないんだから、「体験したもの」は収集できない。自分の内側から自分が「見る物」しか収集できない。
それからできる「象」は当然、虚像にしかならない。

オープニングの井戸とけん玉の話からすれば、
象の構成アイテムである井戸とけん玉をうまく使えば穴から出られるらしいし、将来的に穴から出たいという気も一応あるようだが、
使い方がよく分からないため(と、ゴムパッキンの不具合のせいで)今んとこそれは「象」をやっている。

そんなかんじ?


医者編

あまり変わってないから前の記事で良いんじゃないかなと思う。

俺的には
なぜ自販機に硬貨を入れようと思ったのか、その動機がはっきりしないあたりが気になる。
そもそも自販機に硬貨を入れたことから、逃げ出す羽目になり、雪の中灯台のてっぺんから滑り落ちる羽目になったのだ。この諸悪の根源の動機は重要だ。
彼は当たり前みたいに硬貨を自販機に入れるのだが、それは
ジュースが欲しかったのか、それとも
拾った物がお金なのかどうか確かめようと思ったのか
その辺がはっきりしない。

今回は、自販機からおつりが際限なく出てくるとき、人が集まってきたらしく、
周囲の人に誤魔化すようなへつらうような謝るような仕草をしていた(前回観たときはそれはなかった)。
彼は何を誤魔化したいのか。
他人の目を気にしてるけど、出てくるお釣りはポケットにつっこんでいる。
どうも、自販機を壊してしまったことを気にしている、という感じではないのだが・・・。

深読みをしている側から言わせてもらえば、

・・・どうも君、途中で話をすり替えてない?


でも、違う話が混ざって「馴染んで」しまったとしても、
それは仕方がないのだ。
赤い壷の中のことだから。
秘密の重さに耐えられないのは、秘密を抱えている本人その人なのだから。

まあ、絶対受けるコントの書き方、とか、人気漫画の最終回とか、
俺にとって価値はないんだけどさ。


あ、そうそう、
グレーの紗幕の向こう側は、今回の座席位置からはあまり見えなくて、ときどき誰かが歩いている気配がする程度にしか感じなかった。
その程度で良い、という意図だったんだなって思った。
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by k_penguin | 2011-08-16 00:24 | エンタ系 | Trackback | Comments(13)
『THE SPOT』intermission 震災と小林さん
3月の震災によって延期されていた6月の公演のうち、23日に行われる予定の最後の2公演が、小林さんの左手首の炎症の悪化によって中止になった。
今後の予定はまだ発表されていないが、払い戻しの可能性は低いと考えている。

そんなわけで東京千秋楽を見そびれている今の俺だが、その俺が興味を持っているテーマは、
3月の東日本大震災はどのような影響を小林さんに与えたか、だ。
震災以後の『THE SPOT』については、聞いた話の範囲でしか知らないが、余り変化はないようだ。
震災以前に作られた作品だから予想外のアクシデントは反映しにくいのかも知れない。
今のところ、震災の影響はHPの公式コメントなどを通じて推測するしかない。

震災当時、俺としては小林さんが、
全く何事もなかったかのように振る舞ってくれればいいなあ、と思っていた。
平常時にも大荷物抱えて綱渡りしているような状態の方なので、外界の変化が内面に影響すると、あまり芳しいことにはならない予感がするからだ。
震災による公演の中止なんか、
 僕はやりたいんですが、諸般の事情で中止とせざるを得ませんでした、残念です。
くらいに書いておいて、後はスタッフに任せて、東北の情報とか一切入れないで、余震でモニターが倒れると文句を言いながらアトリエに引っ込んでおけばいいのに。
まるで兵士として戦争の前線にいる最中にも日記には形而上学的にことばかり記して戦況に触れなかったヴィトゲンシュタインのように、外界なんぞ歯牙もかけずに振る舞ってくれればいいなあ、
そんなことを俺は考えた。

でも、小林さんはヴィトゲンシュタインよりまともな人だった。
千葉のコンビナート火災が空を赤く染めるのを対岸の劇場から眺め、テレビで観る光景に心を痛め、そしてその結果
今後のライブに関して、僕は葛藤しています。
「こんなときに」という思いと、
「こんなときだからこそ」という思い。
僕がやるべきことは何だろう。
僕にしかできないことは何だろう。
表現者として、
人間として、
慎重に考えています。
 (3月14日メッセージより引用)

やはり新しい葛藤を抱え込んでしまった。

震災を契機に、多くの表現者が、「自分は何のために表現しているのか」を社会との関係で問い直すことを迫られたのだが、
そもそもライブポツネン自体が、「誰のために何を表現するのか」という問いかけを軸としたものである。
そして『THE SPOT』では「テーマはない」と開き直っている(詳しくは 『小林賢太郎テレビ 1・2』 (DVD)の記事)。
しかし「ない」では震災は乗り越えられない。残念ながらそこまで彼はわがままじゃないのだ。

この点、大阪公演終了後のコメントで彼は面白いことを言っている。
これから僕の舞台、
またはその他のエンターテインメントに行くことに
後ろめたさを感じていらっしゃる方に、
僕からのメッセージです。

悲しいニュースは事実としてしっかり受け止めましょう。
知ることはとても大切なこと。
ただし被災していない人が疑似被災してはいけません。
前に進める人は立ち止まらずに、どんどん歩き出しましょう。
日本はこれから大きく復興しなくてはなりません。
自粛もひとつの考え方だと思いますが、
経済活動を止めないことはもっと大事です。
日本が本当に元に戻るには何年もかかります。
では、いつどのタイミングで自粛をやめるのでしょう。
元気な人が元気に過ごすことは絶対に正しいこと。
働ける人が休んじゃもともこもない。
日本の経済をどんどん動かしましょう。
僕はそう信じて、
いつもと変わらず、
食べて、飲んで、旅をして、
舞台に立ち続けます。

劇場に募金箱を用意しました。
ご協力よろしくお願いします。
それ以外にも、どんなかたちでもかまいません、
同じ時間を生きる者どうし、
協力して乗り越えましょう。

劇場でお待ちしております。

小林賢太郎
 (4月6日メッセージより引用)

要領を得ない文章だ。
劇場に行くのは悪いことじゃないよというメッセージのつもりで書き出したのだろうが、肝心の結論が無く、かわりに、僕頑張るよ的な自分に向けた締めくくりになってしまっている。
他にもツッコミどころは多いのだが、この当時、自粛より消費活動のほうが復興につながるという意見はよく耳にしたので、このメッセージも何となくそういうものの一種なんだろうな、と、漠然と処理してしまわれたようだ。
しかし俺が気になったのはそういうことではない。
「経済を動かす」という言葉をつなぎとして「消費活動」と「働く」ということが同義として用いられていることだ。

働くことは消費を伴うが、ふつーこの2つは違うものと考えられている。稼ぎが消費を上回らなければいけないからだ。
しかし、この文章からすれば、消費の方に価値が置かれている。だから「食べて、飲んで、旅を」することと「舞台に立」つことが全く並列に並べられる。
舞台は労働だから価値があるのではなく、何か精神的な利益を与えられるから価値があるのでもなく、「経済活動」であるから社会的な価値があるのだ。
このリクツからすれば観劇も経済活動である以上、働くことであって娯楽ではないことになり、これがお客さんの立場と働く人の立場を混在させる結果をまねいている。

このリクツで彼は自分の表現に社会的価値を与え、震災後の西日本を乗り切った(この理論が妥当するのは西日本だけだ)。
残る東日本は勢いで乗り切るとして、今後どうするのか。

このような状況で、2公演残して突如休暇が入る(しかもフェータルな怪我ではなく寝たきり状態ではない)というのは、彼にとってはモラトリアムが与えられたことになり、ラッキーであると俺は思う。
今の仕事を残した状態で他の仕事に関わることもできつつ休める、
というとこがポイントね。

『THE SPOT』の医者話や象のシルエットなどからすれば、
物の見方を変えることにより、価値のないものを価値のあるものに転換させることができるようだ。
震災後、彼はこのチャンスになんらかの価値の転換ができるのであろうか。
ま、お手並み拝見といったとこ。
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by k_penguin | 2011-06-26 13:59 | エンタ系 | Trackback | Comments(10)
『THE SPOT』その3 医者編 縦のものを横にする
医者の話は『SPOT』から最も大きく変わった話だ。
まず、『SPOT』の方のあらすじ。
効果音とマイムでつづる話。一種のサウンドノベル。
最初の患者は何でもかじってしまう小人みたいにちっちゃい奴(マイムだから姿は分からない)
次はお腹が痛い恐竜。原因を探るため、お医者さんみずから恐竜の中に入る。
 懐中電灯を胃の中に忘れてくる。なぜかそこには最初の患者がいる。
そいつは何でも食べてしまう「悪玉菌」だったらしい。悪玉菌を捕まえて外に出て、戦うお医者さん。
悪玉菌を料理して食べてしまうが苦しみだし、何か(悪玉菌?)に変身。

何でも食べてしまう「悪玉菌」は、『ポツネン』におけるジョンと似ているが、ジョンほどは大きくない。またKKTV2のバクの最初の頃にも似ているが、それほど大人しくはなさそうだ。
どちらにせよ、それは、小林さんがずっと手こずっているアレの姿の1つなのだろう。
恐竜(怪獣かも知れないが)は、小林自身ととらえて良いと思う。

だとすると、そいつをただ捕まえて食べてしまうのは、自分自身を治療する方法としては良くないことになる。
ではどうすればよいのだろう?
自分を治療するにはどうすればよいか。
問題の原因が起きた当初までさかのぼり、そこからやりなおすことだ。
そこで、『THE SPOT』ではかなり丹念に「さかのぼってやり直す」ことが行われ、結果、無事に治療は終了している(あくまでも彼の中ではの話だが)。

と、まあ、要はそういう話だ、と、思うわけ。

で、こっから、もう少し詳しくなるけど、
話がややこしい割には実のない話だから、読む人はそれを覚悟してね。

怪物と戦う者は自らも怪物とならないように気を付けねばならない
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by k_penguin | 2011-05-30 00:53 | エンタ系 | Trackback | Comments(9)
『THE SPOT』その2 王様編、うるう人編
『THE SPOT』深読み編。
『SPOT』と『THE SPOT』の比較で気になるとこいろいろ。

1 王様編

1坪王国の王様は、「目で見た物を信じない。見るものには騙される。」(例としてタングラム使用。同じ大きさの▲2つ。それは遠くのピラミッドと近くのテント。もっと近くの生八つ橋。)
「僕は直接体験した物しか信じない」
と言いはなって、「東洋の小国」に旅をして、様々なガジェットを持ってくる。
しかし、王様にはそれらの物の使いかたや由来がわかっていない。
それらのガジェットを1坪に並べ、ライトをある方向から当てると、後ろのスクリーンに象のシルエット。

これは『SPOT』から変わらない構成なのだが、疑問に思ったのは、
象のシルエットは「遠くのピラミッドと近くの生八つ橋」と同じ原理からなるものであって、それを象だと認識することは、王様本人がまさに「見るものに騙され」た結果だということだ。
見るものに騙されるのが嫌だから、わざわざ旅をしたのではなかろうか。
これでは旅するだけ無駄ではないか?

『SPOT』においては、王様はガジェットを並べながら、自分が物の使いかたや由来がわかっていない、と言った後、「わからないことだらけでこれでいいのかな?」とひとりごち、
「これでいいのだ。
1人しかいないから、自分がいいと思えばそれで良いのだ。」
と、言い切る。
間違うことを恐れない、と、言い切ったので、シルエットの象が本当は象で無かろうがそんなことはどうでも良くなり、
その瞬間、偽物の象は本物と同じになる。

・・・とまあ、このように考えていたのだが、
『THE SPOT』では、この部分がさっくり切られていた。

代わりにポツネン氏が登場。王様が物の使いかたや由来がわかっていないことにツッコミを入れ、これじゃがらくたばかり。とがっかりする王様に
「王様、1番欲しい物が、あるじゃないですか。ほら」
と、スポットライトを動かして象を投影。
となっている。
王様が「自分がいいと思えばそれで良いのだ。」と、発想の転換をすることによって初めて、シルエットはガジェットのそれから象のものへと変わるのに、
これでは単に「王様がポツネン氏に騙された」ということになる。

『THE SPOT』においては、キャラクター分けをはっきりさせたかったようだが、
物の見方を変える役目はポツネン氏がやることだからと、王様からポツネン氏を分離させてしまったから、王様自身の変化がただ騙されたみたいになってしまうわけだ。
王様は喜んでシルエットの象にリンゴをあげる。
「リンゴ」は、ハートを意味するものと解釈してるが、あげる相手が偽物の象では、その姿もなんだか残念な人に見えてしまう。
『SPOT』の方が良かったと思う。

・・・しかし、ここで話は終了しない。

王様が持つリンゴも『SPOT』と『THE SPOT』で変わっている。
どちらもだるまに変身できるフェイクのリンゴなのだが、まるで本物のように作られていた『SPOT』に対し、『THE SPOT』ではぺかぺか赤いいかにも作り物のリンゴに変わっていた。
何だったら、それがいかに簡単に作れるかについての解説まで入っている。
つまり、リンゴも所詮偽物なのだ。
すべてが偽物で、テーマなぞはなく、重要なのは、騙すことにチャレンジする、ということなのだ。

それで良いのかといえば、良いのだろう。
「1人しかいないから、自分がいいと思えばそれで良いのだ。」

もちろん客に見せる場合は、「1人しかいない」とは言えないから、騙さなくてはならない。
ポツネン氏の見せる象も偽物、王様のリンゴも偽物。
2人が結託して、客を騙しているわけで、うまく騙せれば楽しいし、失敗してもまた笑える。本人が。というわけ。
(KKTVのソフトに収録されているカニをマヨネーズにみせるネタは、リンゴをだるまに見せる過程を発展させたものであろう。騙すことにチャレンジすることが重要なのであって、結果は二の次だ)

2人で結託して客を騙す。
2人が互いも騙す。
この構造は、ラーメンズに似ている。
1人ラーメンズ。もしくは
ラーメンズに見せきれていない何か。

・・・どうよ?これ。
俺は、なーんか、うすら寒いんだけど。


2 うるう人編

『SPOT』のうるう人では、「1人になった経緯」が、語られている。
大まかなストーリーは『THE SPOT』と同じであるが、ややあっさりした感じになった。
話を整理した、というより感情移入の度合いが薄くなったという印象を持つ。

『SPOT』では、穴の底のうるう人は、土で象も作っていた。今回削除したのは、象は王様が担当だからキャラクターをきちんと分離しようとしたというのがメインの理由だと思う。
土で作る物は偽物なんだから、象を作っちゃっていいのか?と、思っていたが、
『SPOT』においては、偽物は「発想を変えれば本物になる可能性を持つもの」だから、それでいいのだろう。
ただし、『THE SPOT』では偽物はあくまで偽物で、本物に転化する可能性はない。
すべてを偽物にすることで逆に「偽物」という概念を無くす、という方向でモノゴトの処理が図られている。

ちなみに前回は(今回も)、土の家族と親友も作っている。
崩れてしまった親友は本物にはならない。


もう1つ変わったのは、ラスト46音アナグラムの後、眠るように体育座りで顔を伏せるうるう人は、『SPOT』ではそのまま静かに動かなくなるが、『THE SPOT』では肩をふるわせて泣く
、という点である。
アナグラムは「ねむれ」なのに、寝てないじゃん!
 というツッコミはおいといて。
孤独な状態で、完全に自分の中に引きこもってしまった『SPOT』に比べ、
『THE SPOT』では、寂しい、という感情を表に出したわけだ。

これを、人間的な感情が残っていた分、希望がもてる。
って感想もあると思うんだけど、俺はそうは思わなかった。
そもそも『SPOT』のラストでも、
・・・寝て、起きた後、こいつ多分泣くんだろうな。
って気がしたし、同時にそういう「後日談」はいらない、と思ったので、
それをマジでやられて、ちょっとがっかりした。

だって、
最初、疲れ果てて眠って、
次に、泣く元気が出たのなら、
もう少しすれば、上に向かって叫ぶ元気も出るってことだよね。

そのとき、叫ぶのか、またはしれっと土で新しい友達こしらえ始めるのか。
知りたいのはそこなんだけどな。
まあ、王様とポツネン氏からすれば、土で新しい友達こしらえてるようだけど、
どちらにせよ、
泣く元気が出たとこで話を切るって、あまり意味がないと思う。

一生、穴の中でつっぱる生き方。失敗を覚悟して穴を登る生き方。
小林さんは、いったいどちらを選ぶつもりなんだろう。


追記

うるう人については、「うるう人かわいそう」という感想が散見されるが、
それはちょっと早計なんじゃないか、と、言いたい。

彼が穴を掘るきっかけとなった出来事は、好きになった人、自分が余り物ではなく特別なのだと思わせてくれる人が、何の変哲もない普通の男と突然結婚したことにある。

でも、彼女はなぜ唐突に結婚したのだろうか。
あり得なさそうな相手と、突然結婚って、TVドラマなら絶対「特別な」理由がある。
例えばえーと、病気のお母さんを救うためとか?
何せ彼女は「特別」なのだ。そーゆーTVドラマ的事情がある可能性は捨てきれない。

そこを確認せずに穴を掘り出すうるう人は、
かわいそうなのか、単なる行動力がある早とちりなのか、どう評価すればいいか分からないのだ。

その辺が明らかでないままのこの話は、普通の話としては余りレベルの高いものではない。

この話はあくまでうるう人主観の一方的な主張なのだ。
裏切られたと訴えるうるう人を何の疑いもなく信じ、感情移入するのって、どうかと思う。
なにせ、相手は小林賢太郎なんだから。
(小林さんに積極的に騙されたいと望む、ファンの鑑に対しては俺は何も言わないけど)


追記その2 メモ 2012.1.17
『THE SPOT』パンフのアイデアスケッチには、井戸やけん玉などのスケッチの横に「内臓」と書かれている。

 内臓-ない象

 とすると、あれは偽の象というより、「ない象」なのであり、
するってえーと、王様はポツネンに騙されたことで無いはずの象を見るんだから、騙されて初めて「内臓」を見るわけで、
つまり、
騙された状態にあって初めて本物の内臓(作者の心の内)を見るってこと。
 なのか?

それは一方的な理屈だと思うが。

追記その3 2012.1.29
自分の本当の感情(内臓)を嘘の話(ない象)に封じ込める。
嘘の話(ない象)が客に受け入れられれば(騙されて象を見る)、感情を表に出さない(内臓を内臓として出さない)まま、それをなだめることができる。一瞬だけど。

自分の本当の感情の埋葬。-埋める。掘る。穴を掘ることで「余らなくなる」。
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by k_penguin | 2011-05-21 21:59 | エンタ系 | Trackback | Comments(86)
『小林賢太郎テレビ 1・2』 (DVD)
小林賢太郎のライブポツネンでのキャラ「ポツネン氏」を主人公にした、NHK-BSの特番をソフト化したもの。
テレビ放送の時の記事はこちら。
小林賢太郎テレビ 1
小林賢太郎テレビ 2

美しくてちょっと不思議なので、ふつうのテレビに飽きてる人とか、2355など、ピタゴラスイッチ系実験映像が好きって人は、楽しめると思う。
お笑いのソフトだと思っちゃダメ。   以上。

小林賢太郎テレビ 1・2 DVD-BOX


・・・と、早々に、普通のレヴューを切り上げて、と。

長いYO!
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by k_penguin | 2011-03-24 23:27 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
LIVE POTSUNEN 2011 『THE SPOT』
はじめに

ワタシが公演を見た次の日に東日本大震災が発生。『THE SPOT』の残りの東京公演は全て中止となった。

東京は地震による直接の被害は少なかったのだが、震災によって、娯楽を控える世間の空気が生じた。
この記事を書いている今も、頻繁に余震が来ているし、電力不足の恐れが報じられている。
そんな中でも娯楽を求める人は少なくはないと思うが、
14日時点で公演の先行きは不透明であるし、また、公演が続いたとしても客が求める娯楽の方向も変わると思うし、それが今後の公演の受けとめかたに変化を生じさせ、間接的に公演自体を変えていくかも知れない。
そんななかでどう記事を書くかを、記事を書かないことも含め考えたが
とりあえず

 「震災前」の時点に見た公演を、それから「何事もなかった体」で書く。

ということにした。
それではお楽しみ下さい。なお、深読み編はまた後日。
  *                *                *

「これで笑わないと知的じゃない人にみられるから笑っておく」と絶望先生で評されたラーメンズ。そのブレーンである小林賢太郎の一人芝居。
今回はめずらしくフライヤーに紹介文もついていて、やる気を感じさせる。なになに?
「…2010年に上演され、その完成度から最高傑作と評された『SPOT』。さらに洗練されて『THE SPOT』として全国12都市で上演決定!…」
寡聞にして俺は『SPOT』が最高傑作と評されていたというのは初耳だった。最高傑作の割には今回の公演は地方でチケットが余っていたが(ラーメンズだったらあり得ないことだ)。
『SPOT』はまとまっているという点では完成度は高いと言えるが、ミニマムに過ぎた。広く人を呼ぶにはわかりにくすぎる。
そんなことを考えながら舞台上を見て、俺はイヤな予感がした。
前回と同じ、上演する各都市の名前が書かれた幕があるのみ。前回は舞台の隅に置いてあったガジェット群すらなくなっている。
たしかに「さらに洗練」されているようだ。・・・もっとミニマムになるのかー。

俺の予感は当たった。
演目は前と同じだったが、話は短く切りつめられているものが多かった。
ときには、そこを削ってしまうとオチが分かりにくくなってしまうのに、と思うところすら削られていた。
ガジェット群は舞台上にはなくなり(パンフレットに出てくるアイテムすらない)、必要最小限の小道具と、スクリーン、白い布があるだけになり、舞台上はポツネン氏と、灰色の紗の後ろを行ったり来たりするスタッフのおぼろな影だけだった。
そのかわり、1つ1つの美しさは際だっていた。
白い布はいつの間にか白衣に替わり、スタッフのおぼろな影は夢のよう。
そして、やはり小林賢太郎のマイムは美しかった。
「見えないはずの物が見える」マイムをするには、リアルな動きをするのではなく、美しい動きをするのだ、そうすれば客は自然にあるべき物を想像する、
と、赤川次郎が言っていたが、なるほど納得だ。

全体的に夢をそのまま見せられているみたいな舞台で、そういう意味では、維新派の印象に似ている。モノトーンで基本1人の地味な維新派。
 まあ、俺は維新派の舞台は10分と見ていられないのだが。変化がないんだもん。

んで、そんな舞台で笑えるかっていると、もちろん笑えない。
作者も別に積極的に笑うことを期待してないんじゃないかって思う。
前回とギャグはほぼ同じだったが、どうも自己流の練習をやりすぎたようで、しゃべりの間は逆に悪くなっていると感じた。
新しく加わったものも、単によく分からないだけのものやネットのパクリだし(「カードはお餅ですか?」はネットでもあまり面白いと思ってないのに)。
要は、客にそっぽを向かれない程度に面白がらせておけばよい、と言うことなのだろう。

ところが、客席は大受けなのだ。
前回の『SPOT』同様、2階席に俺はいたのだが、前回は1階席は笑っていても2階は静か、ということが多かったが、今回はなぜか2階も大受け。
言ってることは前と同じなのに。
別にみんながみんな「知的じゃない人にみられる」ことを恐れているというわけではなく、とにかく積極的に笑うつもりで来ているので、雰囲気で笑うのだと思う。
小林賢太郎は「お笑い」に分類されているからだ。
でも、作者は別に積極的に笑うことを求めているのではなく、自分が受け入れられていることさえ確認できれば、それが笑い声だろうと拍手だろうと構わないんじゃないかって思う。

ポツネンは「可笑しくて美しくて少し不思議な一人芝居の短編集」と銘打たれているが、それは、
期待するほど可笑しくもなく美しいと言い切るにはミニマム過ぎることを「少し不思議」という言葉で誤魔化した感がある。

ま、誤魔化しでもそれで受け入れられれば問題ないけどね。

なんか、客が作品に求めているもの(笑うこと)と、作者が、他人からこう見られたいと思っている作品像(パンフレットに示される美しさ)と、作者が表現したいと思っているものの三者相互にズレがあると感じる。

あと、細かいとこだけど、うるう人のあとの、王様の導入部は、切り替えをぱしっとした『SPOT』の方が良いと思う。
泣いてる人は、なかなか人の話を聞く気分にならないから、静かな導入だと言葉が耳に入らないから。

また、俺個人的には医者話に注目。
この話だけは収穫だった。
この話の改変された部分だけで満足してしまった俺は、まだまだ甘いなあ。



『THE SPOT』その2 王様編、うるう人編

『THE SPOT』その3 医者編 縦のものを横にする
『THE SPOT』intermission 震災と小林さん
『THE SPOT』その4 東京延期千秋楽



りんごのけん玉 ¥6,825
公演と関係はない。
鈴木康広(ファスナーの船のひと)デザイン。



KENTARO KOBAYASHI LIVE POTSUNEN 2011 『THE SPOT』 [DVD]
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by k_penguin | 2011-03-14 22:22 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(50)
ラーメンズの作品とか語り合うエントリ その6
発端・『TOWER』エントリ
その1・主に「上下関係」「採集」の話
その2・主に『CHRRY BLOSSOM FRONT 345 』
その3・『STUDY』『TAKEOFF』『DROP』
その4・ライブポツネンの小林さんについて、そしてコンビとしてのラーメンズについてなど
その5・コンビとしてのラーメンズについてとか、KKTV,ロールシャッハなど


ラーメンズ・小林さん関連のBBS的エントリです。
個別の作品についての感想はその作品の記事の方にコメントいただければ助かります。



演劇ぶっく 2011年 04月号 [雑誌]
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by k_penguin | 2011-02-02 21:47 | エンタ系 | Trackback | Comments(67)


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