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小林賢太郎テレビ9 ~裏と表~   

小林賢太郎テレビ9をやっと見終わった。

日曜に録画して、ほんとは月曜に仕事が終わった後、息抜きにちゃっちゃと見てしまおうと思ってたのだ。
で、軽い気持ちで見始めた。
まず、舞台袖のたまりで小林さんが作業しているところに大森南朋くんがやってきて、軽い感じで、コントでやりたいことあるのよ俺、とか言って、何かな、方向が間違ってるやつかな、だったら、小林さんはどういうリアクションとるのかな、とか思った次の瞬間に、南朋くんは矢継ぎ早にあれもこれもやりたいと早口でまくしたて出した。しかも言い回しが完全に「小林節」だったので、俺はそこで完全に混乱してしまった。なぜ、舞台裏なのに、言わされてる感100パーセントのしゃべりかたをするんだろう?なぜ舞台裏で巻きで喋ってるんだ?
演出家の顔色も見ずに新規の提案を3つ、するだけした南朋くんは、あっという間に去ってしまい、次の瞬間に壇蜜が画面の中につっこんできた。壇蜜と小林さんは楽しそうな雰囲気を作り、南朋くんの提案はものすごい早さで実行されたが映されなかった。小林さんは南朋くんを仲間外れにする感じが面白いらしかったが、それのどこが面白いのか、俺にはまるでわからなかった。

 ただただ混乱した俺は、耐えきれず、ここで観るのを一度やめてしまった。
導入部だけでこの始末では、全部見ることはできないかもしれないし、そのうえ、感想を書くことなんてとてもできない。俺は重いため息をついた。今回はパスしよう・・

 公式HPに載っていたタイトルを自分のワープロにコピペしたとき、初めてサブタイトルが「表と裏」ではなく「裏と表」であることに気がついた。
    裏が表なんだ。
 それなら、舞台「裏」の喋りがまるで舞台上で台詞を言っているようなのもわかる。裏が表だからだ。その代わり、本来撮影されるべき南朋くんの提案は映されない。表は裏になるからだ。
 ・・・むう。時間をかければ、理解できなくはない。これなら、書けるかもしれない。もう1度、視聴チャレンジだ。

結局、「ずがいこつ」の途中で1度、お題コントの途中で1度、あまりのつまらなさに挫折したので、4回に分けて見たことになるのだが、見終わったのは金曜日だった。
漠然と、小林賢太郎のフラクタルみたいな作品だ、と思った。
導入部だけとっても小林賢太郎だし、全体を見ても小林賢太郎だし、どの部分をちぎってみても小林賢太郎だ。
むしろ、今までで一番、小林賢太郎が赤裸々に出ている作品なのかもしれない。何と言っても、表も裏も出ているのだ。
でも、その小林賢太郎は俺には面白くなかった。『ロールシャッハ』や『うるう』などでもう観た。って感じ。自分のビョーキ自慢みたいなこと言われてもなって思う。

今回のテーマは、二面性を併せ持つこと。
小林さんの作品の場合は、作品そのもの以上に、その作り方にメッセージがこもっているが、今回の作り方のテーマは「合成」だ。別撮りした2つの世界の物が合成により1つのものになる。お題コントも、デジタル合成こそしていないが、水槽や光の投影を使った合成がされている。
だから、「表」と「裏」が反対概念であることにこだわる必要は無い。男と女は別に表と裏ではないが、そこはポイントではない。小林さんはこの2つを併せ持っていると言ったことがポイントだ。
まあ、俺にとってはどうでも良いことだけど・・自分の女性版に壇蜜使うとは、なかなか自信がおありのようですな。
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by k_penguin | 2017-12-18 00:46 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)

カジャラ#2 裸の王様   

小林さんの、男5名による新ユニット、カジャラの第2弾がお目見えした。

で、感想の前にいうけど、
小林さんについては、去年の年末の公式HPコメントで、片桐さんが邪魔だから切り捨てたとも取れるコメントをしたこと(そうだと俺が受け取ったということだけど)、正月のラーメンズのYoutube配信の唐突さ、とかから、何か小骨がのどにひっかかったような気分が続いていた。
でも、楽しめるとこは楽しんでおきたいから、なるべくそういうとこは考えないようにして、銀河劇場に行くことにした。

銀河劇場に来る客層を観察するに、以前よりも男性率が上がってきている。年齢層も幅が広くなっているように思う。
前回がちゃんと面白かったので、今回もまあちゃんと面白いだろうけど、片桐がいない分だけ、インパクトには欠けるかもしれない。
と、漠然と予想していた。

で、まあ、
予想通りだったなって感想で
帰ってきた。

前回のは、ラーメンズ+ゴールデンボールズって感じだったけど、片桐がいなくなった今回は、野郎共が楽しく馬鹿やってる感が強くなって、KKPぽい感じになった。
面白いは面白いんだけど、野郎共が楽しく馬鹿やってるだけのコントは珍しくなくて、特別感が足りない。個性がないわけではなくって、幕間の動きとかに独自性はあって、隅々まで気を配ってる感はあるけど、それが、言葉遊びやナンセンスな作品とリンクして特別な雰囲気を出してる、わけではなく、頑張る意味があまり感じられない。
結局、何がやりたいの?って感じ。
「コントマンシップ」とか「上質なコント」とかしきりに言うけど、その中身がまったくイメージできない。

ネタバレと悪口があるよ!
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by k_penguin | 2017-03-18 01:42 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(31)

小林さんの2017.01.01の公式メッセージについて   

ラーメンズが、今までのライブ映像を全部つべにうpしました。

これによる広告収入は、日本赤十字社を通じ、各地での災害の復興に役立てていただきます
・・・だそうです。

 立派ですね。立派すぎて、何かきな臭い感じがします。
 前にポツネンDROPのチケットの転売禁止とかやったときもそうだったんですが、
なんでそんな感じなんだろうなってそういう感じの釈然としないそういうのがあります。
小林さんはいつもこうで、
自分の行動が自分個人だけのものだと思っていて、社会的地位に伴い、自然と行動も社会性を帯びるということに無自覚です。
で、取り巻きもそろってオタクなので、言われたとおりに処理して、ちゃんと説明した方が良いよとか言わないんですね。

おそらく、違法アップロード対策は、以前からの問題だったはずです。
事務所が小さいから、Youtubeに削除要請ができないからです。
そして、その対策の1つとして、「公式に全部つべに上げちゃって、アクセスを公式に誘導し、広告収入の利益を吸い取る」 はありうる選択肢です
その広告収入をどうしようと、それはラーメンズとその権利を持つ方々の勝手で、それは、今までのソフトの売り上げをポニーキャニオンや事務所や小林さんや片桐さんの間でどう配分されてきたのかを、いちいちお知らせする必要がないのと同じことです。
しかし、利益を放棄するとなれば、それには理由が伴うはずです。それは、違法アップロード対策とはまったく別の話です。

関係者各位のご理解とご協力を得て寄付する、つまり、みんなが権利を放棄することにしたよ。ということを発表するなら、どのような趣旨のもとで寄付をするのか、説明するのが当然だと思います。
それなのに、被災地に向けたメッセージが特に添えられているわけでもなく、ただ、広告収入は、各地での災害の復興に役立てていくよ。と、それだけ。

本当に災害の復興を願ってのことなのか、それとも、儲けるつもりはないよってポーズにつかってるのかわからない。
て、ゆーか、儲けるつもりはないよって言うポーズだと私は思います。プロが儲けるつもりはないって言うポーズを取らなければならない理由がわかりませんが。

小林さんはこういう、オカネを忌避する傾向がぬけない。とくに、ラーメンズに関しては。

さらに続けるとすれば、去年の最後の公式メッセージの中の、リーダーの仕事と、組織の中の「困ったやつ」についての不愉快なグチと、今回の利益放棄を結びつけることは容易なんですが、
それをしても、自分的には新しい発見はないので、正月ですし、この辺でやめとこうと思います。


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by k_penguin | 2017-01-02 01:04 | エンタ系 | Trackback | Comments(32)

KAJALLA#1『大人たるもの』   

カジャラ、と読むらしい。
この記事を書くにあたって、ちょっとだけネット検索をしてみたら、なんか知らんけど、カジャラをラーメンズの新作ととらえてる人もいるみたいで、そんなこと露程思ってなかった俺はびっくらしただよ。
ラーメンズなんてどこにも書いてないし、小林と片桐だけじゃなくて、竹井亮介と安井順平と辻本耕志も出るわけだしね。

俺的に気になっていたのは、小林と片桐の共演じゃなくて、「高校生以下のお客様を対象としたチケット」(公式HP)である学割チケットがあることだ。この作品は、高校生以下のお客様を意識したものなのだ。
ということは、タイトルからして、これから大人になろうとする人へのメッセージが含まれていると思って良いんじゃなかろーか。と、俺は思ったわけだ。
そういえば、今年は2016年で、2000年に生まれた人は16歳になり、その多くが高校に入った年なのだ。そうか、もうそんな経ったかしみじみ。
しかし、それはおいといても、小林さん自身があんまり大人とも思えないので、大人になろうとする人へのメッセージなんて、果たして上手くいくんだろうか。いやそれ以前に、ちゃんと面白いんだろうか?

ともあれ、仕事の後に、ポケモンがたくさん出そうな外観のグローブ座に向かった。客の構成は、いつもの小林さんソロの舞台よりも男性率が高いように感じた。
チケットをもぎるときに、劇場スタッフから撮影、録音の禁止を伝えられた。さらに、場内アナウンスで撮影・録音の禁止、携帯電話の電源オフが伝えられ、ご丁寧に開演5分前に舞台に黒子が出てきて、マイムと場内アナウンスで、携帯電話の電源オフを指示し(黒子の中の人は小林さんでは無いようだった)、さらに劇場スタッフがさざ波のように携帯の電源を切るよう呼びかけた。
俺は小林さんのこの手のしつこさが嫌いだったのでうんざりしたが、携帯の電源OFFは確認した。確かに上演中に携帯を振動させてしまうのは大人的では無い。

内容は、GOLDEN BALL LIVE+ラーメンズ÷2という感じで、ひらたく言って、面白かった。久々に小林さんの舞台でよく笑った。
全員が基本的にスーツ姿で、ほとんど着替えをしなかったから、場面転換が早い。さらに、場面転換の間も照明を落とさずに、全員が計算された動きで場面転換を行う。
連続医者コントがしんどかったが(医者コントは、医者がイカレているか、患者がイカレているかの2パターンしかないから)、後は面白かった。
片桐は天然を発揮していたし、脚本も彼をよく生かしていたと思う。小林と片桐が絡むと客が無駄にきゃあきゃあ言うのが多少うっとうしかったが。

舞台は幕間も含めて流れるように進行し、メッセージ性は見事なほどに無い。
この手のショートコントが積み重なる舞台は、全体を通して語られる話があり、全体を通したテーマがあるのが普通なのだが、見事にそれが感じられず、後に何も残らない。
いや、あるはあるんだと思う。最後の第二成人式の話とか、やはり大人になろうとする人へのメッセージなんだとは思う。嘘をつかないようにとか、そういうことよく言ってるし。
でも、あの辺のメッセージは、いつも何言ってるのかわかんないし、今回も多分伝わらないんじゃないかと思う。いや俺なら第二成人式断るよ。60にもなって酒池肉林とか身体壊すじゃんよ。年寄りは健康第一なんだよ。どっちかって言えば野生の藪医者の方に興味あるよ!

口うるさく携帯を鳴らすなって言ってるんだから、この作品に力入れてることはわかるし、きれいに流れる優等生的な作品だとは思う。ただ、なんていうか、言ってることが宙に浮いてる感じ…。
 と、そこで気がついた。フライヤーの、びしっとスーツで決めた、宙に浮く男達。
   宙に浮いているオトナ。
大人になれと子供には言いながら、なぜ、何のために大人にならなければならないのか自分でもよくわからないオトナ
小林さんは、やはり、常に自分の現状を正確に作品にする人だ、ということなんだな。


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by k_penguin | 2016-07-30 02:25 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(10)

KKTV8 その2 どこに行くか分からないなら   

今回の作品は、片桐さんが入ったせいか、建て付けがしっかりしていた。建て付けがしっかりしてるってことは、フツーに言うと完成度が高いってことで、でも完成度が高いというのは、すげー笑えるという意味ではなくて、『不思議の国のアリス』の世界を小林流に変換しているという感じがすげーするということだ。
作品中謎めいた要素は多いのだが、それは、アリスの要素の引用であるという説明が出来ることが多い。
こういうのは、俺のように、専ら小林さんが建てたものを解体している側にとっては手強いことになる。こちらは、『不思議の国のアリス』ではなく、小林さんの内面に関連づけたいからだ。
で、今回は注意深く,あまり深くは掘らないことにする。

前提として、8号車両の後部に貼ってあったカラスと書き物机のポスターに書かれていた言葉について。
カラスの方が「どこに行くか分からないなら、どの道を行ってもそこにたどり着ける」書き物机は「カラスが書き物机に似ているのはなぜか」。両方『不思議の国のアリス』の引用だ。

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by k_penguin | 2016-07-03 02:36 | エンタ系 | Trackback | Comments(2)

『うるう』2016版 02 森と接する場所   

前回の公演のときの記事で、ワタシはマジルはヨイチの息子だと解釈した。今も原則としてはそれは変わっていない。これは作品中では明言もされていなければ、匂わされてもいない解釈だが、そう考えれば腑に落ちるところもあるからだ。

作品説明では、
うるう年にうるう日があるように、「ないはずの1」が世界のバランスをとることがあります。これは、カレンダーだけの話ではなく、人間もそうなのです。世界でたったひとりだけ余った人間「うるうびと」。彼が少年と友達になれなかった本当の理由とは……。

となっている。
しかし、実際は、ヨイチの存在が世界のバランスをとっていることの理由らしきことは一切語られない。ヨイチは父親の実験の結果として産まれた、通常の人間よりも4倍歳をとるのが遅い特異体質をもつ人間にすぎない(ついでにいえば、戸籍と国勢調査は別に関連づけられたりしないので。別に国勢調査から逃げる必要はない)。
で、少年と友達になれなかった本当の理由も、この特異体質と結びつけられていて、好きになっても、どうせヨイチより先に死んじゃうから、とか言ってたが、そんなこと言ってたら人間は猫も飼えないわけで、友達になれない理由として筋が通ったもんではない。しかも、そんなこと言いつつも、40年後、マジルがヨイチと同じ48歳になったら友達になれるらしい。
別に体質は友達とは関係ないのだ。ヨイチがマジルと別れるシーンで言う「そう考えることができたなら、僕たちは友達になれただろう」 という言葉に示されるように、要するに、ヨイチの考え方一つの問題に過ぎない。そのヨイチがこだわっている考えがどういうものなのかが示されていないので、何だかよくわかんないままにヨイチとマジルは別れを余儀なくされ、同時に、勝手にヨイチは待ちぼうけモードに入り(ヨイチはマジルと別れた瞬間から、大人になったマジルが来ることを期待している)、ワタシは、何もかも他人頼みのヨイチにうんざりしながらも、「でも舞台の色使いだけはきれいだなー」とか思ったりするのだ。

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by k_penguin | 2015-12-26 01:52 | エンタ系 | Trackback | Comments(13)

小林賢太郎演劇作品『うるう』 2016年版   

『うるう』前回公演から4年が経って、再演と相成った。
4年の時間は短いようで長い。
前回の公演では、当ブログはけっこうな大騒ぎとなり、喧々囂々した痕跡が今も残っているのだが、今回は公演が始まってもそんなにアクセスが増えるでもなし、静かなものだ。
ってゆうか、チケットも4年前と比べて確実に売り上げが減っているようだ。横浜公演の千秋楽の当日券が、イープラス発売開始の1時間後でまだ手に入るとは思わなかった。
唐突に手に入ったその当日券の席は後ろの方だったが、1階席だった。俺はチケットをコンビニで発券して、年の瀬の横浜に出かけ、混んでいる中華街を横目にKAATに向かった。
横浜公演のチケットが手に入ると思ってなかったので、観劇にあたり、前回の公演についてのブログ記事を読み直していなかったが、あまり覚えていない状態で見るのでいいやと思った。この機会に、余計な裏読みをしないで見てみようと思ったのだ。
んで、その結果。

始まって10分で、すごく帰りたくなった。
流れが悪くていらいらするのだ。テンポが遅いのではなく、逆に、立て板に水を流すようにやるので、まるで頭にひっかからないのだ。
ウサギの罠に落ちていた子供をすくい上げて、会話して、子供を帰したら、すぐにまたウサギ罠に落ちる、というくだりを、一気に3回もやられて、うんざりした。タメも何もないので、「こいつまたウサギ罠に落ちるぞー」という期待を抱く暇もない。楽しめるものが、ルーティンワークみたいに処理されるおかげで台無しだ。
話の処理は全部がその調子だった。前回よりも話が整理されていたが、メリハリがなく、全部平板にことが進む。
本当に作者はこの話を舞台にのせて、他人に見せたいのだろうか、と疑問に思った。前作をソフト化しなかったので、ソフトを作るために今回の上演をしているのではないのだろうか。
子供は俳優が出演せずに、小林のマイムと、チェロの音でその存在が表現されるのだが、まるで存在が見えなかった。
マジルの性格がまるでつかめないのも原因の一つだ。
初対面で、僕を食べるのと泣いておきながら、その数分後には、自力で出られる落とし穴にわざと落ちて、抱き上げてもらうことを期待する甘えっぷり、クラスの人気者で口が減らない頭も良さそうな子なのに、ウサギの捕まえ方を調べるのにネットすら使用しないで、「まちぼうけ」を差し出すナメっぷり、好き勝手に振る舞いながら、決してヨイチに拒否されないことを知っているあざとさは、子供というより、猫に見える。
小林のマイム自体はとても正確なものなので、彼の手が触れている部分は、例えば相手のの肩があったり、手があったりするのだろう、とわかるのだが、それに続く頭の部分が見えない。子供がヨイチの顔を見ているのか、うつむいているのか。どんな表情なのかもまるでわからなかった。
まあ、8歳の子供大の跳ね回る物体がそこにあるんだろうな、多分!
という程度(もしかしたら、マジルじゃなくてマカなのかもしれない)。

悪口ばっかり書くのも気が引けるので、良かったところも書く。
小林さんの舞台だから、もちろんマイムはきれいで、配色の妙もすばらしく、マフラーを巻いたヨイチが森の木の上で動かなくなるシーンは美しかった。あと、クレソン先生の歌のとこは面白かった。
後はまるで面白くなくて(クレソン先生の風邪薬のくだりは期待していただけに、流れが悪くて笑えなかったのはすごく残念だった)、まるで笑わなかった。

しかし、周囲の観客は大受けだった。小林さんが言うことなすこと大爆笑!なのだ。マジル(であろう8歳の子供大の空間)とヨイチの別れのシーンでは、鼻をすする音すら聞こえた。人より遅く成長する体質と唐突な別れの因果関係はまるでわからないし、愛するものが先に死んでしまうことを怖れていたら、猫なんて飼えないと思うのだが(マジルは8歳の子供大の猫なのかもしれない)。
まあ、それはともかく、小林さんが見られれば満足である観客が、今も一応劇場をそこそこ満たせるだけいるというのは、すごいことだなあ。
妙なことに感心しながら、劇場を後にして、中華街に中華まんを食べに走る俺だった。

次回、あまり深くない深読み編(ネタはあまりないです)
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by k_penguin | 2015-12-22 19:30 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(3)

小林賢太郎TV7   

録画から約1ヶ月たってようやく見ることができた。

感想
ラーメンズっぽくて、面白かった。

そりゃ
昔のラーメンズの方が良かった とか
片桐さんの天然の魅力には勝てない
とか言うことはできる。

でも、今期待される、ラーメンズって、なんだろう。
昔と全く同じ、一言一句同じものを作ったとしても昔と同じ評価は得られないだろう。
そもそも昔の評価ってなんだ。言うほどラーメンズは手放しで褒められていたわけではないぞ。
ずっとほっといているうちに変に伝説化されてしまって、勝手にハードルが上がっちゃっただけだ。
そりゃ、片桐を使ってKKTV7を作れば、ラーメンズと言ってもらえるかもしれない。
しかし、それはラーメンズであってラーメンズではない。小林も片桐も、客も、時代も変わっている。
ラーメンズの正解とはなにか。
もうそれは誰にも分からない。
天然の片桐、じゃない、コーラ虫を使って、カラメル味の炭酸を作れば国産コーラの復元といって良いというものではないのだ。
職人的には、それは昔の国産コーラの味じゃなければならないし、変に職人気質の親方が昔のコーラを大事に温めすぎたおかげで、味の正解が分からなくなったとしたら、もう作らない方がましなのだ。

だったら、カレー虫を使ったカレーを作る方が良い。
親方だって、それほどコーラに思い入れがあるわけではない。
昔飲んだはずの国産コーラの味を覚えてないし、
天然の虫を材料にして何かを作りさえすれば、職人魂は満足なのだ。そんなもんなのだ。
別にカレーでも、多分、ブルーハワイでも良くて、
コーラをくれとか言う客には、
「うち、コーラおいてないんですよ」とつっぱねれば良いのだ。

カレーだってそこそこ売れているんだから。


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by k_penguin | 2015-06-12 00:44 | エンタ系 | Trackback | Comments(8)

『ポツネン氏の奇妙で平凡な日々』2 妄想的な意味ある場所   

タイトルのネタ元
http://togetter.com/li/598755
c0030037_22542639.jpg



ポツネン氏は落ち着くところに落ち着いた。
では、なぜ落ち着けるようになったのか。
彼の、名付けられることを嫌うあの整理できない感情はどこに住処を見つけ、何になったのか。

今回の話には、今まで出てきたモチーフが多くちりばめられている。
ざっくりまとめると

ネタバレ
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by k_penguin | 2014-12-22 00:00 | エンタ系 | Trackback | Comments(53)

『ポツネン氏の奇妙で平凡な日々』KENTARO KOBAYASHI SOLO PERFORMANCE 2014/2015   

小林さんは多分もう40歳くらいだと思うのだが、いまだ自分がやるべきことがよくわからなくて、謎めいた町をさまよって、何かを探している。
しかし、いい加減40くらいになると、ふらふらすることを周囲の環境が許さなくなってくるというものだ。
この前竹熊健太郎がTweetで、
自由業は40過ぎたらだんだん仕事が減る。なんで減るかというと、仕事を発注してくる社員編集者が、だんだん自分より年下になるから。と、いうようなことを言っていて(https://twitter.com/kentaro666/status/520884631885713408)、なるほどと思った。
まあ、仕事の発注自体が減らなかったとしても、新しいことにチャレンジするのは、一緒に面白がってくれる人を見つけやすい若い人方が40過ぎのおっさんより格段に楽だ。
40を過ぎると、流行が2周3周していることを肌で感じるようになって、そうすると、あまり物事に新味も感じなくなるというものだ。
小林さんも最近仕事を頼まれるようになったようだが、そこでは「小林賢太郎っぽいこと」、言い換えれば、ピタゴラスイッチとにほんごであそぼを合わせたようなアレ、しか求められないだろうと思う。
そんな小林さんの変わりつつある環境を、小林さん自身はどう思っているんだろう?

前置きが長くなったが、そんなことを考えながら下北沢に降りたら、駅の様子がめっさ変わっていて、自分が降りるのが北口なのか南口なのかわからなくなり、しかも、駅前も様子が変わっていたので、更に迷ってしまって冷たい雨の中15分くらいかけてようやく本多劇場を見つけた。
かくのごとく、本人が変わらなくても社会のほうが変わっていくのだなあ。などどぶーぶーいいながら席に着く。
今回は、『P』と同じく、海外公演(パリ、ロンドン)の前振りで、日本では東京公演だけだし、てことは、多分、海外公演終わった後、『P+』みたいにリニューアルして「ちゃんとしたやつ」を日本各地でやるんだろうし、それはつまり、今日のこの公演は『P』と同じく、「有料リハーサル」に過ぎないということだ。それでも劇場はちゃんと満員だった。若い人も多い。
舞台上には見事なくらい何もなかった。バミリすら2つくらいしか見えない。奥にスクリーンが1つ。てことは、『P』と同じように映像と絡むやつがメインなのだろう。移動には便利そうだ。
アンケート用紙がないことに気がついた。これは俺が知る限り初めてのことだ。小林さんは、客の反応が大好物だと思っていたが・・・。

そして舞台が始まった。
ポツネン氏は言葉は喋らない。台詞のような説明のような文がときどきスクリーンに文字で出る。
内容は大体『P+』と同じ。ポツネン氏はたくさんの扉をくぐって赤外線をくぐったり引っこ抜いたりして、あげく謎めいた町をさまよい、手男とか、ほとんど同じことをやっていた。

でも、作りは今までとは微妙に違ってきていて、
今までにあった「察して下さいオーラ」がなくなったな、と感じた。
変な説明をしてますます煙に巻いたりすることがなくなって、わからないことはわからないままでどんどん先に進む感じ。
また、笑いを取ろうとする意欲がますますなくなってきた、という感じがした。
面白い部分もあるはあるのだが、それは、客を笑わせよう、というよりは、客の目を引きつけておこう、という意図が感じられた。
自分の気持ちを察してくれなくてもいいし、笑わなくても、飽きずに舞台を1時間ほど観ていてくれれば良い。
作品がこういう物になったので、作品の意図と客の受け取るものがほぼ一致することになった。要するに、破綻のない作品になったのだ。
カーテンコールのときに、小林さんは
コントだかパフォーマンスだか何だかわからないものだけど、これはこういうものなんだ、と言った。また、これだけの人が劇場に来てくれただけで嬉しい。
と、いつも言うようなヒッキー的なことを言っていたけれど、今回初めて俺も
そう思うだろうなって思った。
作品もそう言っていたからだ。
客は来てくれるだけでよくって、もう感想も必要としないんだろう。
小林さんもそろそろ落ち着くところに落ち着くお年頃というわけだ。

次回、深読み編
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by k_penguin | 2014-12-21 01:12 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(0)