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NODA・MAP 第15回公演『ザ・キャラクター』

e+から「買ったチケット発券しろよ」メールが来たので気がついたが、俺はなぜかNODA・MAPを予約していたらしい。
NODA・MAPは『ロープ』『キル』を見てどちらもイマイチだったので、もう相性が悪いものと諦めたつもりだったが、何を考えていたんだろう。俺よ。
古田新太が出てるから、笑えることを期待してたのかなあ、なんて首をひねりながら劇場に。

近くの席に、制服姿の高校生の男女がいた。
高校生って、珍しいな、と思いつつ、その会話を聞くともなしに聞いていた。
男の方が誘ったらしく、女は「野田さんって女の人なの?」などと尋ねていた。野田秀樹が今回は女役だからであろう。
男はものすごい早口で、どうでもいい話をまくし立てていた。ぼーっと聞いていた俺は、
最近の子は、「女の子」といわず「女子」ということに気がついた。

それはともかく、開幕。

カルト宗教化している町の小さな書道教室(教祖・家元:古田新太)に、「弟」を探して姉のマドロミ(宮沢りえ)が潜入する。
そんなこんなで、ギリシャ神話の話と絡ませながら、地下鉄サリン事件を意識した結末に向かい、
どとーのごつ話は雪崩れ込んでいくのであった・・・!
っつー話。

「家元」「会計」「新人」と、その人の地位が墨書きされているひびのこずえの衣装は見て楽しいし、水を垂らすと墨のように黒く変色するシートを使って書を書きまくる舞台は迫力がある。
そして、俳優がみんな役にはまっていてすばらしい!
古田新太や橋爪功はもちろんだが、藤井隆も良かった。
そんなわけで、見るとこたくさんあるし、例のごとくテンポの良い野田節と、「俤の中に弟がいる」「魂の中に鬼がいる」などの漢字にちなんだ、ちょっと文学っぽい(or演劇っぽい)かっけーフレーズ満載で、
とにかく飽きない2時間15分ではあった。
最後は泣けたし、終わって、見て良かったという気分になれた。

ただ、情報量が多すぎて、頭いたい。

そして、ふと思ったのだが、これって一連のオウム事件をあまり記憶していない人達にとって、どーなんかなーってこと。

俺はオウム事件のころ、今以上にテレビとなじみのない環境にあった。
ネットはまだ無く、情報は主に新聞から入れていたので、映像のインパクトが強くても事件としては重大性のないニュース、例えば麻原の選挙運動の様子などはほとんど記憶していない。
劇中では、(おそらく)当時のワイドショーで良く流されたオウム関係の映像に似せたシーンや映像が多くあり、
そのシーンに心当たりがある人にはかなりのインパクトが与えられると思うのだが、
心当たりがない人にとっては、ふつーの「カルト宗教ものの話」にしか見えないと思う。

そして、個人的に気になったのは、
ラストで、マドロミの弟が「サイレンから逃れるために」ギリシャ神話に逃れる、と説明されたことだ。
マドロミの弟はジャーナリストとして潜入した書道教室で逆に狂信者になってしまう。
マドロミも書道教室に潜入するが、こちらは洗脳の危険を乗り越える。
2人を分けたものがどこにあったかといえば「逃れたいサイレン」の有無しかない。
そして、マドロミの弟を追うのはマドロミその人である。
つまり、マドロミの弟は、姉の拘束から逃れたいがために宗教に走ったということになるのではなかろうか。
ラスト、マドロミは、弟の背中に書かれた「幻」という字に斬りつけるように一筆加え「幼」にして、お前の考えは幼いと断ずるのであるが、

 自分で拘束しておいて、幼いって突きはなされてもなー
・・・って思ったのだった。


その一方で、マドロミの弟が「筆で世界を変えようとする」ジャーナリストであり、書道教室がまさに「筆で世界を変える」宗教団体であること、マドロミには実は弟はいないかも知れないとの示唆があることからすれば、
この話は言葉の力を盲信するものが陥る独善の罠への警鐘とも読める。
そうであるなら、ラストは納得できる。

と、言うわけで、オウム的な話と見ると、インパクトはあるが疑問が残り、
言葉の力の話とすると、うまくできてはいるが、抽象的に過ぎてしんどい。
ということになろうか。


ちなみに、終演後、高校生男女の方を見たら、「女子」は途中で帰ってしまっていた。
男子は、曖昧な半笑いの表情だった。

・・・がんばれ男子。お前は悪くないぞ!多分。
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by k_penguin | 2010-07-28 23:31 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(6)  

『トイ・ストーリー3』

8年ぶりのTOY STORYの新作。
当初PIXARは2で終わりにするつもりであったが、オトナの事情により・・・具体的に言うと、TOY STORYに登場する定番おもちゃ達はべらぼーに売れるのでグッズを売りたいデズニーが3作目を作るためにピクサーを買収したため・・・実現することになった因縁の作品。
ちなみにこの後も『カーズ2』『モンスターズ・インク2』が作られる予定らしい。
そんなオトナの事情を反映してか(?)お話のなかでもおもちゃ達のご主人、アンディが17歳になってカレッジ入学。もうおもちゃで遊ぶ年ではなくなった。

前作とほぼ同じ時代設定にすると思っていた俺はこの設定にびっくりした。
そもそもピクサーがTOY STORY3を作りたがらなかったのは、
TOY STORY2で「子供が大きくなればおもちゃは捨てられる」という運命が提示されいるためであった。
アンディが大きくなればウッディ達は捨てられるか、ネットで売られるか、屋根裏にしまい込まれるか、いずれかの道をたどることになる。
それが嫌なら逃げ出して、別のご主人様を見つけるのだ。
しかし、アンディ以外のご主人様なんて・・・。
今回の作品はこの難しい問題に正面から取り組み、そして見事に別れを描ききっている。
特にウッディの選択に考えさせられた。
彼はアンディと母親のやりとりを見て自分の人生の選択を決める。
おもちゃたちの心情は子供に対する親の気持ちに近いものがあるのだろう。

・・・なんか、先に重いテーマについて語ってしまったが、決して辛気くさい作品ではなく、スピーディな展開に笑いも満載であっというまに時間が過ぎてしまう。
おもちゃ達の質感もリアルになっていて11年の間の技術の進歩も味わえる(ブルズアイが布製であることにやっと気がついた。個人的にはペンギンのウィージーがいなくなっていたのが残念)。
悪役のおもちゃ達もそのリアルな質感のおかげで「チャイルド・プレイ」的怖さがハンパない。
特にじょじょに悪の顔を見せ出すイチゴの香りのくまさんロッツォと、悲しい哀愁漂うピエロ、チャックルズは必見。
スポンサーの看板をしょっているバービーとケンもCMとは違う一面を見せてくれるぞ。(宣伝されているようにトトロも出ている。しかもけっこういっぱい映ってる)

いろいろ盛りだくさんで映画館で観ても損はない作品。

  あ、3D上映はレイトショー割引きかないから注意な。


追記
ICCで開催中の「トイ・ストーリー3の世界展」で展示されているロッツォのぬいぐるみからは
強烈なイチゴの匂いが・・・



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by k_penguin | 2010-07-15 23:13 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)  

NYLON100℃ 『2番目、或いは3番目』

今回のナイロンは初めはパスしようと思っていた。
でも、新聞に『神様とその他の変種』と同じくらい良いと書いてあったので、急遽、行くことにした。
『神様とその他の変種』はかっこよくて好きだった。

で、今回は結論から言って、そこまで良くはないと思った。
まあ、大倉弘二と犬山イヌコが出れば十分笑えるのは保証されているし、その保証は裏切られなかったので気分良く本多劇場を出られたのだが、
なんか話が平板な感じがして、テーマに入りこむとっかかりがないままに話が終わってしまった感じがした。
開始から1時間30分ほど経った1幕の最後の方には、横と前の席の客が船をこぎ始めていたから、多分そう思ったのは俺だけではないのだろう。
白くてうにゅろうにゅろしたでっかい変な動物が出てくるんだけど、こいつが何を体現したものなのかも感覚的にもよくつかめないままだった。

後から考えてみると、
娘の記憶にとらわれているダーラ(峯村リエ)や、自分の不幸な記憶から逃れるために他人の不幸にどん欲なフラスカ(緒川たまき)から、好きな人をつい死んだ女房の名前で呼んでしまうヤートンさん(三宅弘城)、「デリカシーのある」惚れっぽい会長さん(マギー)まで(1度は声に出して言ってみよう「ガルゴロジム・ドントローフ」)
みんな「思い出」をキーワードに動いている。
そして、今は廃墟と化し、椎名誠の近未来SF的な怪し怪しの動物たちが跋扈しているらしい、昔は賑わったアーケード街だった街。
つまりこれは「思い出」をテーマにすえた話で、そう考えた上で思い返してみるといろいろしみじみしたりするし、
白にゅろにゅろも何となくこの町の「思い」的なものなのだな、だから政府の男(喜安浩平)がナイフで殺したのだな、と合点がいくし、
ラストの、この街も思い出に変わっていくシーンももっと味わい深くなるのだけど。
(いつもながらセットに映像を投影する手法が美しい)

で、その上で気になるのが、唯一「思い出」を拒否して生きているジョゼッペ(小出恵介)の今後や(多分「政府」の人間としてやっていくのだろうけど)、彼を殺そうとして思いとどまるトビーアス(伊予顕二)の心中だったりする。
…つか、あれで殺すの思いとどまるかなあ?ふつー。
単にジョゼッペに勝てそうにないから引き下がったみたいに見えたんだよね。
今から考えると、この辺、もう少し説明が欲しかったかなあ。


細かいけど、政府の男のドナー契約書に署名させようとするやり方はあまり「政府」っぽくないなあ、なんてことが気になったりした。
政府なら別に騙して契約させる必要ないじゃん?
強制的に契約させるか契約したものとみなす法律でも作れば良いんだから。NHKの受信契約みたくさあ。

…まあおもしろけりゃ何でもいーけど。

と、ゆーわけで今回の収穫は、

 ガルゴロジム・ドントローフと連呼すると楽しくなってくるよ。

…でした。
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by k_penguin | 2010-07-12 23:06 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(2)  

裁判員裁判で検察側が初の控訴

裁判員裁判で検察側が初の控訴 覚せい剤無罪判決

興味持ったのでメモ。
成田空港があるため、千葉地裁は、覚醒剤営利目的輸入についての裁判員裁判事例が多い。
薬物事犯については、裁判員による裁判も厳しい処罰をする傾向がある。

今回は覚醒剤をチョコレート缶に隠し、マレーシアから持ち込んだとされるもので、客観的事実に争いはなく、
缶の中身が覚醒剤と知っていたかどうか、つまり故意の有無が焦点。

新聞によれば被告人は「缶は土産として他人に渡すよう預かっただけ」と述べる。
その一方で、同じボストンバッグで偽造旅券を営利目的で運んだことは認める。

無罪判決が出たときに裁判員の1人が語った「この人がやったと言い切れる確実なものがなかった」ため無罪、という無罪推定原則そのままのコメントに一種の感動を覚えた。
ある意味当然のことながら、プロの裁判官はなかなか言えない。
それを言うことは、つまり
「調べたけどボクはわかんなかった。」
と、言うのと同じであり、それで給料もらっている人が言うようなことじゃないからだ。
で、なんかプロっぽいことをいうとなれば、どうしても無罪より有罪の方が「仕事した」感がある。

そのへん、最初から素人ならば何の気兼ねもなく検察に
「それだけじゃ(有罪かどうか)わかんない」
と、言えるというものだ。

覚醒剤所持、輸入関係では、故意が認められなくて無罪になるケースは珍しくない。
そして今回の事例は個別事例としては、プロでも有罪無罪の判断が分かれて良いビミョーなものらしい。
だとすると、控訴審での判断に、事実認定が裁判員による裁判でなされたものであるということが影響するかどうかがどうしても焦点になるだろう。

ここは俺としては、せっかく導入した裁判員制度なので、相応の尊重はして欲しいと思う。
検察によって何らかの新しい証拠が出されれば、ひっくり返っても仕方がないこともあろうかと思うが、特に何も新しい手がないのであれば、原審の判断を維持して欲しいと思う。


なお、判例時報2073-2074に裁判員制度の量刑の動向についてまとめた記事があった。
印象に残っているのが、裁判員は「道具型」の共謀共同正犯理論に感覚的に納得しないらしい、道具役については(せいぜい)幇助犯的にとらえるらしい、ということ(幇助犯「的」と書いたのは、あくまでも量刑の話で犯罪事実認定の話じゃないから)。
そういえば、今回のケースも、覚醒剤については、一方的に利用されただけととらえることが出来る。
プロも裁判員も基本的に、
ある程度犯罪に関わる行為をすれば処罰は必要である、という発想をすると思うが、
どの程度の行為が「犯罪と関わった」と判断されるかの感覚は共謀共同正犯を当然ふつーの共同正犯ととらえる検察と裁判員とでは異なるのかもしれない。
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by k_penguin | 2010-07-08 21:05 | ニュース・評論 | Trackback | Comments(3)