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KKPの新作に関するTweet

Twitterやってないので、ブログに書く。

今回は演劇といっているのは、お笑い要素が少ないことの予防線かな。
なんか、「今までの集大成」的な物でないものがそろそろ見たいんだけど。

「ロールシャッハ」というタイトルからは、
SPOTの医者ネタが元になるかなという気もする。
自分の中を掘り下げるのはいいけど、も少し普遍的な表現をして欲しい。

個人的には、「お金」の方の過去を明かして欲しい。

追記 8月22日
2次プレあり。小林さん関係では初めてか?
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by k_penguin | 2010-06-21 00:47 | Trackback | Comments(22)  

マンガ表現の規制をめぐって考えていること

「「非実在青少年」反対論につっこむ」についたヒポポさんのコメント
>管理人さんはこの条例が抱える大きな問題は何だとお考えでしょうか?
 のレスを書いていたら長くなったので、独立の記事にしました。


ワタシ的には、条例の問題点は、
マンガの良し悪しを決める能力がお役所には多分無い。
という点だけかな、と。

ヒポポさんの今までのコメントから考えるに、多分
「ポルノ規制と青少年の犯罪抑止は関係ない」「規定の意味が曖昧」「行政は信用できない」の3つが一般に「問題」ととらえられているようですね。
そしてそれらの問題は、別に今回の改正で新しく発生した問題ではなく、有害図書規制自体に含まれている問題であることは指摘しました。

ところで、東京都の青少年保護条例が制定されたのは昭和三九年です。
かなり昔ですね。
そんな昔から今まで大した文句も出ないでやってきていたわけです。

正確に言えば、条例は今まで何度も改正されていて、少しずつ締め付けが厳しくなっていました。法の隙間をくぐり抜けるエロ本業者が後を絶たないためです。
締め付けが厳しくなる度に、表現の自由との関係で文句は出ていました。有害図書指定制度の話は、憲法の本の表現の自由のところに必ず載っています。
しかし一般からは文句は出てこなかった。
つまり、有害図書指定自体はもう社会に受け入れられているのです。


その状態で今さら急に「実は犯罪と関係ないんです。とっくに統計が出ています。」
といわれても、「なぜもっと早く言わなかったの?」と怪訝に思われるだけです。
ポルノ規制と青少年の犯罪抑止は関係ある、ということを前提として今までずっとやってきて、それでまあまあうまくいっているからです。

「行政は信用できない」も同じです。
東京都側としては、これだけ長い間有害図書の指定をお任せされてきているのだから、自分たちは住民に信用されているのだろうと考えます。
実際は単に無関心であっただけとしても、結果的にみんなは行政を信用してきたのです。

そして、「規定の意味が曖昧」ですが、
長年の運用の間に、「有害図書」ばどんなものを指すのかが大体固まってきました。
「有害図書」という言葉には漫画的表現を除くという意味は全く読み取れないのに、漫画的表現が除かれてきたのもその1つです。
言葉には明記されない「お約束」が形成されてきていたのです。
だから事実上、まるっきり不明確な文言というわけではないのです。


以上の現実の下で、「ポルノ規制と青少年の犯罪抑止は関係ない」「規定の意味が曖昧」「行政は信用できない」をただそのまま連呼しても、
今までそれでずっとやってきていた現実を知らないで、非現実的な理想だけ主張する人だな、
と、思われるだけだと私は思います。

・・・あ、左翼の人は違いますよ。
あの方々は、現実を知ってて言っています。
自分の陣営に人を呼び込むために言っていることなので、現実と多少ずれていても耳に心地よい理想を主張します。
昔から一貫して反対してきているので、理論的には一貫してますし、まあ、それはそれでいーんじゃないかってワタシは思います。
ただ、彼らの話を聞くに当たっては、現実とずれているってことを知っておいた方が良いと思いますが。


一方、私個人の考える問題点、
「マンガの良し悪しを決める能力がお役所には多分無い。」
というのは、日本漫画家協会の言い分と大体同じです。
行政を信用しないわけではないが、そもそも仕分ける能力がないからちゃんと出来ないんじゃないの。
行政が今まであえてマンガ的表現に手を出さなかったのは、多分、ちゃんと仕分ける自信が無かったからだと思うし。

日本漫画家協会の意見は
規制されるべきポルノマンガ等の表現もある。しかし、何を規制すべきかはお役所ではなく、自主規制で決めるべきだ。
という意見で、
表現の自由と現実のすりあわせとしてはそれが一番妥当なのではないかと私は思っています。

ただ、弱点は、その、自主規制とやらがどれだけ現実に効果があるのかがわからないことです。
いわば、子供が親に
「自分で勉強するから家庭教師つけないで!」と言っているような感じですね。
親に信用してもらうには、多少は勉強する必要があると思います。いずれ成績通知は来ますし。
コミケとか、大きな団体はその辺良く理解していて、自主規制をしているし、していることをアピールもしています(勉強してるというアピールは大切ですね)。

しかし、それらの団体を支えているはずの個人がここで
「テストで人間は向上しない!勉強で俺を縛るのは人権侵害だ!」と大騒ぎするのは
どうでしょうか。
まあ、確かにテストで人間は向上しないかもしれないし、頭下げるよりもそーゆーこと言う方がかっこいいんですが、

・・・この状況で言うことではない。
と、私は思うのです。

マンガ表現の規制をめぐってワタシが考えていることは、
ざっとこんな感じです。
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by k_penguin | 2010-06-15 22:20 | エンタテイメントと法 | Trackback | Comments(11)  

「非実在青少年」反対論につっこむ

東京都の、非実在なんちゃらの条例は反対論が盛り上がったおかげで今回は否決される見通しなので、今さらこーゆー記事書いてもアクセスは見込めないだろうなあ。
なんて思ったが、つぶろぐの方でいくらかやりとりをしたおかげで「非実在青少年」条項に対する反対論についてのツッコミがおおざっぱにまとまった。

最初に言っておくが、別に俺は賛成派でもないし、反対派でもない。前にも書いたけど。
現実に通用しそうな制約案が自主規制として出ればそれに乗っかって反対したいが、反対派の多くがそんなこと考えていなくて、「今までと同じでいいじゃん」とか言ってる現状では反対案はとれないので、次回の規制案に乗るしかないかなー、
なんて考えている。
それじゃ、つっこみ。


1 「萎縮効果」と行政の濫用の危険の混同

「萎縮効果」(chilling effect)とは、刑罰や規制を定める法令の文言が不明確であったり過度に広汎であるため、その法令の適用を恐れて、本来自由に行いうる表現や行為が差し控えられることである。
表現の自由は性質上萎縮効果を受けやすい権利といわれている。
つまり、萎縮効果は、規制法令の存在それ自体から生じるものである。

これに対して、行政の濫用の危険はその名の通り、行政権が行使されるときに初めて起きることである。この点で萎縮効果と違う。
法令の文言が不明確・広汎であることは濫用の危険の1つのきっかけではあるが、それ以上に、「政治的意図があるとき」が専用の大きな動機になることは言うまでもない。
そして行政権の「政治的意図」の標的となる表現とは、まず「政治的表現」であって、性表現は考えにくい。


行政の濫用の危険と「萎縮効果」の混同は、いわゆる人権派の論陣で良く行われる。
意図的なのかもしれないし、単にその辺がずぼらなのかもしれない。
なんにせよ、常に公権力が悪いことをしていることにしておきたい方々がよく行う。

以下は
日本漫画家協会が発表した、東京都青少年健全育成条例改正案に反対する声明の第3節である。
 青少年を健全に育成することは万人が望むところであり、当協会も切にそれを願うものであるが、このたびの改正案による基準では、本来一般書として販売されるべき作品にまで規制が及びかねない表記となっており、創作者の立場からは到底容認出来ない。

ここでは青少年の健全な育成という目的には賛成していること、そして、「萎縮効果」の危険が指摘されている。
次の節では
 新たな規制対象作品を、これまで以上に第三者による判断によって生みだすことは、どれほどの手続き、公平さを持ってしても、結局その判断は主観的にならざるをえず、適用される側の過剰な自制が働く結果として表現規制につながってしまう。

要するに「お役所じゃ良い物と悪い物の区別ができない」と言っているのであるが、行政権の濫用とは繋がらない言い方をしていることに注意して欲しい。
安易に行政権の濫用を言うことは左翼色が出るので、論陣として適切ではないのだ。

単にマンガ文化を守りたいだけと思われる人が、行政の悪だくみに使われる的なことを平気で言ってるのを見ると、
なんか、「だまされてんなー」って感じがする。


2 青少年保護条例の趣旨と児童ポルノ法の趣旨の混同

青少年保護条例は、その名の通り、「青少年」の保護が第一目的であって、「児童」の保護は間接的なものに過ぎない。
少し考えてみれば分かるが、「児童」を本当に保護したいのであればポルノ規制の対象を青少年に限っては効果がない。問題行為をするのはむしろ大人だから。
「児童」の保護が第1次的なものであれば、「非実在」の児童ポルノを規制することは関連性が薄く、間違っているが、そうではなくて、
(自律の能力が低く、安易に模倣するとされる)「青少年」が児童に対する性犯罪というより悪質な犯罪に走ることの防止と解すれば、「非実在」の児童ポルノ規制も関連性が薄いとは言えず、間違っていない。

この辺の混同は、もしかしてアグネスおばちゃんのせいかもしれないね。

 
3 ポルノ規制により、逆に犯罪に走る者がいるという指摘
 
ポルノ規制は、児童性愛の傾向を持つ者の治療が目的ではない。
治療方法は法律が決めることではない。
青少年保護条例の目的は、代替物を使って欲望を発散して行動を抑制する能力が低い(と考えられる)「青少年」が行動を起こさないようにすることである。
ポルノ規制により、逆に犯罪に走る者がいたとしても、その数が規制により犯罪を起こすことを止めた者の数より少なければ法の目的は達成できている。
つまり、反論するならば、
ポルノ規制により、逆に犯罪に走る者の数の方が多い、というデータを示さなければならない。

ただし、規制により犯罪を起こすことを止めた者の数の方が多い、というデータもまた無い。
つまりこの点については水掛け論になる。

規制しても児童に対する性犯罪が減るという確たるデータもないのになぜ規制するか、というと、
・・・何もしないよりはまし、と考える者が多いからである。



そしてこれらの問題以前の根本的な問題だが、
児童ポルノ法にせよ、「非実在青少年」条項にせよ、全く何もないところから湧き出てきたわけではない。
児童を対象とするポルノを規制せよ、という声があって、それにこたえる形で出てきたものだ。
「非実在青少年」条項に反対するのであれば、その規制の要求にどう答えるか、というところまで論じなければ実際に使える反対説とはならない。
児童ポルノを規制するとしても、行政によるものではなく、今まで通り自主規制にするべきだ、というものでも良いし、
児童の性を保護するためには漫画やアニメの児童ポルノを規制する必要はない、別の手段の方が効果的だ、というものでも良い。

 それで相手を説得できさえすればね。

ここで、「相手」というのは、EUなどの外国だ。
学校から出てきた小学生が1人で道を歩いていたら、すぐさま警察に保護され、親は保護義務違反で警察に呼びつけられる、というお国柄(フランス)の国を含むあちらさんは、
日本の「HENTAI」アニメやゲームの流入に大変お困りのご様子なのだ。
そんな方々が「今まで通りで良いんだYO!おいらはそれでうまくやってるぜ!」なんて理屈で納得してくれるとは思えないのだが。

「反対説」は、都条例の「非実在青少年」条項に文句を言う、という点だけがはっきりしているが、条例のどの点について反対であるかもはっきりしないものが多く、
それに加えて、国際社会からのクレームに対処することまで考えている者は皆無といって良い。せいぜい「陰謀論」を言うだけだ。

自分の好きなものを守りたいのであれば、ただやみくもに反対を言うのではなく、現実を視野に入れて論じなければならないと思う。
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by k_penguin | 2010-06-01 23:26 | エンタテイメントと法 | Trackback | Comments(38)