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吉本のTOBについてはそれなりに興味は持っていた。
で、もってはいたけど、記事書かないまま夏が終わり、秋がやってきて、もう冬の気配がし始め、少数個人株主が裁判所に差し止め請求は出しているが、TOB自体は大成功してしまった。
何で記事書かなかったかというと、今回の企業再編の具体的な意図がよくわからなかったからだ。

今までの大株主に加え、民放各社と電通、ソフトバンクをいれた株主を加えようというプランを聞いたときは、あーあれだな、コンテンツビジネスって奴に力を入れたいんだろうなって思った。
ほら、なんかそーゆーふいんきあるでしょ。
お笑いって、昔は演芸場で見るもので、それからテレビで見るものになって、それにあわせて芸の方もスタンドマイク1本の漫才から、セットもあるコントとかが主流になってきて、
で、今はテレビだけじゃなくてケータイとかパソコンとかでも見せたがっていて、スタジオでの収録にこだわらない、映像製作って感じになってきてる(吉本は映画製作にも気がある感じだし)。
お笑いというお仕事の質が急激に変わりつつあるんだよね。
テレビの方だって、スポンサーが付きにくい状態になっていて、新しい商売の仕方を模索している。
そんなときにお笑いっていう即戦力あるコンテンツを作る吉本に、一口乗らないかと言われたら、そりゃ乗るよね。ふつー。

で、まあ、漠然とそういうふいんきだとして、そこから後、どういう戦略を練ってコンテンツビジネスを具体化させていくのか、ということが知りたかったんだけど、そーゆーことに関する情報が見つからない。
企業秘密で伏せている・・・って感じでもないみたいなんだよね。だって主な民放が全部関わっているんだもの。秘密にすることもないはずだよね。
むしろ、特に考えていないのではないかって感じ。
それよりもむしろ、コンテンツビジネス名目で、今まで吉本の内部でごちゃごちゃ言うめんどくさい少数株主を切って、非上場化して嫌いな奴を遠ざけたいだけなのかも知れないという気もする。

この「めんどくさい少数株主」って、多分差し止め請求出した人たちとほとんど同じなんだろうけど、何%株をもっているのかはよくわからない。TOBで88.52%買い取ったのだから、訴訟を起こした人あわせて10%いくかどうかだと思うのだが、まあ、3%を超えれば、そこそこの少数株主権も行使できるので、「めんどくさい」と会社から評価できる少数株主にになれるはずだ。
この少数株主達は、今回の再編の過程で強制的に株を買い取られる予定だそうだ。

・・・ちょっと横道にそれるが、少数株主から強制的に株が買い取られるまでの手続。
俺としては、
今回のTOBでクオンタム・エンターテイメント(新生吉本と同じ株主構成)は吉本の株を3分の2を超える数獲得する。
 →吉本の株主総会で、吉本のすべての普通株式を全部取得事項付株式(会社が自分の判断で買い取れる株式)に転換(3分の2の特別決議)
 →即、会社がお買いあげ。クオンタムに渡すか消却するかする。
 →吉本、クオンタムの完全子会社に。
という流れだと思ったのだが、読売新聞の図だと、クオンタムが強制買い取りをする
と読める。
いくら大株主とはいえ、少数株主の株を強制的に買い取れるというのはおかしいと思う。図が間違っているんじゃ・・・。

まーいーや。どっちにしろ、TOB価格が適正であれば、差し止めは出来ないだろう。
ついでにクオンタムと吉本の吸収合併で、消滅する会社は吉本だけど、残るクオンタムが会社の名前変えて「吉本興業」になるのね。

えーと、とにかく吉本が株主構成を変えて、非上場化して(さすがに非公開にはしない)揉め事の元を一掃したつもりになったとしたら、それはちょっと違うんじゃないかと思う。
民放のライバルが全部株主に入っているし、創業家株主の大成建設も地位は後退したとはいえ、まだ大株主だ。
どーも、既に体内に揉め事ウィルスが入り込んだ状態で、無菌室に入っただけなのでは、という気もする。
これからの内部統制をしっかりやらなければ、今まで以上の悶着が起こりかねないと思う。
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東宝特撮映画として公開された作品を後藤ひろひとが脚色・演出、そして東宝系のシアタークリエで上演。
前にシアタークリエに行ったのがこけら落としの時だったから、かなり久しぶりだ。
なにしろ
両手に紙袋を持って歩くと
猛牛による「引き裂きの刑」に遭う
そんな都市条例を持つ「有楽町」にある劇場だ!
(後藤ひろひとのブログより)

ケラとか、ラーメンズとか下北沢のごちゃごちゃした街でやるごちゃごちゃした舞台とは違うのだ!心してかかるべし!
と、ゆーわけで地下鉄有楽町の駅から地上に出ると、早速バカラとか、ロイヤルコペンハーゲンとか、あと、何か名前は読めないけどきっと超一流の店とかが軒を連ねている。
劇場内のお客さんも、普段の後藤ひろひと作品ではあまり見かけないタイプのおハイソな年配のご婦人があちこちに見られる。
後藤ひろひとどころか東宝特撮映画とも縁がないままこれまでの人生を送ってきたであろう人種だ。
そういう俺も『ガス人間第1号』の映画を観ていない人だが、こういうところで、関西のりの大王(後藤ひろひと)が作品を作るって大変そうだと思った。

俺の隣もおハイソおばさん2人組。作品については全く何にも知らないようで、チラシを眺めて「この方(後藤ひろひと)、脚色もして、自分でも出るの?あらまあw」
そして、作品自体は面白かったのに前半全く笑わず、幕間の休憩でチラシを見直して「・・・コメディタッチ、だったのね。ああ、だからね・・・」
「泣くお話なのに・・・コメディ?」
おそるべし、おハイソの壁。
作品自体は、笑いと泣きのメリハリ十分の上に、中村中の素晴らしい歌まで聴けてサービス精神十分の良いものだったのに、
周りがこんな調子なので思い切り笑えなくて、ちょっとストレス。

SFXをどう処理するのかと思っていたが、ガス人間がガスを出し、それを操る様が素晴らしい出来だった。

山里亮太(南海キャンディーズ山ちゃん)の気持ち悪さがサイコー(レッドシアターの「付き人小佐谷」みたい)。
そして水野透(リットン調査団)のスベリ具合は尋常じゃない。普通にやればウケないはずはない台詞もこの人がやると、クスリとも笑えない。
スベリ芸ですらない。最早スベリテロリスト。

礼儀
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ここ数ヶ月、舞台を観ていなかったので、とにかく何か観ようと思った。
で、ナイロン100℃のこの作品を予定に放り込んだ。
ほんとは今回のナイロンはパスするつもりで、なぜなら今回は今までの作品と違って実験的な作品だと聞いていたからだ。
ストーリーらしいものも無さそうだった。
でもまあ、いいや。何か観たいから。
期待しないで行けば、お、意外と良かったぞって展開になるかもしれないし。
とか思って俺は出かけた。
そしたら、期待に反して意外と良かった、という展開にはならなかった(自分が果たして期待したのかしなかったのか、最早自分でもよくわからない)。
がっかり、というほどではなかったが、3時間という上演時間の長さでぐったりはした。
学芸会だ、という批評があったらしいが、その気持ちもわからなくはない。
「稽古場でエチュードやディスカッションを重ね、アイデアを役者やスタッフにも出してもらう中からテキストを組み立てていった」(口上チラシより)ものだそうで、
見せることよりも、作品を作り上げる過程の方が重視されていて、その発表、という感じだった。

そーゆー、いわば掲示板のログを読むような作品というのも、別に悪くはないと思うのだが、でも、ちょっと疑問な部分もあった。
3人の俳優の「カフカ的な体験談」を元にした話と、カフカの未完の3作(『城』『審判』『失踪者』)を元にした話がいろいろ交錯するのだけど、計6つの話は俺の疲れたおつむには重荷だった。
作品を読んでないので『審判』と『失踪者』の区別がよくつかなかった。
「カフカ的な体験談」は、不条理な体験と言うことだけど、『城』『審判』『失踪者』のもつ不条理性が、社会との軋轢を感じさせる不条理だと感じた一方、3つの「カフカ的な体験談」はコミュニケーション不全がもつ不条理で、性質が違うように思った。

ちょいネタバレなので
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二審が無罪だったのは、ちょっと嬉しかったけど意外に感じた。ネット犯罪については厳しくのぞむだろうと思っていたからだ。
一審(罰金刑、執行猶予無し)についての記事はこちら
二審、判決要旨はこちら。

二審判決は一審判決と結果は真反対だが、法的構成の基本的姿勢自体は違わない。
一審判決との比較はこちらの記事がよくできている。
ウィニーの技術自体が価値中立的なのは一審も認めている。
で、それを広く一般に流通させた行為が、違法なファイルのやり取りという著作権侵害行為の幇助行為にあたるか、というのが争点。
包丁を売るのが殺人の幇助なのか?!とか、法定速度を超えるスピードが出せる車を売るのが速度違反の幇助なのか?!とか、ネットでもこの辺のたとえが一人歩きしているようだ。

包丁をただ売るだけの行為も、相手がこれから人を殺す気満々の奴であると知っていて売るのは幇助になりうる。
そーゆー場合って、包丁売る相手が知っている特定の人である場合であるのが普通なんだけど、別に特定の人でなくても、「殺る気満々集団」というのがいて、そこに包丁売りに行くのはやっぱり同じ幇助なんじゃないか、ということだ。
つまり、「道具」を得た人がどう使うと確実にそして具体的に予想されるか、ということが重要なのだ。
車というのは、速度違反は捕まるし、それを使って必ず速度違反をするであろうと具体的に知ることはまず無い。
では、ウィニーは?
というところで、一審と二審の判断が分かれる。

一審は
ウィニーが著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、広く利用されていたという現実の利用状況
と評価し、二審は
ウィニーの現実の利用状況を把握するのは困難で、どの程度の利用状況があればほう助犯が成立するのか判然としない
と評価している。

つまり、一審は「あいつら、絶対やらかすぜ。」と言ってるし、
二審は「そうともいえないのでは」と言ってるのだ。
どっちの認識が実態に近いかは、俺は専門ではないので評価は控えておくことにするが、二審が刑法の謙抑主義をあげていることは付言しておく。

つぎに、二審もネット上の不特定多数に対する幇助を完全に否定するのではなく、
著作権侵害行為に使われることを認識しているだけでは足りず、侵害行為をするようネット上で勧めてソフトを提供する場合に成立する
としている。
それって、幇助じゃなくて教唆では?
って気もするんだけど、とにかく、相手が「やる気満々集団」ではない場合、「やる気」もサポートしなくちゃ幇助にはならない、ということなのだ。

ネット社会をどう評価するかが、一審と二審の違いだと思う。


おまけニュース
<ウィニー>事件の被告に「悪あがき」…NHK記者が手紙
 NHKによると、男性記者はインタビューに応じるよう求める手紙の中で「動機を正直に話せば、世間の納得が得られる。有罪になっても執行猶予がつく」などと記載。
まず、この裁判は無罪獲得が目的なのであって、執行猶予は初めから眼中にないであろうこと、そして、動機を正直に話したりすれば被告人はますますヤバくなるし、そのことを被告人は知っている、ということ
を無視した点で、この記者はいろいろ残念だなって思った。
この手紙をもらったことを弁護人がブログに載せたのは、判決の直前の6日。
無罪判決の見通しがあったのかもね。
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