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星野奈津子だ。
つい先日まで名前も知らなかった星野奈津子。
今も顔は覚えていない星野奈津子。
一応ググってブログの当該記事は読んだが、小学生が無理矢理書かされている夏休みの日記みたいだという感想しかもてなかった星野奈津子。
でも、気の毒だな、と、思っている星野奈津子。
なぜなら、自分のしたことの何がどういけなかったのか、ちゃんと分かるように誰かが星野奈津子に説明しただろうか、と疑問に思っているからだ。


俺は新聞しか読まないので、坂出市の行方不明事件についても、犯人が誰だと思われているのかさっぱりだ。
でも、テレビのワイドショーとかではかなり露骨に匂わせていたらしい。
で、星野奈津子はそんなお茶の間の会話をまんまオフィシャルブログに書いた(当該記事には、誰が犯人だと思う、という本人の考えが書かれているわけではない。お茶の間で家族が、父親が犯人だと話していた、という事実の断片が書かれているだけだ。)。
オフィシャルなのだから、一応事務所の人も管理権限を持っているのだろう。
でも、書き込む前の記事チェックもしなければ、コメント欄が荒れても当初はコメント削除だけで対応しようとしたらしい。
で、炎上し、ことが大きくなったので、記事を削除して処分。

なんかこの流れからして、事務所も問題がよくわかっていないっぽい感じがする。
よく分かってないから、大は小を兼ねるで、一年間の活動停止という重い処分をとりあえずぶつけといたんじゃないかな。
その後の様子を見ながら処分を軽くしていくって方向で持って行く方が、
初め軽くて、非難されて重くしていくよりもいいもんね。

そんな事務所の中の人が、たぶん「クイズヘキサゴン」に出たら、里田まいの近くに座ることになりそうな星野奈津子にちゃんと説明できるだろうか。
何がいけなかったのかを。


一般的に、これはモラルの問題とされている。
決まったわけでもないのに、人を凶悪事件の犯人呼ばわりすることは、決してモラルがある行動とは言えない。オフィシャルブログは、事務所の看板が関わっているのだから、モラルのない行動はよろしくない。悪気が無くてやったのなら、「軽率」ということになる(マネージャーは「軽率」という言葉を使っている)。
うん。正論だ。
でも、テレビのワイドショーでは、誰が犯人なのか露骨に匂わせているのだ。
と、いうことは、この論理をとる以上、
ワイドショーのレポーターが、テレビ番組で、誰が犯人なのか露骨に匂わせることもモラルが低いし、軽率ということになるはずだ。
しかし、レポーターが処分を受けたという話は聞かない。

ワイドショーのレポーターはモラルが低くて良いのだ。だって、ワイドショーなんてモラルが低いものに決まっているから。
しかし、星野奈津子はそんなワイドショー並みのモラルの低さであっては良くない。芸能活動をしてはいけないほど、良くない。
・・・と、いう論理なら、分かる。しかし、星野奈津子のブログ等を見るに、事務所はそんなにまでも星野奈津子を格調高く扱っているわけではなさそうだ。

では、なぜワイドショーはよくて、星野奈津子はダメなのか?
事務所の中の人は星野奈津子にわかるように説明できたのだろうか。
芸能活動の停止以前に、その説明が大切だと思うのだが。

これで終わるのもまた一興だが
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一度はチェキしようシリーズ第四弾-三谷幸喜の舞台。
新作にして、シアタークリエのこけら落とし、鳴り物入りの宣伝で満員御礼のこの作品を選びました。
三谷幸喜は新聞での連載で、主役の2人(ユースケ・サンタマリアと常盤貴子)が舞台慣れしていないので、脇は戸田恵子、堺正章らでしっかり固めた、というようなことを書いていた。

礼儀
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小林賢太郎の作品を批評するについての俺のやり方は、
まず、この作品は本来どう作られるべきか、もしくはどう作るのが普通のやり方かということを論じて、次に、なぜ小林はそうしなかったのか、ということについて論ずるという手順で行うことにしている。
今回もこの手順に従う。


まず、本来どう作られるべきかということだが(これは、初演版の方の批評と重なる部分がある)、
自転車-アビル、スクーター-オリベ、フライヤー-シノダ、という3本並列が基本だと思う。
これがもっともテーマが明確になるからだ。

 やりたいことが見つからないまま、かっこだけの自分探しの旅をしているアビルは、現状打開のために何かを成し遂げたいと考えている。
そしてそのために飛行機を作り、離陸には「鉄パイプ」が必要なので、やむなく大好きな乗り物である「自転車」を差し出すことにする。

 Going my wayなオリベは、奥さんが息子を連れて実家に帰ってしまってからは、自分の家族に対する態度に疑問を持ち始め、現状打開のために今の自分に何が出来るのかを確かめたくなる。
そしてそのために飛行機を作り、それには「エンジン」が必要なので、やむなく大好きな乗り物である「スクーター」を差し出すことにする。

 リクツばかりで実践が伴わないシノダは、会社をクビになったが一流会社の肩書きにまだすがっている。現状打開のために、彼は自分のリクツが実地で通用するものであることを確かめたい。
そのためには彼のリクツで作ったフライヤーを飛ばす必要があり、離陸には「仲間が3人」が必要なので、やむなく大好きな乗り物である「フライヤー」を盗み出すことをあきらめ、差し出すことにする。

「物事の前進のためにはある程度の悪が必要」というのは、何かを成し遂げるためには何か切り捨てるものが必要、という意味だ。

話として、押さえるべきなのは、これだけだ。
あとはもうアドリブだろーが、なんだろうが、どんなに遊んでも、この3つを押さえてさえいれば、話に筋が通る。
そうであるはずなのに、この3本立てがはっきり理解されないのは、これはもう、ほぼシノダのせいである。
アビルとオリベについては、作者ははっきり意識して同じパターンで作っているが、
シノダに関しては、同じパターンでは作っていない。
しかし、シノダがフライヤーを盗み出すことをあきらめることにより「仲間が3人」得られる、というつながりがあることだけは、はっきり打ち出している。

小林はなぜシノダだけ別の扱いをしたのか。

長いよ~
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装丁がちょっとかっこよかったのでジャケ買いした(最近は法律書もデザインが向上しているなあ)。

字が小さいうえに2色刷の青インクがなんか目にちかちかする。今まで通りの一色でいい。

公法・刑事法系と、民事系の2分冊にするより、「メジャーな法律」と「割とどーでもいい法律」の2分冊にして欲しい。
とっかえひっかえするのがめんどいから。


今思ったけど、俺としてはこの本を
「判例六法初回限定2冊組豪華BOX・特典・割とどーでもいい法律300件」
のつもりでいたんだな。
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