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*追記 3月14日*
一部改訂する必要があると判断しました。
ただし、前の解釈も一つの解釈として残しておくのも面白いかと思ったので、修正の過程をそのまま残します。
削除される部分には、線が引かれます。
新たに付け加えた部分は、【】でくくります。

前回、金村の視点で話をとらえてみた。
そして、金村は自分で自分の存在を望むだけの力を持たないので、その存在は常磐に依存していること、常磐を殴ることが金村の初めてで精一杯の自己主張であったのに、常磐は無反応であったため、【しかし、常磐に拒否されたため】金村は去っていったことまで述べた。

今回は常盤の視点からこの話を見る。
前回書いたあらすじの主に3番目の部分に関わる。

以下、出口を見失う論文
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*はじめに*
この記事は、ラーメンズ#16『TEXT』の最後の話についての一解釈を述べるものです。
通常のライブレビューと違いますので、ライブやDVDを見るかどうか決める参考になるようなものではありません。
あらかじめご承知おきを。

*追記 3月14日*
一部改訂する必要があると判断しました。
前に書いたものを残すか残さないか考えたのですが、全面改定というわけではないことと、前の解釈も一つの解釈として残しておくのも面白いかと思ったので、修正の過程をそのまま残します。
削除される部分には、線が引かれます。
新たに付け加えた部分は、【】でくくります。

そして、どと-のネタバレ
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最近、時事問題の記事がまた減ってきているうえに、法律の話題も刑事系に偏ってきている。
気分だけでも、「三角合併が解禁になって、より外国企業が参入しやすくなったね。」とか、「日銀はもう利上げしなければ示しがつかないだろう。やはり景気を何とかしてもらいたいものだね。」とか、リッチな話をしたいなーと思うのだが。
いや、別に刑事事件がビンボくさいっていうわけじゃないけどさ。

ビンボくさいなって最近思うのは、前からの関わりでずっとヲチしてる植草さん応援ブログだ。
これはもう世間的には全然アップデートな話題じゃなくて、もう刑が執行されていると思っている人がいても不思議じゃないくらいなんだが、実はまだ公判中だ。
いままでは、ビンボとか、お金とかいう流れでこの話題を見ていなかった。
俺が見ているのは、エキサイトブログ内のブログだけで、で、そこでは、植草さん擁護派にせよ、反対派にせよ、お金で雇われて書いている、とかいう悪口は前からあったが、実際、お金がありそうな動きをした奴は一人もいなかった。みんなネット検索して、コピペして、悪口書くだけだ。
そして、だからこそ、みんな、やりたいことやってるんだなって感じがしてた。
ゆうたまさんのブログは、書きたいことを書き、削除したいコメントを削除する。Freedom!
植草さんの事件は冤罪だと主張しているが、その理由は何でも良い。国策陰謀でも、そうでなくても。
ゆうたまさんにとっては、その2つを区別する実益はない。植草さんを守れればそれで良いのだ。

ところが、『植草事件の真実』という本が出ると聞いて、流れが変わる予感がした。
出版にはお金がいるからだ。
金が絡むのなら、今までのような、理由は何でもOKよという、懐の深い説は取れない。
本を出すなら、国策陰謀説でなければならない。
誰も植草さん個人のためにはお金を出してはくれないからだ。
ひらりんさんが、あまり政治的な陰謀は強調しないほうが良いのでは無かろうか、というようなことを書いていたが、それでは本は出ない。

金が絡むこと自体については、俺は別に否定的ではない。
ガス代水道代を払っていくには、いろいろな方法がある。
植草さんだって、ネット代は払わなくてはならんだろう。
ただ、この本に執筆したひらりんさんやゆうたまさんが、原稿料をもらっていないか、または、もらったとしても、大した額ではないであろうことが、何となくがっかりする。
もらっておけばいいのに。


公判の流れについて、雑感を述べる。
一応予防線をはっとくが、俺も詳しいわけではない。
公判の予定は、検察側の立証のあとに被告人質問、そのあと弁護側の立証という予定だったようだ。この流れは少しイレギュラーだ。
被告人質問は刑事訴訟法上は、いつ行っても良いことになっているが(311条2項)、実務では、最後に行われるのが通常だからだ。

ものの本には、犯罪立証の後、情状立証の前と書いてあったが、実際は情状立証の後の方が普通みたいだ。とにかく、犯罪立証の後に行われる。
この理由は、証拠としての自白が犯罪事実の立証の最後に取り調べられること(301条)の趣旨と同じではないかと思われる。
つまり、自白は証明力の評価が難しいので、他の証拠を調べた後に回して、誤判の危険を減らすのだ。
普通、人は自分が犯罪を犯したとは言わないので(本当にやったやらないに関わりなく)、「やりました」と言えば、それは本当だろうと思いこみやすくなる。
ところが、熱心すぎる捜査やそれ以外の理由により、本当でなくても、「やりました」という場合がままある。
また、「ぼくもやったけど、A君もやりました」型の自白もある。共犯者の引っ張り込みの危険、と呼ばれる類型だ。
こーゆーことがあるので、自白は証拠調べで後回しにされる。
被告人質問も、被告人が喋るものだし、喋ったことは証拠になる。
しかも大半の刑事裁判は自白事件だから、内容的にも自白と同じだ。
このことから、被告人質問が後回しにされていると思う。
(この理由からだと、情状立証の前で良いわけだけれども、実際の裁判では、情状の方がメインの争点なので、情状立証の後なんだと思う)

さて、この理由からすれば、否認事件においては、被告人質問を最後に回す必要は自白事件よりも薄いことになる。内容が自白じゃないからだ。
公判の計画は、検察、被告人・弁護人、裁判所が協議して決めるのであるが、やはり、自分の都合で相手に迷惑をかけることはよろしくない。
弁護の方針が定まっていないのなら(全面否認でどう定まらないのかイマイチ分からんが)、被告人質問を先にするのも一つの解決策ではある。
まあ、植草先生の場合、結局弁護人解任によって、被告人質問はお流れ。
新弁護人も、第4回公判では、弁護側の立証の後に被告人質問をしたい、と言っていたらしい。ふつーがいいよね。やっぱ。

旧弁護人については、どっかの誰かが、陰謀論をブログに発表したのとほぼ同じタイミングで、名前をゆうたまさんが発表していた。
お金をもらったのかなあ。
俺だったらかなりの額をもらわなければ、とても出来ないけど・・・。

・・・あーあ、結局またビンポくさくなっちゃったなあ。
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ラーメンズ第16回公演にして、実は初めて舞台で観るラーメンズ。

The Japan Timesに載っていた、新聞を切り抜きだらけにするという、『TEXT』の広告から察して、今回の舞台も、前回同様、理解するのに精神力が必要なタイプであるだろうとは予測していた。
もう四十になろうというのにあまり精神的に辛い目には遭いたくないので、俺は軽く鬱が入っていたが、無い知恵を振り絞ってゲットしたチケットを無駄にする気は毛頭無く、天王洲の銀河劇場にやってきた。

今まで小林賢太郎のソロライブやKKPは観てきていたが、それよりも確実に客席の男性比率が高く(3割ほど)、客の年齢層も幅広い。
また、少なくとも1階席前半には妙にうわついた熱気がある。
その客席とは対照的に、隅に黒い箱が置いてあるだけの黒一色の舞台は相変わらず簡素でぶっきらぼうだ。
理解するのに精神力が必要という予測は多分当たりだろう。

で、実際、その予測は当たりだった。
『TEXT』というタイトル通り、語呂合わせが多いのだが、その合わせっぷりが尋常ではない。
「あいうえお作文」なら普通だが、「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねの(中略)わをん作文」となれば、尋常ではないことが少しは分かっていただけると思う。
もちろん笑えるのだが、しゃべりのスピードが速く、なんだか強制的に脳トレをさせられているような気分でもある。
また、前のコントで言ったことのいくつかが、後のコントの前フリになっているものがあって、これは、その言葉をちゃんと覚えていなければ、後のコントがわかりにくい。
後ろの席の兄ちゃんが隣に「ね?何の条例!?何の条例!?」と必死でわめいていた(わめかなければ笑い声にかき消されるため)。
DVDで観るのであれば、音声がずっとクリアだし、理解しにくいところは繰り返して聞けるけれど、舞台では一発勝負。
前衛的な作品で拍手のタイミングがつかみにくいのに、客が妙な感じにテンション上がっているから、変なところで拍手やウケが起きて台詞が聞き取りにくくなったりする。
きつい。

しかも、キツイわりには、何というか、生肉を噛んでいるような妙な感覚が残る。
これをさせて、それであなたは何を言いたいの?という苛立つ感覚。
だってこれは舞台であって、ニンテンドーDSLiteのゲームじゃないからね。脳トレだけで終了というわけにはいかない。
同じやりとりが繰り返されることが多く、デジャヴュ感が苛立ちに拍車をかける。
オチの度に「ホゥ~」と言う隣の客が何かむかつく。「ホゥ~」というほどには斬新なオチじゃないしい。

 それまでの大騒ぎとはうって変わった静かな最後の作品で、それまでの脳トレが総てこの作品のための前フリであったことがわかる(この意味でこの舞台は「○maru」に似ている)。
脳トレは脳トレ。一人遊びで何も伝わらない。金村は去り、常磐(名前を音読みしてみよう)は生活を続ける。
伝わらなければ、それは何もないということなのか。
誰にも認識できない透明人間は、居ないことと同じなのか。
肯定と否定の間で震える心をそのまま無心にすくい上げ、まっすぐこちらに差し出した作品。
やはり小林賢太郎の作品は美しくて悲しかった。


・・・えー、頭が疲れてもいいから笑いたいという方にはお勧めです。
笑って癒されたいと思っている方には勧めません。


なお、後に追加の評論を書くかもしれません。
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比較的最近、刑事裁判制度の変化についてのニュースが相次いだ。
被害者の裁判への参加(1月31日)と、裁判員制度へのアンケート(2月1日)だ。
周防監督の痴漢冤罪映画の公開もあるし、ここらで何か一つ、記事を書こう、と思いつつも書けないままほっておいたら、ニュースへのリンクが切れてしまった。

なんで書けないかっていうと、正直、変化が大きすぎて、ついて行けないのだ。
刑事裁判の当事者は、裁判所と検察官と被告人(+弁護人)だ。
検察と被告人がゲームのルールに則って勝負して、裁判所(裁判官)が判定する。
これが刑事裁判の基本構造。弁護人ってゆーのは、被告人が基本的にゲームのルールを知らない一般人だから公平を期するために被告人側につく人だ。
被害者も裁判員もここにはいない。
今まで居なかったもんが入ってくるのだ。しかも、両方とも、実態は一般人、つまりゲームのルールを知らない人だ。
ゲームのバランスが崩れる危険がある。

裁判員は審判員の側につく人だ。
裁判員制度のアンケートについては、「義務なんだから参加する」と答えた人を裁判員制度に肯定的と評価するか、否定的と評価するかによって解釈が分かれる結果となったのだが(新聞社によって評価が違う)、ともかく、制度の周知徹底は出来ているようだ。
ニュースにリンクされた某SNSの日記群に目を通すと、意外と参加に積極的な人も多い。
そこで散見される、「判決に文句を言うのなら、自分で判決を出してみろ」という理屈は、実は「観た映画に文句を言うなら自分で撮ってみろ」に似た論理の飛躍があるのだが、無責任な言論をおさえるに効果がある台詞だ。
裁判員制度の目的は、裁判に市民感覚を反映させることと、今まで「雲の上」と言われてきた司法を身近なものにすることがあるが、少なくとも、無責任な文句を自重する効果があれば万歳、といったところか。

被害者は、検察側につく人、ととらえることになろう。
今回の改正により、法廷内で検察官の側に座れるようになるばかりか、被告人に直接質問したり、独自の求刑が可能になったりと、かなり大きな権利を有するようになった。
ゲームのバランス(=裁判の公正)という面から見れば、これは弁護側にとって脅威となる可能性があるととらえられている。
やはり感情に訴えるものは強いからだ。
今だって証拠収集力とかで検察側と力のバランスがあんま取れてないのに(日弁連はゲートキーパーに気を取られていたのか?)。
ただし、俺的には、ゲームのルールを知らない人は両刃の剣ではないか、とも思っているが。

それにしても、今回の被害者参加の幅は大きい。
『それでもボクはやってない』で瀬戸朝香が演じた弁護士は、最初、被害者保護がマイブームであったという設定だが、確かに被害者保護は最近流行のお題だ。
これは、今までの刑事裁判の役割とは全く別の、修復的司法という考えと関わっている(今までのは応報的司法というらしい)。
修復的司法は人間関係の侵害に対する損害回復と和解を問題とするもので、被害者には損害回復の利益を、行為者には非刑罰化傾向を、そして社会には規範意識の強化をもたらすことを志向する考え方、なんだそうだ。
ヘェーヘェー( ・∀・)つ〃∩
損害回復と和解っていえば、民事の考え方なんだけど、こっちで言う損害回復はオカネだけじゃなくて、精神的なものも含まれているっぽい。
民事裁判的というよりか、調停っぽい、というイメージで良いのかな?
今回の、被害者参加制度なんか、この流れでとらえるものなんじゃないかと思う。
被害者が法廷で言いたいことを言う、それ自体に意味があるわけね(単に、被害者は可哀想だから認める、というのとは少し違う)。
裁判員制度も、さっきの流れから言えば、社会の規範意識の強化、に役立つことになるなあ。


刑事裁判に、精神的な救いを求める、というのは、基本的に真実発見を目的とする裁判制度とそぐわない、と俺は考えている。
真実は必ずしも魂を救わないばかりか、逆の方向に作用する危険もあるからだ。
だがまあ、刑事裁判制度と両立する範囲でそーゆーことをやってゆくのもまた一つの考えだろう。
ただ、こういうのって、殺人のような重罪よりも、微罪と業務上過失犯向きの処理の仕方のような気がするけどなあ。
でも、裁判員制度も被害者参加制度も重罪限定なんだよね。

・・・ま、こーゆーのは、やってみないことにはわからないんだけどねー。
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137 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/02/01(木) 14:33:26 ID:l68s0whtO
俺も中学の頃、チャリのケツに乗っけてもらってて、警官に怒られたことある。
癪にさわったから、地面につま先付けて、腰だけわずかに荷台から浮かしてよちよちガニマタで歩いた。
前の奴も俺の行動に、
「文句ねーだろ!これで文句ねーだろ!」
って言って、わあわあわめいた。
警官は穏やかそうなおじさんだったけど、
「よし!それならいい。気を付けるんだよ!」
とにこやかに俺を眺めてやがる。むかつく。
俺たちはそのまま、よちよち歩きだしたんだけど、振り向くと警官は笑顔でまだ見てる。
かなり歩いて、振り返ってもまだ見てる。
やがて股関節が痛くなって、泣きそうになってきたんだけど、友人も俺に気をつかってプルプルしながら必死で低速運転してるし、そのままひたすら進んだ。
俺は苦痛に耐えながら、なんでこんな事をしてるのか、さっぱりわからなくなった。たぶん友人も警官もそうだったと思う。
ただ、俺は必死で震えながら、歩いていたんだ。
春の柔らかい日差しの中、すごく桜がきれいだった。
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by k_penguin | 2007-02-01 20:01 | 拾いもの