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ニーズがなさそうだから、展覧会のレビューってあまり書かないんだけど、
これは良かった。お勧め。


空を飛びたいと願うのは、オトコノコもオンナノコも同じだ。
でも、飛行機を創るのはなぜかオトコノコだ。
オンナノコは目を閉じれば飛べるから。
ある意味大変省力的で賢い処理をするオンナノコにくらべ、賢くないオトコノコはジェットエンジンの騒音の中、汗まみれ油まみれほこりまみれになって、空気力学と構造学と予算と時間と戦いながら、個人用飛行機を創る。

八谷和彦はPostPetの作者として有名だ。
それが『風の谷のナウシカ』のメーヴェを創ろう、だって作りたいから。
というコンセプトで立ち上げたのが、このOpenSkyというプロジェクト。
楽しみながら創っているのが伝わってくる展示だ。
体験できる展示もあるが、体験するためには、重量制限と、ゲームをやらなくてはいけない。
M-02Jシミュレータをやるには、クイズを2問当てなくてはならず、これがかなり難しい。
何度も挑戦してやっと出来た。

OpenSkyの記録、3部作は、後半のテスト飛行も爽快だったけど、第1部の「愛・地球博」にM-01を展示するまでの納期との戦いがシビアで面白かった。
「本当に」空を飛ぶことってなんだろう。ただ飛びたいだけならば、旅客機に乗ればすむ話なのに。
一銭の得もなさそうなこのプロジェクトは、理想と実現の光と影を感じさせる、印象派の絵のようだった。

・・・きれいにまとまったな。


クリスマスなので、期間限定で、M-02Jシミュレータのクイズのうちのいくつかの答えを書いておく。展覧会行ってM-02Jシミュレータをやりたい人は暗記するように。
キャラの名前はロールちゃん、M-02初フライトテストの時の機体の色はライトグリーン、サン・テグチュベリはフランス人、初の国産軍用飛行機を作ったのは三菱。
あと、ナウシカの声優さんのファンは、イヤホンガイドを借りた方が良いよ。
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大王(後藤ひろひと)の急遽決まった新作。場所はPARCO劇場。12月16日14時開演。
渋谷で土曜のマチネーって、加藤和彦の歌にあったような気がするオサレな響きのシチュエーションだが、やってみると別にオサレな出来事があるわけではなかった。あたりまえだが
・・・あーそうさ。あたりまえさ。


さすが大王だけあって、『ダブリンの鐘つきカビ人間』ほどの号泣までには至らないが、やはりハンカチは持ったほうがいい。
笑って泣ける。大阪の基本。基本を押さえているものはやはり安心してみられるから良い。
心の中にいつまでもいる熱くて、繊細で、残酷で、おバカな「男の子」達のためのお話、という感じ。

堀内健が主役というふれこみであったようだが、「主役の1人」と形容した方が正しいと思う。台詞回しがやや平板でブルース・リーの物まねはあまり似ていないが、孤独に弱いお調子者というキャラははまり役なので一通りこなせていると思った。
竹下宏太郎がGJ。

力強くネタバレ
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かなり反響が大きい京都地裁の判決だ。モトケンさんのとこでも、コメント数が多い。
法律的にも、幇助行為の限界例として面白いところを含む判決なのだが、ネットでの反響の大半は、そんなところにあるのではなく、「こんな判決出しやがって、これから俺たちゃどーすりゃいーんだ?!ああ?!」というところにある。
まー、文句が言いたい人は、こっちが何を言っても文句を言うと思うのだが、この判決は法律的にはそれほど無理があるものではない。
1年半以上も前にこれについて記事を書いていたのを思い出したので、とりあえず引用。
「ファイル交換ソフト開発は著作権法違反幇助かという問題は、包丁を作った鍛冶師はその包丁を使って人を殺した殺人罪の幇助犯かいうことと同じで、法律的に言えば、行為の定型性という側面から否定されるべきであり、つまり、起訴は嫌がらせだと思っていた。
でも、(中略)そこらの包丁作るのと違って、殺人のために特別に包丁を作ったと、そういう風に考えれば幇助も成り立つ」

今回の判決も大まかに言えばこのリクツだが、せっかく判決理由要旨があるのだから、これに沿って判決を解読してみよう。
まず、どの行為が幇助行為かっていうと、「ソフトを公開して不特定多数の者が入手できるよう提供した行為」。
んで、なんで「技術自体は価値中立的」なウィニーを「公開して不特定多数の者が入手できるよう提供した」ことが違法な幇助行為といえるかっつーと、「ウィニーが著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ、広く利用されていたという現実の利用状況の下」「ウィニーが一般の人に広がることを重視し、著作権を侵害する態様で広く利用されている現状を十分認識しながら認容し」てやったからだ。
幇助行為は、正犯の行為を物理的に容易にしただけでなく、心理的に容易にしたことも含むが、この判決は心理的に容易にした面を重視したので、結果、行為の主観的態様が重視されている。
物理的な容易性だけを問題とすると幇助の成立が広くなりすぎるので、絞りをかけるという意味で心理的な容易性を重視したのは妥当だと思う。
なお、ここで注意しなければならないのは、単なる内心故に処罰されることは決して許されない、ということ。何らかの形で内心が行為に出ていなければならない。

次に、社会的な影響が大きいことを認めておきながら、量刑が割と低い(でも執行猶予はつかない)あたりが面白い。
これはオカネ目当てでやったことではない、ということもあるが、ネット上の著作権制度っていうのが、まだ社会的に確立しきっていないことをも伺わせるような感じがする。

ウィニーに限らず、ネット上では、法律が今まで想定していなかった事態がちょいちょい起こる。
ネットゲームの世界にインフレ起こして荒稼ぎしても不正アクセス禁止法でしか処罰されなかったり、HP上の子供の写真をよろしくない使用をしても、事実上刑事罰が困難だったり。
ネットの力を利用して、個人が社会的に大きな影響を与えられる力を持つようになった今では、個人の規範意識の高まりが社会的に要求されるようになるのは当然の流れと言えよう。
自分でまともな振る舞いが出来なけりゃ、上から規範を押しつけられても仕方がない。
その点で、技術開発の可能性を主張する一方で、不正使用についてちゃんと「悲しいと思っている。やめてもらいたい」と述べた被告人のコメントはうまいと思った。
・・・ちゃんと勉強してるよねー。

追記 12月18日
寄稿:白田秀彰氏Winny事件判決の問題点 開発者が負う「責任」とは
やっぱりプロはよく書けてるなあ。

モトケンさんとこの関連エントリ
鼻水が出そうなほど高度な議論になってるような気が・・・。

追記2
二審は無罪。
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2000年に初演した作品の再演であるこの作品を見に行ったのは、この前見た『噂の男』(演出がケラ)が面白かったからだ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチは名前は昔から知っていたが、作品は見たことがなかったし。

間に休憩を挟んで3時間30分の大作。出演者数も多いし、場面転換も多い。
だって、一家4人が全員別の時代にとばされて、そこでそれぞれのドラマが進行するのだ。そりゃもう大騒ぎ。
ちょいちょい同じ場所で2つのシーンが同時進行することすらある。
最初はとまどったが、空間の使い方がうまいから、混乱はしなかった。

で、一家4人がそれぞれとばされた時代でがんばるのだが(マッドサイエンチストな時次君(大倉孝二)、姉ちゃんまでかってに改造して大活躍!)、結局何も変わらないのだ。
長女が、後に御簾鷹山に墜落する飛行機に乗るのは止められないし、特攻に行くおじさんは結局交通事故で死んじゃうし、時雄はダメ芸人神田正にいれあげる。バラバラだった家族の心も、何かが変わりそうになったときに、司令部のプランBの発動でみんな記憶を失ってしまうのだ。

一般にお話って、最初と最後で何かが変わらなくてはいけない、とされている。
主人公は成長するし、考え方が変わったりとかする。
何も変わらないんじゃ、お話を見るだけムダってことになっちゃうからだ。
じゃあ、この3時間30分、ムダだったかっていうと、やっぱそうは思えないのだ。
聖子ちゃんカットの長女は本当は大阪に恋人がいることを告白し、1つ自由になる。時雄は若いときの母親と幸せなひとときを過ごす。
まあ、どーせ死んじゃったり、忘れちゃったりするわけだけれど、考えてみれば、人間はみんないずれ死んじゃって忘れられる存在なのだ。その事実が提示されるとされないとで人生の価値ある一瞬の輝きが色褪せるわけではない。

ラストの、堺井夫妻が、プランBが発動しても、互いが愛しあっていることを忘れないようにと手をしっかりつないで眠りにつくシーンは、まるで若い恋人たちの誓う永遠の愛の約束のようにはかなくて美しい。
その一瞬は間違いなく本物なのだ。

・・・たとえ寝相が悪くて忘れてしまってもね。


面白いから時間の長さは気にならない。が、やはりヘビィだ。
ヘビィなだけの価値はあるけど。

おまけ
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どーも。
ブログのアクセス数が急に跳ね上がると、「ああ、にしおかすみこがTVに出たな」とわかる白片吟K氏です(←こーゆー無関係な話がタイトルにいう「ノイズ」ね。にしおかすみこは別に関連記事はないのによく検索に引っかかります)。

植草先生の今回の裁判は被告人側の意見陳述書なんかも出たし、結構情報がネットにも出回っているのだが、おしむらくは、裁判自体には興味を引くようなとこが全然無い。
多分被告人自身も裁判で勝つなんてことは全然考えていないと思う。
俺としては、外部の誰かに対するポーズとりしか考えてない依頼者を持った弁護人は大変だろーなー、いや、それよりもApple「Macを始めよう」のCMの脚本は誰が書いたのかなー、今月の『広告批評』に載ってないしとか思うくらいだ(←ノイズ)。

その中で、やや気になったのが、保釈請求の否定のされ方の経緯だ。
保釈請求は2回されていて、で、結局2回とも保釈には至らなかったのだが、保釈が認められないこと自体は珍しくない(理由については、自殺のおそれだとか、いろいろネットで取りざたされている)。
だからそれ自体はまあ、いいんだけど、ただ保釈の決定の際に検察官の意見は聞かれるから、そこで保釈申請が却下されるというのが、普通の流れだ。
この場合、検察官の意見が聞かれたにもかかわらず1度保釈が決定されていて、それから準抗告、つまり、検察側の異議を待ってからそれが取り消される、というワンクッションが入った流れになっている。
その辺が、それに意味があるのかないのかも含め、よく分からなかった。

で、モトケンさんとこや何かで聞いた結果、
「そんなに大した意味はない」ということで落ち着きました。


   , - ,----、
  (U(    )
  | |∨T∨
  (__)_)
ご迷惑をおかけしました


   (↑ノイズ?)
あれこれ言っても、最初の保釈を決定する裁判官は1人だ。その人が保釈について広く認めてゆこうという考え方であれば、保釈決定されてもおかしくはない事例だ(←ノイズ?詳しくはコメント欄)。
で、異議があった場合審査するのは別な裁判で、多分合議体だろうから、まあ、「固い」考えになってもこれまたおかしくはない。また、そういう判断でも決して不当とは言えない事例でもある。
モトケンさんのコメントを引用すれば「検察としては証拠を固めているとは思いますが、現段階では多くの重要な書証が不同意とされているでしょうから、裁判所から見れば証拠が固まっているとは見えない場合がけっこうあります。」
と言うことだからだ。

そういうわけで、結局、まあ、やっぱり、見どころも何もない裁判なんだよね。

・・・あ。
ICCの八谷和彦のメーヴェ展覧会は見に行かなくては(←ノイズ)。
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11月30日に出たこの判決は、判決それ自体よりも、その後の裁判長の自殺によって有名になってしまった。
インフルエンザで寝込んでいた俺がショックを受けたのも、自殺の方のニュースだったが、やはり、こちらのニュースを語るのであれば、判決自体も論評する必要がある、と思ったので、この記事は主に判決について書く。

さて、この判決が大きな判決である、ことは新聞等でも書かれている。
なんでかっつーと、住基ネットについての「高裁レベルでの初の違憲判断」だからだ。
この言葉が一人歩きをしているようだが、高裁レベルってことは、当然最高裁が上にあるということだ。
地裁レベルよりは大きな判断だし、住基ネットの違憲判決は2つしかないが、最高裁でひっくり返る可能性が高いと予測される判断でもある。
判決の大きさを間違えてはいけない。

朝日新聞の記事からでは、判決の趣旨がよく分からない部分があるので、やや推測も交えて論評する。
この判決は、法律的に言えば、自己情報コントロール権に基づく差し止め請求を認めたものだ。
差止請求権っていうのは、所有権のような排他性の強くて、内容が明確な権利に認められるものなので、これが認められるということは自己情報コントロール権にかなり強い権利性が認められたことになる。

今までの判例は基本的に自己情報コントロール権にそこまで強い権利性を認めていなかった。
これは比較的最近言い出された権利で、内容がまだ明確とは言えないこと、及び、住基ネットにおいて自己情報とは、氏名、生年月日、住所、性別の本人確認情報で、個人の私生活や人格、思想等の個人の内心に関する情報となるものではないから、「強い」権利とは言えない、と判断されていたためだ。
今回の判決は、自己情報コントロール権を「自己のプライバシー情報の取り扱いについて自己決定する権利」ととらえているようだ。
また、本人確認情報についての自己情報コントロール権は、それ自体では「強い」権利ではないが、本人確認情報と行政がもつ他のデータベースとをつきあわせれば、私生活や人格的自律権に関する情報となる可能性がある、と解釈している、らしい(この点が、法律的には重要な点だが、田島泰彦教授のコメント内に書かれているのみ)。
だから、差し止め請求の認められる場合は、「私生活上の平穏が侵害される具体的危険がある場合」と限定されている。
自己情報コントロール権を私生活上の平穏を守るための周辺的権利ととらえていて、中核たる私生活上の平穏が侵害されそうになったら差し止め請求可能、という理解で、一応いいのかな、と。
記事によれば、人格的自律権にも言及しているけど。


本人確認情報それ自体だけでなく、その使われ方にも踏み込んで判断しているという点で、確かに画期的な判決だ。
しかし、それだけに重かったのだろう。
判決を出す人の感じる職業倫理的な重圧感なんて、俺は今まで思いが及ばなかったけど、ふつーの判決だって、人の一生を左右することが珍しくない。まして、行政事務の効率化が不可避の現状にあって、住基ネットはこれから避けることの出来ないシステムだ。
判決を出す重荷、そして、出してしまった後の虚無。
俺には、霧の向こうをすかすようにしか感じ取ることが出来ないが。

なお、これに関して、よく巡回しているブログのコメント欄で、「陰謀論」を眼にしてしまった。
この手のことがあれば、挨拶代わりに出てくるお説だが、眼にしたとき、何というか、すごく嫌な気分になってしまった。
判決を出す者の心にまったく思いをやらず、思いをやろうともしないで、ただ、自分の都合の良い方向にのみ想像力を働かせる醜い弱さ。
素人なんだから、仕方がない、と、考える前に、強いやりきれなさを感じてしまった。

まだ風邪が治りきっていないせいかもしれない。
・・・寝よっと。


追記 12月7日
すげえ・・・箕面で判決確定した・・・。

追記2 12月8日
判決速報版の情報をいただきました。感謝っ!
判決理由自体は2つめのpdfファイルになります。
以下メモ。
*本人確認情報の情報コントロール権自体を重要な権利としている。
「一般的には秘匿の必要性の高くない4情報や数字の羅列にすぎない住民票コードについても、その取り扱い方によっては、情報主体たる個人の合理的期待に反してその私生活上の自由を脅かす危険を生ずることがあるから、本人確認情報は、いずれもプライバシーに係る情報として、法的保護の対象となり、自己情報コントロール権の対象となる」

データマッチング、名寄せにより、目的外使用の危険があること、その危険を本人や第三者機関がチェック出来ない体制であること。
住民票コードそれ自体が流出し、売買されることによる、民間利用の危険。
を住基ネットの欠陥としている。

賠償請求の否定は、市長らがその違憲性を認識できなかったことを理由としている。

差し止め請求は、人格的自立権への回復しがたい損害をもたらす危険を理由としている。
情報プライバシー権は、違法性判断で使用。

追記3 12月9日
1人削除に3500万かかるんだって。
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