人気ブログランキング | 話題のタグを見る

裁判員と被害者参加、ちょっと修復的司法をからめて

比較的最近、刑事裁判制度の変化についてのニュースが相次いだ。
被害者の裁判への参加(1月31日)と、裁判員制度へのアンケート(2月1日)だ。
周防監督の痴漢冤罪映画の公開もあるし、ここらで何か一つ、記事を書こう、と思いつつも書けないままほっておいたら、ニュースへのリンクが切れてしまった。

なんで書けないかっていうと、正直、変化が大きすぎて、ついて行けないのだ。
刑事裁判の当事者は、裁判所と検察官と被告人(+弁護人)だ。
検察と被告人がゲームのルールに則って勝負して、裁判所(裁判官)が判定する。
これが刑事裁判の基本構造。弁護人ってゆーのは、被告人が基本的にゲームのルールを知らない一般人だから公平を期するために被告人側につく人だ。
被害者も裁判員もここにはいない。
今まで居なかったもんが入ってくるのだ。しかも、両方とも、実態は一般人、つまりゲームのルールを知らない人だ。
ゲームのバランスが崩れる危険がある。

裁判員は審判員の側につく人だ。
裁判員制度のアンケートについては、「義務なんだから参加する」と答えた人を裁判員制度に肯定的と評価するか、否定的と評価するかによって解釈が分かれる結果となったのだが(新聞社によって評価が違う)、ともかく、制度の周知徹底は出来ているようだ。
ニュースにリンクされた某SNSの日記群に目を通すと、意外と参加に積極的な人も多い。
そこで散見される、「判決に文句を言うのなら、自分で判決を出してみろ」という理屈は、実は「観た映画に文句を言うなら自分で撮ってみろ」に似た論理の飛躍があるのだが、無責任な言論をおさえるに効果がある台詞だ。
裁判員制度の目的は、裁判に市民感覚を反映させることと、今まで「雲の上」と言われてきた司法を身近なものにすることがあるが、少なくとも、無責任な文句を自重する効果があれば万歳、といったところか。

被害者は、検察側につく人、ととらえることになろう。
今回の改正により、法廷内で検察官の側に座れるようになるばかりか、被告人に直接質問したり、独自の求刑が可能になったりと、かなり大きな権利を有するようになった。
ゲームのバランス(=裁判の公正)という面から見れば、これは弁護側にとって脅威となる可能性があるととらえられている。
やはり感情に訴えるものは強いからだ。
今だって証拠収集力とかで検察側と力のバランスがあんま取れてないのに(日弁連はゲートキーパーに気を取られていたのか?)。
ただし、俺的には、ゲームのルールを知らない人は両刃の剣ではないか、とも思っているが。

それにしても、今回の被害者参加の幅は大きい。
『それでもボクはやってない』で瀬戸朝香が演じた弁護士は、最初、被害者保護がマイブームであったという設定だが、確かに被害者保護は最近流行のお題だ。
これは、今までの刑事裁判の役割とは全く別の、修復的司法という考えと関わっている(今までのは応報的司法というらしい)。
修復的司法は人間関係の侵害に対する損害回復と和解を問題とするもので、被害者には損害回復の利益を、行為者には非刑罰化傾向を、そして社会には規範意識の強化をもたらすことを志向する考え方、なんだそうだ。
ヘェーヘェー( ・∀・)つ〃∩
損害回復と和解っていえば、民事の考え方なんだけど、こっちで言う損害回復はオカネだけじゃなくて、精神的なものも含まれているっぽい。
民事裁判的というよりか、調停っぽい、というイメージで良いのかな?
今回の、被害者参加制度なんか、この流れでとらえるものなんじゃないかと思う。
被害者が法廷で言いたいことを言う、それ自体に意味があるわけね(単に、被害者は可哀想だから認める、というのとは少し違う)。
裁判員制度も、さっきの流れから言えば、社会の規範意識の強化、に役立つことになるなあ。


刑事裁判に、精神的な救いを求める、というのは、基本的に真実発見を目的とする裁判制度とそぐわない、と俺は考えている。
真実は必ずしも魂を救わないばかりか、逆の方向に作用する危険もあるからだ。
だがまあ、刑事裁判制度と両立する範囲でそーゆーことをやってゆくのもまた一つの考えだろう。
ただ、こういうのって、殺人のような重罪よりも、微罪と業務上過失犯向きの処理の仕方のような気がするけどなあ。
でも、裁判員制度も被害者参加制度も重罪限定なんだよね。

・・・ま、こーゆーのは、やってみないことにはわからないんだけどねー。
Commented by uneyama_shachyuu at 2007-02-07 18:36
肯定的に捉えられ、そして重罪に限定していたのは、流れとして、「どうしてあんなに酷い事をして、その上公判で反省どころか人を馬鹿にするようなヤツに、あんなに『軽い刑』しか適用されないの?!」という批判が巻き起こった時期があったからではないかしら?と個人的には思うのです。曰く、「世間の『常識』から外れている」と。確かに、昔、ついうっかり「『窃盗』だから罪としては『軽い』ですからねぇ…」と言ったら、えらい剣幕で「人のモン盗んで何で『罪が軽い』んや!!」と怒られた事があったけれど、説明しろと言われたので、六法を見せたら絶句していたなあ(笑)。そう、この話が典型的で、犯罪=重大なものと考えている人は、実は一般社会にはまだまだ沢山いるんでしょうねぇ。んだんだ!口は災いの元…何だか論点がずれているが(笑)、実際の刑罰の与え方に、みんなの納得感が無いと困るし、ペンギンさんの言うように、「だったらオマエも参加して責任負えよ!」という論理が一緒になったら、こんな制度になるのかなあ…
Commented by k_penguin at 2007-02-07 21:36
裁判員制度が重罪限定なのは、ある程度重ければ物証もしっかりしているから素人が裁判官に文句を言いにくく、判断が大きく変わる結果にはならないだろう、と、考えたため、とワタシ的には推測していました。

>実際の刑罰の与え方に、みんなの納得感が無いと困る
判決出す方は結構それを気にしてるんですけど、文句を言う「みんな」の方が逆に「どーせ聞いてないだろう」とか思ってるってとこがあるように思います。

>「『窃盗』だから罪としては『軽い』ですからねぇ…」
あ、怒った人は被害者でしょー。
盗まれた当事者になっちゃうと、結構頭に血が上りますよ。
理屈はおいといて、すっげえむかつくんですよね。
財布盗まれたとき、ワタシ、そうでしたもん。
by k_penguin | 2007-02-07 01:22 | ニュース・評論 | Trackback | Comments(2)

法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


by k_penguin