読まないで柳美里を論ずる

俺は柳美里を読んだことがない。
というのは不正確で、実は、もう何年も前、まだ芥川賞を取る前に、1度新聞に載っていたエッセイを読んだことがある。
で、そのエッセイを読んで、俺は、「この女には関わらない方が吉」と判断して、現在に至っている。
エッセイの内容もおぼろにしか覚えていないが、女学生時代、いろいろ問題行動を起こした彼女について、あちこちから苦情をいただいた学校の教頭(だったか?)が、彼女に対し、何だったか侮辱的な言葉をはいた、ということに対する糾弾のような内容だった。
印象に残っているのは、彼女が、他人に対して迷惑を掛けたということに何の説明も弁解もなく、そのくせ、なぜ教頭に侮辱的なことを言われなければならないのか、全くわからない、と、主張していたことだ。
援助交際の女子学生だって「誰にもめーわくかけてないしい。」程度の理屈は言うのに、学校に苦情がわんさか来る程度の迷惑を掛けておいて、そのことに一切触れていない。




俺が編集者だったら、即書き直しを命ずるのだが、あいにくそうではなかったので、自分で頭をひねるしかなかった。
迷惑行為の具体的内容は失念したが、他人に迷惑を掛けた行為をしたことは確かだった。刑法的に言えば、構成要件該当性ありだ。
で、刑法的に言えば、次は正当防衛とか緊急避難とか、いわゆる違法性阻却要件の検討だ。
彼女の文は、まるで、私が悪くないのは、どっから見ても当然でしょう、と言わんばかりの文だった。
そこで俺は思い至った。
この人は、1日24時間カルネアデスの板をつかんでいる人なのだ。主観的に。
カルネアデスの板ってゆーのは、緊急避難の例としてよく上げられるんだけど、溺れている人は、赤の他人を突き飛ばしてその人がすがっている板を奪っても違法と評価されないってこと。
何かの事情がこの人にはあって、常にこの人は溺れているのだ。
他人には、逆巻く流れも水も見えてないが、当人は真剣に溺れているつもりなのだ。
一日24時間必死で藁をつかんでみたり、他人を突き飛ばして板をつかんだりしているのだ。
刑法的に言えば、誤想避難ってことになる。

誤想避難は違法性阻却しない。誤想が仕方のない事情だった場合に故意を阻却することがまれにあるが、そんなときもまず過失犯になる。ま、ふつーに言えば、自分で思ってるだけじゃ行為は正当化されないってこと。
でも、溺れている(と思っている)人に、橋の上からそんな理屈言ったって聞いてはもらえない。当人それどころじゃないから。
そーゆー難儀な人には関わらない方がよろしい。俺はそう判断した。

彼女の『石に泳ぐ魚』に関しては私人の人格権、プライバシー保護のために出版差し止めが認められた例として有名な判決が最高裁から出ているが、その争いは地裁段階から知っていたし、また、やりそうなことだと思った。彼女はまた、他人の板を奪い取っただけだ。他人の迷惑など考える暇はない。溺れているのだから。
なぜ私が溺れているのがわからないのだろう。見ればわかるはずなのに。彼女はぼやく。
・・・と、達観したつもりの俺も、さすがに彼女が掲示板を運営しているらしいことを2ちゃんで眼にしたときはびっくりした。
そんなもん、いじめてくん(by吉田戦車)の大コロニーみたいなものじゃないか。つるかめつるかめ。専スレ立てるなんて、信じられない。何プレイだそれは。

2ちゃんはおいといて。
亡くなってしまった人ならともかく、まだ生きて、生活がある人のプライバシーや、欠陥や、心のことなんかを、わざわざ字にかいて、不特定多数の他人に見せて回るなんて、よくないことだし、非常識だ。
うん。間違いない。

それでも、「身勝手で、感情的で、残酷」な表現者は書き続ける。
自分を救うために他人を傷つけ、報復に傷つけられ、それを救うためにさらに書き続ける。
本物の「身勝手で、感情的で、残酷」な表現者は言葉が伝わらないことなんて恐れていない。
安全装置の外れた自動小銃を手にした、やる気満々の無邪気な眼を持つ5歳の少年の顔をしている。
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by k_penguin | 2006-02-08 22:50 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)  

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