『ポツネン』その2 悪魔にダメ出し

実は、俺は『ポツネン』とNAMIKIBASHIのライブに共通した印象を持った。
総合すれば出来は素晴らしいと思うのだが、ただ、シメが悪いのだ。
完全に引き込まれて、前のめりになっていたのに、最期の一瞬で急ブレーキがかかってしまう。
引いてしまうのだ。
『ポツネン』でいえば、最後の知恵の板を使って黒い翼を作り、悪魔になったときで、『2forms』でいえば、「木綿のハンカチーフ」をラストに選曲したことだ。

ラストが悪い、というのは、最初や真ん中が悪いことよりも、大量の減点対象となる。
下手をすれば0点だ。
しかも、ここでラストが「引く」というのは、しらける、という意味ではない。
「それは良くない」と直感するのだ。
何がどういう意味でよろしくないのか自分でもわからない。ただ、そう感じるのだ。
2回連続して同じ印象を持ったので、これは何かある、と考えて、『ポツネン』の最後の作品をよく思い出してみることにした。



この作品では、お好み焼きの話に言及があるので、長いがまず、そのお好み焼きの話を紹介する。
お好み焼きの具材(卵、粉、青のり、花鰹、ソース、そしてキャベツ)が悪魔に望みを叶えてもらう。全員3つめの望みは「人間になってみたい」。悪魔は、おやすいご用、ただし1年間の期限付き、と、手の中に炎を上げ、「それを見つめていると、炎の中に吸い込まれそうな気がして、気が付くと、人間になっていた」。
他人の心配ばかりする優しい心のキャベツは、手や足が生えたことに無邪気に喜んだ後、目や耳や鼻や口の機能を使ってみたくなる。
一番最初に見たきれいな人。「もしもし、すみませんがあなたを見てもいいですか?」
その人は優しい人だったらしい。快く、じろじろ見ることも、声を聞くことも、匂いを嗅ぐことも許してくれた。味は見させてくれなかったけど。
キャベツに性別はないけれど、その人が女だったので、キャベツは男になりたいと思って、男になった。キャベツに名前はないので、その人に名前を付けてもらった。「縁(ゆかり)」。2人が出会ったことを意味する言葉。
その人の名前は「緑(みどり)」なので、字はにている。今でもキャベツにはその違いがよくわからない。
緑さんと一緒でとても楽しかった一年。でももうお別れ。縁君の周りには早速モンシロチョウが集まりだしている。
緑さんはきっと縁君のことを愛してはいないけど、キャベツだから、人間に恋はできない。所詮愛してもらえる立場にないから愛は期待していない。気は合う2人だった。それで十分。そう自分に言い聞かせる。
それでも、やっぱり最後にいわせて。「あなたを愛してました」と。ついでにいろいろ心配させて。あなたがとても心配なんです。
キャベツは元の姿に戻る。悪魔は、気まぐれで世界で一番悲しいお好み焼きを作ろうと思いついたのだ。そのためだけにキャベツは恋をさせられたのだ。

美しく、悲しい話だ。
さて、では本題の最後の作品。

完全な暗闇から始まり、数枚のマグネットが付いた知恵の板を使用しながら、「ここ」「今」を定義し、それを出発点にして世界や自分を再認識する孤独な作業は、それ自体はあまり興味を引くものではなかった。1人でやっているから、そもそもの基点の定義が曖昧だからだ。
深夜の思考がぶっ飛びやすくなる「クリエーターズ・ハイ」(命名・俺)な時間帯に1人で自分を再認識しようとする悲しい努力は共感できるが。
先に、お好み焼きの話を『鯨』の「絵かき歌」に相応すると書いたが、そうだとすると、この作品は「count」に相応する。
「count」は数えると言いつつ、2までしか出てこない。私は、ラーメンズの二人の関係性に基づいてコバケンが自分を認識する作品ととらえている。
極限までのシンプルさは好きだし、さりげなく最後に観客の向こう側のもう1人の自分を提示するあたりが表現の本質を示している。
しかしそれは2人だからこそ意味がある。1人では、基点がずれやすくなる。キャベツになったり、悪魔になったりね。

『ポツネン』では、ほぼ唐突に、お好み焼きの話に話題は転じ、世界で一番悲しいお好み焼きは、しょっぱすぎて失敗だったこと、パスタならいけるんじゃないかと思う、ということを話しながら、知恵の板で黒く大きな三角を2つ翼のように配置する。
そしてその間に立ち、語りかける。
「あなたの望みは何ですか?」
両手の中に炎が燃え上がる。
かっこいいラストで、俺が「引いた」ラスト。

悪魔は手の中に炎を上げ、「それを見つめていると、炎の中に吸い込まれそうな気がして、気が付くと、人間になっていた」。
ラストがこの部分に相応していることは間違いない。
つまり、「あなたの望み」とは「人間になること」と確定しているのだ。人間になって、そして、別れを経験しろ、キャベツのように。いや、俺のように。そして俺の痛みを味わうんだ。
炎のような、結晶のような美しいオブラートに包まれたメッセージはこれだ。
この際、はっきり言わせてもらう。

それは良くない。


『LENS』の分析を書いていて、気が付いたのだが、彼は、観客に表現者の側に立つことを要求することがままある。
観客は観客だ。暗闇の中に沈んで舞台に上げることは出来ない。

俺になれ。さもなければ俺のこの気持ちはわからない。
血を吐くような言葉で、胸が締め付けられるが、それは良くないことだ。
何をどうやっても、他人の気持ちなどわからないのだ。いや、自分の気持ちさえ、判らないことはめずらしくない。
彼が言うことは、「誰にも俺の気持ちはわからない」というのと同じだ。ぎりぎりのところで表現の拒否になってしまう。
ぎりぎりアウト。

卓越した言語センスに、切れ味の良いパントマイム、マジックの技も駆使してみんなをのせて、最後に何気ない風を装って、生々しい悲鳴をオブラートにくるみ、他人の頭の中にねじ込む。
そのやり方では、拍手喝采はもらえても、思いが理解されることはない。
理解されようとすら思っていないから。
思いがあふれるのに、口に出せば汚れてしまうとねじ曲げて、別なものに化けさせる。
そのやり方では、君はいつまでも救われない。

彼も良くないと知っているからこそ、悪魔の形を取ったのだと思う。
それは、表現者の分を超えたことなのだ。


追記
ラーメンズは#15『ALICE』で実質終了と推測する。

追記2 10月17日
お好み焼きの話に対するダメ出しをしていなかったので追記する。
この話には、1カ所、「話をまとまらせるためには書かれていなくてはならないのに、書かれていない事実」がある。
その欠落が悪い点だ。

後から読んで気がついたのだが、俺はこの話を要約する際に自分でそれを書き足してしまっていた。
つまり、この記事に書いた要約には、1カ所、小林賢太郎が言っていない事実が付け加えられている。
その事実がどれかはあえて書かない。
その事実が書かれていないが故に、この話は、悲しすぎる。
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by k_penguin | 2006-01-11 00:52 | エンタ系 | Comments(17)
Commented by tomo at 2009-03-01 17:45 x
potunenは謎の多い作品で私は今でも悩んでいます。
答えが無いのは承知ですが
自分で納得いく答えが出ないので、未だ模索中なのです。

ですので、ここに書くタイミングも逃し、
更に今でもまとまっていない自分の考えを
コメントに残していいのか迷ってしまうのですが
ペンギンさんと話せたら、何か新しいものが見えそうな
そんな期待を込めて、書かせて頂いてます。

一番「私と違う受け取り方だな」と思ったのは
悪魔が最後に言う「あなたの願いは何ですか?」の部分。

私はタングラムの壁の始まりが暗闇から始まり
基点、位置確認、時間サイクル、
その他諸々から「人生」を想像しました。
タングラムの壁で再生される時間はたった数時間です。
その数時間の間で、人生を表現しようとしているように思いました。

悪魔は「寂しいな。。。」と呟いて、
悲しいお好み焼きの話に転じていきます。

彼は何故、悲しいお好み焼きを作ったのかについては
ペンギンさんと同じ感想を持ちました。
Commented by tomo at 2009-03-01 17:47 x
ただ、最後に悪魔が質問したのは
キャベツらでは無く、私たち人間に対してです。
哀しみも苦しみも、
苦い別れも快楽も経験済みの私たちへの質問。
私たちの人生は1年ではありません。
キャベツらよりも、ずっと波瀾万丈いろいろ経験している
私たちへの質問です。

豚肉もコバケンの事。
ただ忘れただけじゃないだろうという観点から
ジョンが「豚肉」だったのではないかと推測しております。
忘れられた豚肉。
1年という期限からは逃れたものの
孤独な人生を辿るのではないかと思ったりします。

他の誰かになりたいと願ったところで
基点は今、そこにしかありません。
そこからしかスタートできないのです。
悲しいお好み焼きたちの、
せつないストーリーを目の当たりにした私たちは
他の誰かになりたいと願っても
もっと辛い涙を知るだけです。

スタート地点はここにしかありえません。
Commented by tomo at 2009-03-01 17:47 x
「さぁ、あなたは何を願いますか?」

寂しい悪魔が、私たちへ問いかけてきます。

「僕も誰も、他の何ものにもなれないんだよ」

「あなたの願いは何ですか?」

全て、ほんとはわかってるんだ。
だけど・・・だけど・・・

「叶えてあげるから。何でも。
 だから僕を 誰か 愛してください。」

それが悪魔の心の声のような気がしてなりません。

結局コントじゃ無いですね。
切なくて痛い。。。心が痛くて
悪魔を思い切り抱きしめてあげたくなってしまいます。

稚拙な文章を長々とすみません。
書いてはみたものの、私自身府に墜ちない点が多々あります。
豚肉のことも、悪魔の真意も。。。
だから、これから何度も何度もpotsunenを見ますです。

ずうずうしく、長々と書いてしまってすみませんでした。
本当にありがとうございます!!
Commented by k_penguin at 2009-03-01 20:56
確かにpotunenは謎が多く、評論しても理由抜きで
「こーゆーイメージを感じたから、こういうことなんじゃなかろうか」
みたいな言い方になってしまいがちです。

「あなたの願いは何ですか?」についても、
それを聞いた瞬間頭の中にひらめいたことを
なるべく丁寧に言葉で説明するとああなる、くらいしか説明できないので、
tomoさんのご期待に添えるかどうかわかりませんが、

tomoさんと私とでは、最後について感じたことはそれほど大きくは違っていないのではないか、と思いました。
少なくとも、「あなたの願いは何ですか?」は、
決して皆様の未来の無限の可能性を讃える趣旨の言葉ではなく、むしろ逆のイメージを持つものだ、という点では同じですよね。
なぜなら、あの言葉は愛を失った者の心の叫びだからです。
tomoさんはあの言葉が客席に向けられていることを考慮して、
「僕も誰も、他の何ものにもなれないんだよ」という一般的なメッセージを読み取りましたが、
私は、小林賢太郎は客のことなんか微塵も考えちゃいないぜ、という前提で
完全に彼の内的な思念のメッセージととらえました。
受け取った人の状態によって生じる誤差の範囲内だと思います。
Commented by k_penguin at 2009-03-01 20:57
potunenは純度が高く、愛を失ったものの心の内側を、言葉というフィルタにすら通さず、寂しさも恨みも悲嘆も諦念もすべてが解け合った状態のままで舞台上に表現しています。
受け取る人の状態によってある程度の誤差は出て不思議はないと思います。

・・・なお、私は豚肉については
 本当に忘れていた、
という身も蓋もない解釈です。すいません^-^;


私はpotsunenは1度しか見ていません。
心をするどい刃物で斬りつけられるような痛さで、涙すら出ない、といった感じでした。
涙が出れば、カタルシスになるのに、
涙すら出ない痛々しいものを客に見せるなんて、なんてとんでもないことを、
と、思いました。
あれは極めて高度な表現だと思いますが、私が評価しないのは
そういう理由です。
Commented by hiro at 2009-03-23 02:53 x
はじめまして。いつも興味深く読ませていただいています。
ひとつだけお聞きしたいのですが・・・。
悲しいお好み焼きの話の中で、豚肉が忘れられていました。
それって、もしかして観ている観客のことかもしれないと思ったんですが、
どうでしょうか?
悪魔があなたの願い事はなんですかと尋ねたということは、既に「あなた」は悪魔によって人間に姿を変えられた「何か」だということです。
「千と千尋の神隠し」では両親が人間から豚に変えられた。
逆に観客は豚で、人間としてかりそめの姿に変えられているだけという、
そういう設定なのではないかと・・・。
さすがにはっきりそうだと言ったら、失礼だから忘れたふりして、気づいた人だけに分かるとか。
「ジョンと私」にも「何か」が出てきます。
「私」も「あなた」も、悪魔のさじ加減で「何か」に取って代わったりするのが、ちょっとこわいなあと思いました。
小宮山新太郎太も、巧妙に不在の教授になりかわろうとしてますしね。
Commented by k_penguin at 2009-03-23 22:22
hiroさんコメントありがとうございます。
その解釈も「あり」なんじゃないかと思います。

"あなたの願い事はなんですか"のシーンで
「あなた達も私同様、人間の姿はかりそめのものなんですよ」
というメッセージはワタシも感じました。

その正体が豚肉、までは考えず、
豚肉は忘れたと言っているので忘れたんだな、
くらいにしか考えてませんでしたが。

ただ、あなたの人間の姿はかりそめのものだというメッセージは
受け手にとって、意味を持ちません。
わからない人には全くわからないし、
わかる人、つまり人間の中には得体の知れない何かが眠っているものだと知っている人にとっても
・・・単なる事実を述べられても、だから何?
と、なってしまいます。

問題はそいつとどう付き合う(or戦う)か
にあると思うんですが、
彼は言いたいこと言いっぱなしにするだけなんですよねー。
Commented by hiro at 2009-03-25 00:30 x
お返事ありがとうございます。感謝しています。
「豚肉」に別にこだわらなくてもいいんですけど、ただ「豚と神様ゲーム」という
ゲームが他の公演に2度は出てくるので、なにか関係あるのかなとひっかかりました。
「ATOM」の中の「蒲田の行進曲」と、「good day house」の3階のシーンに
この「豚と神様ゲーム」が出てきます。
「豚」役と「神様」役を2人で決めるのですが、最初は自分が「神様」の役を選んだはずが、
言葉たくみに「豚」の役にすりかわり、相手に「豚!豚!」とののしられる、という
ゲームで、小林賢太郎が豚になって、片桐仁にいじめられます。
だから、豚と神様、観客と小林賢太郎、この構図も解釈としてなくはないかなと。絶対一度は神様目線で舞台に立っているはず。(笑)

Commented by hiro at 2009-03-25 00:34 x
penguinさんのおっしゃるように、ただ豚肉のことは忘れていた、
というのもすごく納得いきます。重要じゃないのかも。
豚肉のことはおいとくとして。
「かりそめの人間の姿」というメッセージには、多分意味はないのでしょう。
意味があるのは、悪魔が観客の望みを叶えてあげようといいながら、
自分の目的のために利用しようとしている(お好み焼きを作るように)ことを
暗示しているふしがあるところでしょうか。
観客も悲しいコントの具にされそうな・・・コントの余韻に引きずり込む。
コントって、人を楽しませるものと思っていたんですけど、この人の場合、
コントで人の心を翻弄しようとするところがある気がします。
それを「面白いこと」「コントの可能性」の範疇にしているという。

言いたいことを言いっぱなし。それでいいのかもしれないです。
「good day house」の3階を見たら、彼は期待に応えてがんばっているんだ、
と分かりました。
そして、期待には応えられないよ、とも言っていました。
もしご覧になられましたら、この公演の感想もお聞きしたいです。



Commented by k_penguin at 2009-03-25 20:13
>悪魔が観客の望みを叶えてあげようといいながら、
自分の目的のために利用しようとしている

確かにそういうことになりますね。
だとしたら、彼の目的って何でしょうか。
コントで客の心を翻弄して何の得があるんでしょうか。
「誰も得しない」ですよね。
彼がちょいちょいやらかす嘘と同じ動機ってことでしょうか。

そういえば、
彼の作品の中には「ばれる嘘をつく」「人を騙す」ということを扱うものが多くあります。
それらを見ていて気がついたのは、
この人は、騙す騙されるという関係の中で初めて心を開く。
ということです。
これからすれば、悪魔が観客を利用しようとしていることは、
逆に彼が観客の方を指向することを意味することになります。
Commented by k_penguin at 2009-03-25 20:14
「good day house」はかなり前に1度見ただけなので、
あまり深くほじくっていません。
3Fでは多分、TVを止めたことについての彼の言い分を言ってるのだと思いますが
画家の言う「art」の定義がわからないので、
彼が何を頑張っているのか、何で描けないのか結局わからないままだし、
でもとりあえず笑えるからいーや。
みたいな。

豚と神様ゲームもとりあえず笑えるのでスルーしています。
「蒲田の行進曲」のについては
ワタシはコバが自虐趣味を満足させるために、
わざとコントの形で入れたんだと思いました。
TVの件で自分を責めているでしょーね。
彼はちょいちょいそーゆー事やります。
決してよい趣味とは言えないです。
第一それは謝っていることにならないし。
Commented by hiro at 2009-03-27 16:16 x
私の中では「釈然としない」ままになりそうです。(笑)
とりあえず笑えればいいんですが、笑えないとき困っちゃうんですよね。
自虐的なコントは、見ていて気持ち悪いです。
それを笑って見ているもう1人の演出家賢太郎。
「good day house」はTVを止めた言い分、だったのか・・・。
見事なオチだったけど、笑えなくて、penguinさんに聞いてみました。
自虐趣味ってところはすごく釈然としました。
でもプライドも高いから、ややこしいです。ああ。よい趣味じゃないです。
なかなかうまく書けないですが、こうやって意見をお聞きできるのは
楽しいです。ありがとうございました。
Commented by k_penguin at 2009-03-27 21:03
「good day house」3F
内容的にTVを止めた言い分だろうと思いました。
でも「描けない」「できない」の一点張りで何の説明にもなっていないんですよね。
内容を額面通りにとらえれば
「自分の内面を表現すればそれは芸術なのであり、自分にできないことを『できない』と言うことも、それに含まれる。」
ということになりますかね。
・・・確かにKKPはそーゆーノリで作られているけど(´・ω・`)

hiroさんのコメント、いろいろ考えるヒントになりました。
こちらこそありがとうございました。
Commented by aki at 2010-03-29 16:13 x
初コメ失礼します。

久しぶりにpotsunenを見直していて、

キャベツが緑さんとのお別れのシーンで言うセリフ
「あなたのそのカラッとしたところが、豚カツみたいで大好きでした」

“豚肉”への言及はここにしかないので、豚肉=緑さんという解釈は・・・どうでしょうか。


penguinさんのおっしゃるように、小林さんは自分を客観的に見ることに長けているように思います。
私としては、「向いてない」というセリフが「客観的に見ている本人」から語られているところが気になります。
(maruしかり、TAKE OFFしかり・・・)

よく言えば客観的、悪く言えば自意識過剰。
自意識を傍から見ているのって、苦しいですね。
Commented by k_penguin at 2010-03-30 00:00
akiさん、コメントありがとうございます。

「ポツネン」DVD持ってないから、
記憶をたぐってのコメントになってしまいますが(^-^;

キャベツの緑さんへのお別れの言葉は全部キャベツがらみでしたよね。
トンカツと千切りキャベツは相性抜群ですから、直接には、キャベツの緑さんへの未練を語る言葉だと思います。

お好み焼きに欠けている豚肉が緑さんというのは「あり」だとは思いますが、
(とすると、悲しいお好み焼きである以上、豚肉が欠けているものが完成形ということになりますね)
ただそうすると、なんかキャベツのストーリーが重要視されすぎて、
他の具材(卵や粉とか)のストーリーが不要になってしまうようにも感じます。

この話は、今回の『SPOT』の最後から2番目の話と比較すると面白いので
できれば比較記事を書きたいと思っています。


小林さんの「向いていない」には、独自のニュアンスが込められているように思います。
才能のあるなしという意味合いではなく、
「相手の反論を許さない全否定」っぽいニュアンス。

ワタシ的には、彼が「向いていない」という言葉を使うときは、
若干客観性が崩れて感情的になっているように思います。
Commented by aki at 2010-04-01 14:59 x
お返事ありがとうございます。
penguinさんの考察、これまでも楽しみに(ときには涙を流しながら)読んでいました。

豚カツの件は「豚カツと千切りキャベツ」から…あぁ、なるほどと思います。
私は、キャベツが一番「小林さん」に近い気がして、感情移入しながら見てしまったのかもしれません。

「客観」のことばの使い方が悪かったですね、感情的かどうか、というよりは、
私はmaruの画家、TAKE OFFのシノダが一番「小林さん」に近いと感じたのですが、「向いてない」がmaru(天の声)やアビルなど本人ではない人物から言われる(とはいっても結局同じ人物にはなりますが)のがおもしろいなと思っていました。

好きなことが「向いてな」いのはそんなに不幸なことだろうか、「向いてな」くてもやってみればいいのではないだろうか、と思ってしまうのは、私が小林さんよりも若いからでしょうか。


SPOTとの比較記事、私は行けなかったので、楽しみにしています。「これでいいのだ」発言が出たとか。興味深いですね。

またお邪魔させていただきます。
Commented by k_penguin at 2010-04-01 19:35
お好み焼きの具材メンバーは、TAKEOFFの3人の原型なのではないかな、と
思ったりもしています。
卵がアビル、キャベツがシノダ、オリベに当たるものは特になし。
お好み焼きのキャベツが一番存在感があるのは、まあ仕方ないですよねー。

>「向いてない」が
>本人ではない人物から言われる
>好きなことが「向いてな」い

 ワタシは小林さんよりも年が上ですが、
それでもakiさんと同じく、向いてないことは大して不幸なことだとは思いません。
小林さん以上にお笑いや表現活動に向いてなくても
がんばっている人はいくらでもいます。
小林さんもそれは知っているはずで、
「向いてない」というのは、才能の有無の話のような感じになっていますが、
そうじゃなくて「もう止めろ」の別な言い回しだと思います。
(アビルもシノダに「もう嘘は止めろ」と言うべきところで「向いてないんだよ」と言っています)
従ってmaruが画家に「向いてない」からもう止めろ、と言うのは、
同語反復に過ぎず、理由になっていません。
本当の理由はそこじゃないです。

SPOTは「丸の人」とも比較できるなー、と、このコメント書いていて思いました。

akiさんこれからもよろしくです。