小林賢太郎演劇作品『うるう』 2016年版

『うるう』前回公演から4年が経って、再演と相成った。
4年の時間は短いようで長い。
前回の公演では、当ブログはけっこうな大騒ぎとなり、喧々囂々した痕跡が今も残っているのだが、今回は公演が始まってもそんなにアクセスが増えるでもなし、静かなものだ。
ってゆうか、チケットも4年前と比べて確実に売り上げが減っているようだ。横浜公演の千秋楽の当日券が、イープラス発売開始の1時間後でまだ手に入るとは思わなかった。
唐突に手に入ったその当日券の席は後ろの方だったが、1階席だった。俺はチケットをコンビニで発券して、年の瀬の横浜に出かけ、混んでいる中華街を横目にKAATに向かった。
横浜公演のチケットが手に入ると思ってなかったので、観劇にあたり、前回の公演についてのブログ記事を読み直していなかったが、あまり覚えていない状態で見るのでいいやと思った。この機会に、余計な裏読みをしないで見てみようと思ったのだ。
んで、その結果。

始まって10分で、すごく帰りたくなった。
流れが悪くていらいらするのだ。テンポが遅いのではなく、逆に、立て板に水を流すようにやるので、まるで頭にひっかからないのだ。
ウサギの罠に落ちていた子供をすくい上げて、会話して、子供を帰したら、すぐにまたウサギ罠に落ちる、というくだりを、一気に3回もやられて、うんざりした。タメも何もないので、「こいつまたウサギ罠に落ちるぞー」という期待を抱く暇もない。楽しめるものが、ルーティンワークみたいに処理されるおかげで台無しだ。
話の処理は全部がその調子だった。前回よりも話が整理されていたが、メリハリがなく、全部平板にことが進む。
本当に作者はこの話を舞台にのせて、他人に見せたいのだろうか、と疑問に思った。前作をソフト化しなかったので、ソフトを作るために今回の上演をしているのではないのだろうか。
子供は俳優が出演せずに、小林のマイムと、チェロの音でその存在が表現されるのだが、まるで存在が見えなかった。
マジルの性格がまるでつかめないのも原因の一つだ。
初対面で、僕を食べるのと泣いておきながら、その数分後には、自力で出られる落とし穴にわざと落ちて、抱き上げてもらうことを期待する甘えっぷり、クラスの人気者で口が減らない頭も良さそうな子なのに、ウサギの捕まえ方を調べるのにネットすら使用しないで、「まちぼうけ」を差し出すナメっぷり、好き勝手に振る舞いながら、決してヨイチに拒否されないことを知っているあざとさは、子供というより、猫に見える。
小林のマイム自体はとても正確なものなので、彼の手が触れている部分は、例えば相手のの肩があったり、手があったりするのだろう、とわかるのだが、それに続く頭の部分が見えない。子供がヨイチの顔を見ているのか、うつむいているのか。どんな表情なのかもまるでわからなかった。
まあ、8歳の子供大の跳ね回る物体がそこにあるんだろうな、多分!
という程度(もしかしたら、マジルじゃなくてマカなのかもしれない)。

悪口ばっかり書くのも気が引けるので、良かったところも書く。
小林さんの舞台だから、もちろんマイムはきれいで、配色の妙もすばらしく、マフラーを巻いたヨイチが森の木の上で動かなくなるシーンは美しかった。あと、クレソン先生の歌のとこは面白かった。
後はまるで面白くなくて(クレソン先生の風邪薬のくだりは期待していただけに、流れが悪くて笑えなかったのはすごく残念だった)、まるで笑わなかった。

しかし、周囲の観客は大受けだった。小林さんが言うことなすこと大爆笑!なのだ。マジル(であろう8歳の子供大の空間)とヨイチの別れのシーンでは、鼻をすする音すら聞こえた。人より遅く成長する体質と唐突な別れの因果関係はまるでわからないし、愛するものが先に死んでしまうことを怖れていたら、猫なんて飼えないと思うのだが(マジルは8歳の子供大の猫なのかもしれない)。
まあ、それはともかく、小林さんが見られれば満足である観客が、今も一応劇場をそこそこ満たせるだけいるというのは、すごいことだなあ。
妙なことに感心しながら、劇場を後にして、中華街に中華まんを食べに走る俺だった。

次回、あまり深くない深読み編(ネタはあまりないです)
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by k_penguin | 2015-12-22 19:30 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(3)  

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Commented by なの at 2016-06-23 18:36 x
今更ですが失礼します。
私は2012年の頃にはまだラーメンズの存在を知らなかったので、2016年に初めてうるうを観劇しました。
そしてレビューというか、レポというか、を検索していたところ引っ掛かったので読ませていただきました。他の方や、こちらの過去のレビューなどをみさせて頂いていたのである程度の内容は知った上で観劇していました。とても共感できるところがいくつかありました。まず、マジルが見えない。そこにマジるが本当にいるのか分からなくなるような感じでした。同じ件をしつこいほどにやっていたのもまた、マジルがいないようにみえた原因のひとつなのかなと私は思いました。途中から、ヨイチではなく、「面白い事をやってる俺」に浸っている小林賢太郎に見えたからです。それが原因のひとつとして上がるのかなと思いました。
それから、みんなが爆笑してるところで私が真顔だったこと(笑)
正直なにがそんなに面白い?って思いながらみてるシーンがいくつかあってちょっと覚めました。(みている人の勝手ですが。)
長々拙い文章ですみませんでした。
またぜひ読ませていただきます!
Commented by k_penguin at 2016-06-23 23:07
なの さん、コメントありがとうございます
マジルについては、やっぱりパントマイムで表現するには複雑すぎたのではないかと思っています。
客としては、一人の人としてのマジルの心情はどうなのかを知りたいと思いますが、本人の言葉も表情もわからないのでは、食い足りないです。これが見えないと感じる原因の1つだと思いました。
>「面白い事をやってる俺」に浸っている小林賢太郎
 観客がさして面白くもないことで爆笑したりするから、小林さんが調子のって、こういうことになるんだ。と、ワタシが顔をしかめるところですね。こうなってくると、ますますお話に入り込めなくなって、マジルが見えなくなってきてしまいます。
劇場って謎ですね~。
小林賢太郎テレビの方が、他の客の反応を気にする必要がないので、ワタシは気楽です。

近いうちに、小林賢太郎テレビ8があって、それから、劇場の新作があります。
久しぶりに片桐さんを起用するようで、どういう位置づけにするのかなって興味持ってます。
なのさん、これからも当ブログをよろしくです
Commented by なの at 2016-06-27 13:14 x
お返事ありがとうございます。
ラーメンズや小林賢太郎作品を一緒に観にいく人もおらず、主さんと私は感覚が同じように感じるので一緒に観劇したいくらいです(笑)
高校演劇を始めてから、改めて舞台の難しさを実感しました。
万人からウケるのは難しいですね。
最近、小林賢太郎が掲げていたポリシー(言葉の使い方を間違えてたらすみません)というかなんというか、劇中に限らず守られていない気がしてすごく残念です。
カーテンコールではグッズの告知はしませんと書籍にもはっきり書き記していたにもかかわらず、うるうの終わりに映像まで流して絵本の告知をしていたり、「みている人に情報量の差をつけたくない」と言っていたのにKKTV8では「桶に関するー」をやっていたり。なんか昔の彼はどこに行ったのだろうと考えてしまします。
役の幅も昔の方が大きかったしなぁ。
なんて。
まあこれ以上のKKTVの感想はまた新たな記事が更新されてからにします(笑)
感想楽しみにしております。

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