LIVE POTSUNEN 2013『P+』   

2013年 07月 07日

小林賢太郎の、フランス、モナコ公演のための舞台『P』の日本凱旋公演、つか、リメイク。東京グローブ座にて。
元が日本語わからない人向けの作品だったので、比較的台詞が少ない。
その代わり、今までよりカラフルな仕上がりだし、エンタメ度は間違いなくここ数年のライブポツネンの中で1番の盛りだくさんだし、客の反応も良い。
最前列であったので、いろいろ細かいとこまで見ることができた。「んあえお」で声が遅れて聞こえるのが、音響でやっているのではなく、本当に発声しているのもわかった(それがわかるのもどうかと思うが)。
とにかく、これなら他人にお勧めできるな。特にカップルにお勧めできる。仮に相方が小林賢太郎を知らなかったとしても、KKTVを事前に見せておけばすんなり馴染むだろうし、毒にもならない薬にもならない、無難に楽しい90分(前回の『P』から30分も増えている)が過ごせる。8時半頃終わるから、その後1杯引っかけられるし。

でも、なんか嫌い。
それが終演後の正直な感想。とにかく徒労感に襲われて、ぐったりしてしまった。
90分が俺にとって長すぎたというのはある。1度に集中できるのは60分までだな、と、見ながら思ったし。ソフトであれば途中休憩を入れながら気楽に見られたと思う。
また、俺は元々、笑いたいがために小林さんの舞台を見に行くのではなく、深読みをしに行くのであるから、気軽に楽しむモードに入ってなくて、それでついて行けなかっただけかもしれない。

で、その深読みなんだけど、台詞が少ないせいもあって、今までで1番わかりやすかった。しかし、内容がほとんどないに等しかった。
作り方を変えたのかと最初思ったが、作品世界の整合性が緻密である点は変わってないので、変えてはいないようだ。

前回の『P』から、(彼にしては)大きく変わっていた。オープニングは映像作品になっていて、絵と実写の合成やプロジェクションが増え、虚構と現実を行き来することがテーマであることが明確になっていた。
彼の内部の世界と外の現実世界(「リアル」な世界というのが今風か)は劇場を通じてつながっている。舞台の彼から客席の彼に指令が飛び、客席の彼は舞台へ上がり、そしてお客様に彼の内部の世界をご紹介して反応を得る。こうして彼は今このライブを通して、外、そしてお客である皆さんとつながっているんです。
この永久機関のような構造はKKTV2でも示されていたし、すごく「小林賢太郎っぽい」わけだが、それが明確になっただけ、その薄ら寒い嘘くささも明確になってしまって、それが嫌なんだな、と今からすれば思う。

とにかく、『P』と比べて、引きこもり度が確実に上がった。
「シーッ」てやる作品では、しつこくかかってくる電話をついに水中に沈めてしまい、2度とかかってこないようにしてしまう。外とのつながりを自ら切ってしまったのだ。
客席を向いた「枠」が2つに減ったので、各々の担当が明確になった。小さい方の枠は雑に扱われていて、「シーッ」をやった後、下に乱暴に落とされる(最前列だったので、びくっとするほど音が大きかった)。これはいわゆる「外界」。
もう1つの枠、Pにおいては、「魅力があるけど怖いものがいる」ということしかわからなくて、解釈上説が分かれていたが、そっちの大きい扉の向こうは、「何か」がいて、やりあったり妥協したり、すると見せかけてやっぱりやり合ったりしている。そういうことをする相手は「例の奴」(ジョンとか○とかときどきによって変わるヤツ)しかいないので、そいつがいるということになる。
ちなみに「電話」は、家の中にありながら外の誰かの声を伝えるものであるから、彼と何らかの親しい関係にある者への気持ち、思いを意味する。そして「水の中」は彼の深層の精神世界を意味するので、電話を水中に沈めるというのは、忘れることにした、と言うことである。
 こういうことをやっておいて、当人は部屋の中でにたにたしながら本眺めている。しかもそれを客前でやって、笑いをとっているって。
これでもう取り返しがつかないくらい俺はどん引いてしまった。

そんなわけで、後は何やられても笑う気になれなくって、なんか嫌だなあって思うのだ。
それって考えすぎじゃね?と思う方であれば、楽しめると思う。




これ以降は、考えすぎたい方に。

劇場、そして今上演しているこのライブを通じて彼の内部の世界と客席の皆さんがつながっている。と、いう小林さんぽい理屈の欺瞞ていうのは、ライブのテーマがこの理屈の紹介でしかないというところにある。
今体験しているこのライブがまさにそうなんだ!
ということに何となく感動したりするのだが、これは合わせ鏡のようなもので、肝心の彼の内部の世界がどう外界を映しているのかを覗こうとすると、無限に鏡の枠が見えるだけ、ということになる。もちろんこの構造も今回のテーマに合致している。
 
この観点から興味深いのがカーテンコール。それは「本当に」客と向きあう場なのだから、本当に舞台を通じて外とつながっていることを大切にしているなら、カーテンコールこそがその関係が直接に出る場ということになるからだ。
実際今回のカーテンコールは緻密に仕掛けられていて、フリートークを装って「表彰式」をやり、おまけとして新作をやる、という盛りだくさんになっている。よっぽど余計なこと喋りたくないんだなーって思った。「表彰式」は客との関係性をテーマとした作品なので、ここでやるのが理にかなっている。嫌みではあるが。
「東海道五三次」は今回のツアー自体をテーマとしている。ツアー初日からこれをやっていれば、ちょっと引くけど。

後はメモ書き

枠がいっぱいの舞台美術は豊島で見た塩田千春 「遠い記憶」を思い出させる。

「例の奴」に完全に負けた、という感じがする。サービス精神が旺盛なのは、ある意味吹っ切れた、というか。
「マンガの奴」(「マンガさん」改題)などで、すごい走り回っていたりする様が、何となく「作らされている感」につながる。作らされているとしたら、多分「例の奴」に作らされている。

ポツネン氏の丸高帽(ボーラーハット)が赤に変わっている。赤い丸は今までも「大切な(人、ことへの)思い」のシンボルとして使われていた。一方丸高帽はポツネンのシンボルであるから、ここで両者が融合したことになる。

フライヤーについてのメモ
「海外旅行の思い出」風であるが、
そうであれば、四角形のチケットやタグなどはスクラップブックや、
せめて無地の背景の上に配置される。
背景が木目がはっきりしている板ということは、
見せたいのはむしろ、その「枠」部分であるということ。
なお、
ポスターはフライヤーと同じデザインではなく、
さらに多くのいろんな四角いものが配置されている。
ポスターの真ん中片を切り取ったのがフライヤーという感じ。


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by k_penguin | 2013-07-07 00:08 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(16)

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Commented by K☆SAKABE at 2013-07-08 19:10 x
penguinさん、お疲れ様です。

見良い作品ではありました。
カタログ(作品見本)としてなら、良くできていたと思います。
大阪の楽日だったので、細部はほとんど覚えていませんが。

>なんか嫌い。
解り易かったことは確か。
難解?な方程式から、掛け算九九になったみたいな。
でもそれが嫌。
「どこかで誰かが演ってることじゃないの?」的な思いに終始してしまった。
解んなくてもいいから、にっちもさっちもいかない物を外人に見せて見ろっつうの。
確かに小林の作品なんだけど、既成感が否めない。
パントマイムしかり、腹話術しかり・・・
隣の女の子が「いっこくどー???」って戸惑ってた。
軽く突っ込み入れた感じかもしれないですけどね。
Commented by k_penguin at 2013-07-08 21:41
SAKABEさん、お久しぶりです。

わかりやすいから嫌い、と言うと語弊がありますが、
つまり、
なぜわかりやすくなったかというと、彼の世界がものすごく小さくなってしまったからで、
で、なんで小さくなったのかというと、
彼を悩ませる「他人」を全部心から追い出してしまったからなわけで
そこが嫌いなんですね。
でも、
そこまで自己中になれば
ラーメンズも作れるんじゃないかと思います。
作品の中身はすかすかになるだろうけど、作るだけなら作れそう。

>「どこかで誰かが演ってることじゃないの?」的
あの人は
 ちょっとやってみたけど、僕、けっこうできるでしょ?
的スタンスを崩しませんね~。
そのスタンスでやる限り、「誰か」の技術は何回やっても自分の物にならないですが、
それで良いと思ってると思います。
Commented by 鼻風邪 at 2013-07-11 09:02 x
初めまして。
いつもROM専なのですが、気になった点があったのでコメントします。

しーっの枠のことです
小さい方の枠を乱雑に扱ったということでしたが
大阪で見た時は、小さい方の枠は使うとき上からするするーっとおりてきて、使い終わるとするするーっと上がっていった記憶があります。

枠を乱雑に扱った印象がなかったので、ちょっとびっくりしました。
やっぱり同じ舞台でも色々変わっていくんですね。
Commented by k_penguin at 2013-07-11 20:12
鼻風邪さん、情報ありがとうございます。
上から降りてくるというのは初めて聞きました。

大きい方の枠は、降りてこないで
舞台上においてあるんですよね?
小さい枠は大きい枠と異なり
 必要なときだけあれば良くて、あとはいらない
と考えられているのかも。
 いろいろ試行錯誤しているんですね。
Commented by k_penguin at 2013-08-02 23:52
タイトルだけで言うのもアレだが、
KKPの新作はほんとにつまんなそうだぞ。
Commented by アンフィート at 2013-08-04 11:06 x
はじめまして。
前々からこのブログを拝見させて頂いておりました。
P+の公演が全て終了したあとのホームページでのメッセージに、「大切な作品になります」みたいなことが書かれてましたが、小林賢太郎にとっての大切なことって、何だと思いますか?
小林賢太郎は今、何を考えて、これからどうしたいのでしょうか?
私はグローブ座でのP+を観たのですが、「しーっ」のネタで、彼が電話を水没させた時泣きたくなる位に悲しかったです。Pでは「しーっ!」と拒否するだけだったのに。
笑えませんでした。
Commented by k_penguin at 2013-08-04 12:46
アンフィートさん、コメントありがとうございます。

電話を水没させたのは、私もすごく嫌でした。背筋が凍りました。
電話が嫌なら、1回目かかってきた時点で、線を抜けば良いんですよ。携帯なら電源切れば良いだけだし、それくらい、みんなしていることです。
それをしないで、逃げる電話を苦労して追いかけて、
やっと受話器を取ったあげくの「しーっ」ならまだかわい気があるんですけど、
水に放り込むのは悪意を感じます。
ただうるさいから電話が嫌なのではなく、その電話は自分に都合の悪いことを告げるものなんだということがわかります。

>「大切な作品になります」
 あの人、新作のたびにそういうこと言いますから、あまり当てにしていません。
チャップリンは あなたの最高傑作は?ときかれる度、次回作だ と答えていたそうですが、
それと似たようなものではないでしょうか。
これを、常に挑戦する心構えだと言ってるCMがありますが、
自分のコメントなんて次回作のための宣伝でしかなく、誰も本気で聞きたいと思っていない、
という意味だと私は思います。
Commented by k_penguin at 2013-08-04 12:48
小林賢太郎にとっての大切なことって、新作を作ることなんだと思いますよ。
表現したいことがあって作るのではなく、作るために作るのです。
当面不安にならないですみますからね。
一応、ラーメンズ再開という大義名分もあるし。
Commented by アンフィート at 2013-08-04 17:28 x
お返事ありがとうございました。
なるほど、確かにただの宣伝文句なのかもしれませんね。

作るために作るって、なんだかとても無機質な感じがしますが、そうしないと心のバランスがとれないと云うか、やはり寂しいんでしょうか…
Commented by k_penguin at 2013-08-04 18:29
寂しいのは寂しかろうと思いますが、
自分で電話を水に放り込んでおいて、寂しがられても
って気がします。

寂しさの原因も彼が作ってるんですよね。
Commented by K☆SAKABE at 2013-08-23 01:12 x
>KKPの新作はほんとにつまんなそうだぞ。
あ、やっぱり・・・

7月22日のコメント。
アンケートの質問に答えてる体のようですけど、あれってどうなんでしょう?
Commented by k_penguin at 2013-08-24 00:56
7月22日のコメント
ワタシの感想は
 マジで寂しいんだなw
です。

お客様の生の反応を大切にしてるだけだ
とか反論されそうですが、
でも、答える質問は、以前から言っていることばかりですよね。

答えたいことだけ答え、後は聞いてないふりする
ってとこが、
アンケート相手におしゃべりしてるような感じで、
P+の引きこもってるお屋敷の中でアンケートとおしゃべりするポツネン氏
のイメージがわいて出て、
で、
マジで寂しいんだなw
って思いました。

内容的なことですが、
差し入れで困るものは何かという質問に対し
(なぜか欲しいものは何か、という質問ではない)
僕はカロリー計算しているとか、手に負担をかけたくないとか、
自分の都合だけ語ってるところがバニーでした。
差し入れをする方は、よっぽどお子様でない限り、
小林さん1人だけが差し入れをがつがつ食べるなんて思いません。
スタッフみんながいただくものと考えます。
他のスタッフがどう思っているかについて一言もなく
自分が差し入れ欲しくないということだけ言われても
完全な答えにはならないと思います。

まー、だから、
こういうことになっちゃうんだけどね。
Commented by K☆SAKABE at 2013-08-24 19:43 x
質問も脚色なんでしょうか?
演者が客に気を利かせてるわけでもない解答のようです。
高校演劇の件は個人的には奇異にうつりました。
Commented by k_penguin at 2013-08-24 22:17
以前だったら、
質問も作ったものじゃないか、とか脚色じゃないか、
と、ワタシも考えました。
でも、最近は
 どちらでも同じなんじゃないか、
という気がします。

高校演劇の件が奇異に映るのは、
質問に対する答えになってないような感じがするからだと思うんですが
(だから質問も脚色のような感じがするのですが)
実際に質問されても、小林さんは同じように答えると思います
(「劇作解体新書」もそんな感じでした)
 彼は言いたいことをいうだけで、質問者の趣旨や意図とかあまり配慮しません。
外タレと似た感じ。

似ているけど違う趣旨の質問に対し、自分の都合の良い答えをすること
実際にあった質問を取捨選択し、編集する過程で自分の都合の良いようにすること
自分に都合の良い質問を創作すること
程度の差はありますが、どれも
 質疑応答形式で小林さんが言いたい独り言を言う
という作品を作るという点には変わりないと思います。
Commented by k_penguin at 2014-02-20 00:12
公式HPに、小林さんによるP+の作品解説が発表されました。
その内容よりも、本人が解説をしたという点が珍しいので、メモ代わりにここに書いておきます。

いままで小林さんは、舞台から客に伝えたいアピールはすごくするくせに、自分の作品解説はほとんどしませんでした。
パフォーマンス以外の手段でテーマを伝えることを好まなかったのは、言葉というツールに対する不信感が根っこにあるものと私は考えています。
でも、今回は言葉を使っています。
取材をした方が、長年のつきあいがある方だという、我々にとってどうでも良いことが、
重要そうにstaff notesに記載されているのも面白かったです。
つまりそれは、
信頼できる筋の取材(メモ?)だから、本人の意図を正確に伝えている言葉だよ、という意味で、
裏を返せば、、
普通の取材だと、本人の意図を正確に伝えないかもしれない。ということです。
普通の取材って、本人が言ったことの書き起こしが基本だから、
普通の取材ではダメということは、本人の意図は言葉で明示されていない、と言うことです。
核心部分は、今まで通り言葉は使わないけど、
なるべく広く伝えたいから妥協して言葉による解説をしたわけです。
Commented by k_penguin at 2014-02-20 00:14
ワタシはP+を、
自閉したまま旅をする作品。だと思っていますが、
そのことを、彼が
HPを通じて不特定多数(特定の人でなく)に伝えたいと思ったということが
面白いと思ってます。

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