アノニマス・ライフ 名を明かさない生命

ICCにて。
人間と無機物の境界をテーマにした展覧会。
ニンゲン側からアプローチしたものは、昔のやなぎみわの、制服嬢達の群像写真や、コスプレのスプツニ子!、義足を着替えて変身するパフォーマーの方のTEDでの弁論、そして、整形を繰り返し、その際切り取った肉体の一部から作品を作るオルランなど、身体張ってる方々。
無機物側からは、アンドロイド、リプリーQ2と美容師さんとの会話のパフォーマンス、CGの女性がただずーっとこっち見てる、《アエウム》など。
リプリーQ2は、写真で見るとさしてリアルに出来てないように思えるが、実物を見ていると、息遣いや身体の微妙な傾きが妙にリアルで、不意にこっちを振り向くんじゃないかと、ぞっとするくらい。美容師さんとの会話も、美容院での、「多少かみ合ってなくても、その場が会話でうまればいいや」的特徴を踏まえれば十分成立する範囲。美容院という設定が秀逸。

 以前3DCGで人間の動画を作ったときに思ったのだが、
じっと動かないシーンで、生きてるかのようなリアルさを出すのってビミョーな難しさがある。動いてるうちは何とかなっているのだが、静止画で代替できそうな動かないシーンでは急にお人形のように見えてしまったりするのだ。
お人形に生気を漂わすにも、動かすことしかこちらは手段を持っていないので、瞬きや呼吸時の肩の上下の動きを加えるわけだが、それもなんだかわざとらしいのだ。
生身の人間の動画を見るときは、普通の状態では瞬きや呼吸による動きが気になることはないのに、3Dの場合は妙に気になったりする。

しかしそれは、もしかして”生きてる様に見せる=動かす”っていう先入観がこちらにあるからで、そんなこと気にしない純粋のお客さんには気にならないのかもしれない。
「生き生きとした女の子」の静止画をその女の子の動画の間に挟むと、どうしても「固まって」見える。それは見る側が「動いている状態」になれてしまっているからで、「生きてる」と感じることは見る側の問題でもあるのだ。
お人形を見るとき無意識のうちにその中に自分自身を見ているのかもしれない。

などとしみじみ考えながら見た。

並行して開催中の
「オープンスペース2012」展については既に記事書いたけど、
前行ったときは見られなかった無響室の《moids 2.2.1――創発する音響構造》が体験できて良かった。

500円(HP上の割引券で400円)でこれだけ体験できるのは、お得だなあ。
と、ICCに行く度にしみじみ思う。
まあ、単に自分の好みに合ってるというだけなんだろうけどね。
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by k_penguin | 2013-02-09 17:50 | エンタ系 | Trackback | Comments(0)
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