『うるう』 01-2 コメント用

『うるう』の記事のコメント数が100を超えたので、新しいエントリを立ててみました。
『うるう』の記事は現在3つあって、住み分けはワタシもよく分かってません。
各記事に対する感想はその記事のコメント欄に付けるなど、コメントする方がふさわしいと判断する記事を使ってください。
どこに付けたらいいかわかんない場合や、『うるう』四方山話はここに付けてください。

で、ついでにコメント欄でちょっと言及した
「まじるとよいちの再会」が話のゴールと設定されているから、まじるの年がよいちをすぐに追い越すとしても、そこで終わりでよい。
ということについて、少し詳しく述べようと思います。

何をもって話のゴールとするかはその話が何の話かによる。
A君が好きな女性が居るとする。
それが「恋バナ」ならおつきあいが話のゴール。
も少しリアルな「結婚話」なら結婚がゴール。
本当の人生だったら、ゴールは無い。これが「お話」と現実の違うとこ。

では『うるう』は何の話か。
友情の話であれば、友情が確認された段階がゴール。
不幸な男の話だったら、不幸の種が取り除かれた段階がゴール。

公式HPの言葉からすればこれは友情の話だから、40年後にまじるが来てくれた段階でゴール。
しかし、話の中であまりにヨイチの不幸がアピールされすぎたため、観客が「不幸な男の話」と認識してしまう。
だからまじるが来ただけでは納得しない。
(おそらくよいちの体質を治す特効薬を手みやげにしていればOKだろう)




ミクニ ちょこっとオアシスプラス グリーン U502-02

仕事場で見かけて、ヨイチの野菜に似ていると思ったから載せてみました。
加湿効果があるかどうかはよくわかんない。
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by k_penguin | 2012-01-15 16:10 | エンタ系 | Trackback | Comments(98)  

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Commented by ぽんたろう at 2012-01-15 18:38 x
しつこくコメしてスミマセン。
どうでもいいことなんですが、『The SPOT』の「うるうびと」
では、こよみも閏日生まれだったんですね。
『うるう』でもそうでしたっけ?
Commented by k_penguin at 2012-01-15 20:46
…記憶に自信ないけど、確か、違ったと思います。
誕生日の話自体してなかったような気が。

そういえば、ヨイチって、カタカナ表記でしたっけか?
何となくひらがなだと思いこんでたけど。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-16 20:58 x
名前って表記されましたっけ?
ひらがなの方がぽいと思いますが。

だいぶ記憶が薄れてて、銀河で観ても
グローブ座との違いが分からないかも
しれません(^_^;)
Commented by k_penguin at 2012-01-16 21:57
ヨイチの体質の由来がスクリーンで説明されるところに名前が出てました。
 なんだかトイチみたいで嫌だなあ。
と思った記憶があるので、
カタカナ表記だったのを自分の中で
ひらがな表記に変換しちゃったんだろうと思います。

ちなみに、マジルとコヨミさんは名前の表記はなかったと思います。
Commented by k_penguin at 2012-01-21 01:46
「麦」及びコヨミさんについての深読みメモ

「うるう人」では曲がりなりにも同じ2月29日生まれで、
「一見同じ人種だと思ったが実は違った」という話なのだが、
今回はそもそもこよみさんはよいちがスケッチした大勢の「余らない人たち」の1人として登場する。もう最初から違う人種なのだ。

あれまあ。じゃ、ラーメンズはどうするの?

本来ラーメンズは「みんなとは違う人種(人でなくても可)である2人」のやりとりであった。
しかし、事態がこうなった以上、相手が誰であってもラーメンズが成立するようにしなくてはならない。
ここで「麦」が登場する。
「うるう」は誰とでもラーメンズを成立させるよう、心を準備する場でもあるわけだ。
んで、「麦」をしゅっとした長身の人にかぶせたわけ。

あと、お話的にはコヨミさんのくだりは不要な挿話であることに注意。
こよみさんを出すストーリー上の必要性って、別にない。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-21 14:24 x
頭グツグツして少しオヤスミしてましたw
コヨミ(私もカタカナ表記に)の存在、ちょい気になってたんです。
「うるうびと」の“コヨミ”は閏日生まれだから、出会う必然性があるけど
『うるう』のコヨミは普通の人で、そんならコヨミに限らんやん!と。
冷麦のピンクと緑やないやないの!と。

そうか・・・誰でもいいということを表してたですか・・・
これ、劇作で言ってた「ラーメンズのマスターピース化」ですね。
は〜〜。もう片桐さんとやることないのかな〜。
向こうはまだまだやる気あるのに〜。
(@大竹まことゴールデンラジオ1/10)
Commented by k_penguin at 2012-01-21 14:30
「ラーメンズのマスターピース化」
そうみたいですね。
ワタシなんか、
そんな無理してまでラーメンズやんなくてもいーじゃん。誰とでも成立するラーメンズなんてラーメンズじゃねえし。
て思うんですけどね。

シティボーイズはほんと元気ですよねー。
あの年で舞台の上でバカな衣装着て満面の笑顔を見せてくれると
ほんとーに癒やされます。

コヨミさんについては今までほとんど存在忘れていて、
ぽんたろうさんのコメントでやっと思い出しました。
麦もコメント欄でヒントを得たし、
皆様に助けて頂いております(-∧-;)アリガタヤ

ぽんたろうさんのモヤモヤの成果はどんな具合ですか?
Commented by ぽんたろう at 2012-01-21 16:55 x
あのおじいちゃんたちは、なんと言うかもう出来不出来は関係ない
境地に立ちつつありますねw
本当に、楽しそうに舞台に立っている姿を見ているだけで幸せです。

マスターピース化なんて考えるぐらいなら、いっそやめちまえ!
私もそう思います。期待を裏切りたくないのか知りませんが、
二人でやる気がないならハッキリ言ってほしいです。
匂わせたから汲み取ってね、みたいの、ちょっとイラつくです(ーー;)

モヤモヤはどうにもこうにもなっていないのですが、他のブログを
見てても、皆さん結構モヤってらしてホッとしてますw
いくつかの象徴的な事物にちゃんと意味があってほしい、ヨイチと
マジルの友情物語としてちゃんと感動したい、という希望はいまだ
捨てきれずにおりますが、そろそろ諦めどきかしら〜ともw
で、次回に向けて、tomocoさんが仰っていたように音と色と質感に
集中し、ストーリーを添え物として観られるための作戦を考え中。
いちばん手軽なのは一杯引っかけてから観ることかな〜とw
(寝ちゃったりしてw)
Commented by k_penguin at 2012-01-21 21:49
小林さんの作品がモヤるのは今に始まったことではないので、
きれいな作品であれば、もうそれだけで皆さん満足するのかと思っていたのですが、
そうでもないようですね。

ヨイチとマジルの友情物語として考えてみると、致命的なのは
友情が感じられない点ですね。
ヨイチがマジルを好きなのはわかるけど、マジルの方はどう思っているのかよく分からない。
2人の心が通じ合ってる、と感じられるシーンが1つもない。
「待ちぼうけ」の楽譜だって、マジルとしては思いつきで持ってきただけですしね。

友情を感じさせたいのであれば、マジルの独白、もしくはヨイチ以外の人との会話で本心を語ること、が必要だと思います。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-21 22:34 x
>マジルの独白、もしくはヨイチ以外の人との会話

そうなんです!
全てをヨイチに語らせなくてもよかったのに。
呉村先生やマジルの同級生たちにはなったのに、
なぜマジルを演じなかったのでしょうか?
Commented by k_penguin at 2012-01-21 23:05
マジルは青弦さん(のチェロ)が担当だから…じゃないですかね?

ワタシの説からはマジルの心情って不要なので、
あんまりその辺追求してないのですが・・・。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-22 00:04 x
マジルのセリフがヨイチのおうむ返しで表わされる
ところが興ざめ、と言っている方もいて。
あの説明的な返しは、確かに邪魔くさかったです。
Commented by k_penguin at 2012-01-22 00:46
確かに。
実質1人芝居である以上、仕方ないことなんですけどね。
でもおかけでマジルの人となりがますます見えにくい。

ワタシの説からすれば、親父が息子の話しているわけですから正確な描写って不要で、
多少不自然なほど人気者だったり、出来が良すぎたりしても、
 はっはっはw親馬鹿だなあw
で、流せるんです。

そのかわりそれを友情の話に仕立てることで逆に
あくまでも友達になりたかった、という理屈の嘘がぼろぼろ出てきて、
 なんだか悲しい人だなあ。
なんて思います。

キャベツに内臓を仕込んでおいてから、それを切って内臓があるみたいに見せる。
「キャベツに内臓なんか無いのに」ね。
小林さんは「キャベツの内臓」を信じて欲しいのです。
なかったとしても友情が成立したことにしといて欲しい。
そうじゃないといたたまれない。
Commented by maya at 2012-01-22 17:36 x
はじめまして。うるうの公演みました。
ちょっと過去のブログを見たりして、ある考えの
つじつまが少しあっているため、送ってみます。
話ちがい、かつ、過剰な話でしたらすみません。

最近の作品、TEXTをはじめとして、別の誰かに作品
・メッセージとして残しているように見えました。
もちろんお客様に残すのは当然ですが、別ベクトルに
子供(息子か娘)がいるように感じて仕方ないです。
顕著にでてるのは今回のうるうと、TRIUMPH。
もちろんちょこちょこほかの作品にもそういうのをにおわすのは多かったのですが、作品の流れ自体が
子供に合わせて成長している気がしました。
それに今回の深読みに加えて、もしかしてと思いました。なんだか変な考えを押し付けてしまってすみません
Commented by k_penguin at 2012-01-22 18:00
mayaさん、コメントありがとうございます。

子供(おそらく息子)が居るのではないか、というのは、
うちのブログ内では全然変な考えではありません。
…あくまでもうちのブログ内での話ですが。

過去記事のどっかのコメント欄に書いたのですが、
ワタシとしては、作品の流れから2000年頃に生まれたものと推測しています。
最初に子供を意識しているのではないかと考えたのはmaru○です。
ただそれらは、子供と遊んでいるうちにヒントを得た作品、であって、
とくに息子に向けたメッセージではないと思います。
TEXTの50音図もそうです。
でも、ワタシはTRIUMPHに関しては特に感じませんでした。
むしろDROPの「サウンドノベル」の方にメッセージ性を感じます。

今回のうるうは特別ですね。
多分、一区切りつける必要が生じたんだろうと思います。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-22 21:06 x
横入りすみません。
小林さんは父親になっていないのではないでしょうか。
『大泉ワンマンショー』パンフレットでの大泉洋との対談を読む限り、の話ですが。
(あれがフェイクとしたら、もう何も信じられないw)
Commented by k_penguin at 2012-01-22 21:51
対談は読んでいないので、何とも言えません。
ワタシは作品を見るだけで、そして作品から読めるのは客観的事実ではなく、主観的に認識された事実だけです。
(そのためお話がモヤるわけです)

TRIUMPHから、現在は父親ではないと認識しているらしい。
とは思っています。
そう解すると、うるうとも整合性はとれます。
対談で、過去にも父親だったことはない、と言ったのであれば、
多分ワタシの推測が間違っているんだと思います。
Commented by 滝森 at 2012-01-22 22:57 x
k_penguinさん、はじめまして。ブログ、いつも興味深く拝読しております。
うるうを観劇し、「感動した〜」「泣いちゃった」という周囲の感想にいまいちピンと来ず、こちらのブログの読み替え版うるうを読んで「それなら合点がいく」ととても参考になりました。

その上で個人的に引っかかったことがありましたのでコメント致します。
うるうの中でいろいろとモヤモヤや矛盾は感じたのですが、その中でもヨイチに自殺の選択肢がなかったことが気になりまして。
ヨイチとマジルが親子であり、父親が息子と離れるという設定が、ラーメンズ「雀」における動物マニアの片桐と被るように感じたのです。彼も、「結局自分は特別じゃない。誰にも相手されない」と嘆いていますし。
Commented by (つづき) at 2012-01-22 22:58 x
そしてその中で「自殺」をほのめかしていたのに(というか単語自体をはっきりと口にしていたのに)ヨイチの頭にちらっともよぎらなかったのは何でなのかなあ、と。
「ヨイチ、いっそ死んでしまえ!」と思った訳ではないです。「考えたけど踏みとどまった」ような感じなら納得いくのに、不死でもないくせに何で命を絶つ考えは浮かばないのかなあ…と思ったんです。きっかけはいくらでもありそうですし。
童話には相応しくないからなのでしょうか。

でも精神年齢の発達が肉体年齢の4分の1の速度なら何とか飲み込めるような気もします。

何だかまとまりのない文章、失礼致しました。「今その話は関係ない。的外れ」とバッサリ斬っていただければそれはそれですっきりです。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-22 23:31 x
>過去にも父親だったことはない
そういう直接的な話ではなかったです。
子どもが産まれた大泉さんが、小林さんから
「自分の知らない遠いところへ行ってしまった」
と言われた、と話していました。
「もう友達にはなれない(笑)」みたいなことも。
いま手元にパンフがないため、正確な文言を記す
ことができませんで、申し訳ありません。

『うるう』親子Vers.は、そういう「お話」として
受け入れることは全く難くないのですが、対談を
読んだときの印象が強くあるために、実際の小林
さんと息子の話として受け止めるには少々抵抗が
ありまして・・・
Commented by k_penguin at 2012-01-23 00:21
滝森さん、コメントありがとうございます。
読み替え版がお役に立てたようで、嬉しいです。

自殺の選択肢
あー、言われてみれば、そうですね。
指摘されるまでワタシもその選択肢を考えてませんでした。

ただ「雀」の<片桐>も、自殺しなさそうなキャラのように感じます。
「現実の世界って全然つまんない」とかいいつつ、しつこくバードコールで「楽しい嘘の世界」を作って、唯一の友達に相手にしてもらうわけですよね。
結構強い人です。
あの話での「自殺」の使い方って、自殺を考えるというより、
 ひとりぽっちで元気のない自分に自殺の心配をしてくれる友達って、ありがたいよね。
という文脈のように思います。

ヨイチの自殺の選択肢は…なぜ考えなかったのか、自分でも分からないなあ…。
ただ、「40年後」って示されたとき
 大人になるのを待つ気なのか。そうやって生き延びる気なのか。
って、思いました。
タビュレーティングマシンで余らない方法を探すことにせよ、とにかくあの人は
ずっと「生き延びる方法」のみを探しているように感じます。
Commented by k_penguin at 2012-01-23 00:30
ぽんたろうさん
いや、「うるう」は「うるう」。
小林さんは小林さんです。
そういうことにしといて下さい。

小林さんに息子がいるとは以前から推測していることなので、
それは別にいいんですが、
それ以上のことはワタシはまだ何も言ってませんよ。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-23 00:34 x
それならよかったです(^-^)
作家本人と切り離して楽しめる作品が
私の理想なのですが、小林作品はそう
いかないことをここで学ばせていただ
いていますので、『うるう』親子Vers.
の捉え方に迷いがあったのでした。
Commented by k_penguin at 2012-01-23 11:51
 (やれやれ。こういうややこしいことになるのも、
  馬鹿兎が分けわかんない話を書くからだよ…)
ε- ( ̄、 ̄A) フゥー .。oO
Commented by ぽんたろう at 2012-01-23 13:03 x
馬鹿兎!w

この物分かりの悪さ、我ながらイヤになります。
本当にすみませんです・・・f(- -;;
Commented by k_penguin at 2012-01-23 20:27
馬鹿兎の「馬鹿」はもちろん「まか」と読むんですね。
待ちぼうけ~♪

遅れましたが、
大泉さんとの対談の大意、ありがとうございました。
深読み的には面白いです。
Commented by 滝森 at 2012-01-23 22:25 x
こんばんは。お返事ありがとうございます。
「結構強い人」の表現につい笑ってしまいました(すみません)。自分は、まさにうるうのアンケートにも「ヨイチはかなり精神が強いんですね」と書いてしまったもので。
何となくですが、k_penguinさんのコメントを読んでそもそもその選択肢はないんだろうな、と感じることができました。
誰しも「もう死んでしまいたい」と思うことはあっても、それはイコール「さあ自殺しよう」ではないんですよね。一般的に。
何だか変なコメントを書き込んでしまってすみませんでした。
Commented by 滝森 at 2012-01-23 22:25 x
「変」ついでにもう一つ。記事の、
>美しくて寂しくてついでに切ないような感じでほろり。クスリもあるよ!
>で、結論から言えば、予想通りだった。
の表記がダブルミーニングになっていてにやりとしました。
確かにありましたよね、葛根湯とかドクダミとか。

長々と申し訳ありません。最後に、話題にのぼっている『大泉ワンマンショー』パンフレット 対談より該当部分を抜粋致します。何かのお役に立てば幸いです。
Commented by 対談抜粋1 at 2012-01-23 22:26 x
小林(以下小):そういえば『ベッジ・パードン』の前には、三谷さんのドラマにも出てらっしゃいましたよね。
大泉(以下大):「わが家の歴史」ですね。
小:そうそう。あれを観たときは、「ああ、行っちゃったな」と思いましたね。
大:ハハハハ!
小:大泉洋という男を「水曜どうでしょう」で見てたときは、「この人といつか知り合って、あわよくば一緒に仕事ができたら楽しいだろうな」と思ってたんです。「誕生日も近いし、いい友だちになれるんじゃないかな」って。それが三谷幸喜さんといったら、僕らの世代で劇場で仕事してる人にとっては神様ですから。演劇界の手塚治虫であり、王・長嶋でしょ。そんな人と仕事をしたとなったら、それはもう残念だけど、向こうの世界に行ってしまったんだなと……。
Commented by 対談抜粋2 at 2012-01-23 22:27 x
大:ハハハハ。同じことを、子どもが生まれたときにも言ってましたよ。
小:そうだった(笑)。
大:「ついに君は、僕たちが決して計り知れぬそちら側に行ってしまったか」「君とはいい友だちになれると思ってたのに」って。ククク。
小:そう……考えてみたら、順風満帆じゃないか君は!!
大:ハハハハ。何を急にやさぐれてるんですか。
Commented by k_penguin at 2012-01-23 22:59
滝森さん
おお!いろいろありがとうございます。
>葛根湯とかドクダミとか
 ダブルミーニングというより、親父ギャグですね。
書いてから気がついた、程度のものですよ~

対談
おやまあ、楽しそうじゃないですか。
いいですね。
件の言葉は小林さんが言ったんじゃなくて、大泉さんの伝聞ですか。
面白いです。ありがとうございます。

滝森さんの疑問にはちゃんとこたえられませんでしたが、
また何か思いついたらコメント下さい。
Commented by ぽんたろう at 2012-01-24 12:18 x
>滝森さま
抜粋、ありがとうございました。

大泉さんのおおらかさあっての、この対談ですね。
残念ながらワンマンショーは観られなかったのですが、
対談が読みたくてパンフだけ買いに行きました。
Commented by k_penguin at 2012-01-26 21:11
マジルの心情の描写がないこと及び「余り1」について。メモ。
「友情」を通常の意味で理解すると、
「余り1」の件は話を理解する上でのノイズになってしまう。
友情話と関係するのは体質の問題であって、それはもう治しようのないものである。
それに対し「余り1」は組み体操の時組む相手がいないとか、そーゆー「あるあるネタ」レベルの話としてなされている。(この点「うるうびと」と違う)
両者は主張のレベルが違う。
つまり体質を変えなくても「余らない」状態になることは可能なのである。

ヨイチ(そして小林さん)の主張のメインは「余りたくない」であって、その前提として「余り1」状態が説明されているに過ぎない。
そしてタビュレーティングマシンが余らない方法を探すための機械であることからして、カウントが0から1になることは、「余らない」状態になったことを意味する。
つまりこの場合、友情とは単純に「余らない」ことを指す、と考えなければならない。
このように考えれば、マジルの心情の描写が一切ないこともうなずける。

「うるう」は「キャベツを割ったら内臓が出てきた」話であるから、
この結論でよいと思う。
Commented by くろ at 2012-02-03 16:11 x
はじめまして、くろと申します。
昨日、仙台公演を見てきました。
いつも小林さんの公演を見たらこちらにおじゃましています。
今回もたくさんの深読みありがとうございます。
じつはいつも小林さんの公演だけでは自分の思考がついていけず
こちらのブログで補完して、反芻させていただいてることがたくさんあります。
これからも陰ながら応援しております。

「よいちの精神年齢は真の年齢の4分の1である」という説、とても納得しました。
確かに、ヨイチには154年生きてる「深み」が感じられないんですよね。
自殺という選択肢、父親を憎むという選択肢が出てこないのにもそれを感じます。

それともうひとつ、私が気になったことがあります。
ヨイチが感じている孤独に近い感情。
犬も、人の4倍年を取ります。
最初の1年で成熟し、そのあとは人間でいうと1年で4歳ぶん成長していきます。
偶然かもしれませんが、そのあたりもなにかの暗示なのかなぁと思います。
犬を飼ってる身としては、愛犬が我が家にやってきて、すくすく育って、そして、老いていくようすを間近に見ているので…
Commented by くろ at 2012-02-03 16:11 x

つらつらと思うままに書いてしまってすみませんでした。
これからも楽しみにしています。
ちなみに仙台公演は大雪でした。こんなに降ったのは久しぶりです。
交通機関も乱れて、遅れてきた方もちらほらいました。
小林さんは「遅れてきた人たちが見えて、あらすじを説明したいんだけどそういうわけにもいかないから、見れなかったところも伝わるように一生懸命演じました」っておっしゃってました。
Commented by k_penguin at 2012-02-03 22:06
くろさん初めまして。コメントありがとうございます。
当ブログがお役に立てたようで、嬉しいです。

>154年生きてる「深み」が感じられない
 このての設定として私が思い出すのは高橋留美子の人魚シリーズです。
あれに見られる様な凄味もうるうにはないですね。
指摘されたように、ほんとに154年生きてるなら1度くらい自殺を考えても良さそうなものなのにまったく言及がないというのも、おかしな話です。
やはりあの「4年に1歳」という設定を額面通りにとってはいけないのではないかと思います。

>父親を憎むという選択肢
 それは、小林さん的な「禁じ手」ではないかな。
と思ってます。個人的にですけど。
だからといって作中の人物である「ヨイチ」にも禁じ手にすること無いんですけどね。

仙台は大雪だったんですか。
今年の冬はほんとに寒いですねえ。
小林さんも身体をこわさないようにしてもらいたいものです。
Commented by k_penguin at 2012-02-06 23:37
メモ。
小林さんの作品にはテーマはない。
でも、中身はある。
あんなに一所懸命にやり続ける作品に何の意味もないということはあり得ない。
作品の構造自体に「心」はある。
心はあるけどテーマはない。

客は「構造」内で楽しめばそれでよい。
キャベツの内臓は小林賢太郎の内臓というだけの意味しかないし
それは私たちとは何の関わりもなく、
また、関わって欲しくないと小林さんも思っているし。

 と、いうことを
ちゃんとわかりやすく説明したいのだが、
できてない。
Commented by k_penguin at 2012-02-08 23:15
「内臓」について、よく分からないとの意見をいただいております。
以前、別の話題で自分が「内臓」に言及した文を見つけました。
06年のものだからもちろんSPOTよりも前です。
長いのを短くしたのですがまだ長いのですが
とりあえずコメ欄に貼ります。後で記事にまとめるかもです。
なお、ここに言う「言葉の檻」については、
「檻の内外」http://shiropenk.exblog.jp/3548016


表現者としては、「分からないけど面白い」と言ってもらえる状態がベストです。
「通じ合っていない。なのに通じ合った気がする」状態です。
この状態は、言葉の縛りがない(だから分からない、通じ合っていない)にもかかわらず表現者の意図通りの結果が起きている(だから通じている)からです。
言葉の檻の外の空気をちょっと吸った気分、かな。

作品として確実なのが「分かるし面白い」ものです。
作り方もある程度パターン化できます。
しかしリスクを伴うにせよ、「分からないけど面白い」が表現者を引きつける魅力は大したものです。
「檻の外」の表現には魅力があるのです。
特に、口には出せない思いを抱えているお方にはね。
Commented by k_penguin at 2012-02-08 23:18
しかし、「分からないけど面白い」のリスクは
意図した効果を生じない、つまり、面白くない、受けないだけではなかった。
意図した以上に伝わってしまう、と、いうことが起こる場合がある。
伝達時に言葉で枠をはめなかったためです。
それは伝わったのではなくて、勝手にあなたが伝わったと思っただけではないのですかと問われて、否定する言葉はありません。
伝達の事実は証明できないから。
しかし、いきなり相手の内臓を見てしまったような恐怖は確かにその表現からもたらされたものでした。

「檻の外」のコミュニケーションとは、表現手段による縛りのないコミュニケーション、つまり、究極的には「同一人物になる」ことです。
檻の外に出ることは不可能で、人は他人になれない。
しかし、なってしまうかのような恐怖なら与えることができる。
そして、「同一人物になった」のか「なったと思った」だけなのかの区別はつかないのです。
伝達の事実は証明できないから。
リクツで言えばこうなりますが、
まあ、一言でいえば「言葉で言えないほど怖い」のです。
Commented by k_penguin at 2012-02-08 23:23
「分らないけど面白い」ものは、受けるかどうかがかなり風任せ人任せです。
相手と風向きによって、同じ表現がまるで面白くないと受け取られることもあるし、逆にこういうこともたまさか起きてしまう、ということでしょう。
でも、そーゆーことって、万に一つでも起こしちゃいけない、と思います。
受け手を苦しませるようなもの作るくらいなら何も作らない方がましだと、
心から私は思います。
- 引用以上

えーと、つまり内臓って、
表現手段による制約がされない心の原初の状態
ですかね。
軽い言い方すると、
心の天気模様って言うような、うつろう心そのものっていうか。
Commented by tomoco at 2012-02-09 00:05 x
銀河劇場初日に行ってきました。
B列下手側という座席だったので、あまりストーリーに入り込めないまま
終わってしまいました。泣くのは次回にとっておきます。
かなりの割合で目の前にヨイチさんがいるので、まさに木を見て森を見ず状態(笑)
だって、すごく大変そうなんだもの・・・。
大阪楽日までどうかご無事でと思います。

グローブ座から比べると、ヨイチの子供っぽさがより強くなった感じがしました。
終始キャンキャン言っていて、もはやマジル君と本当に同い年なんじゃないかと
思ってしまうくらい。
これはこれで、「本当に仕様のない人・・・」
と簡単に言わせてくれる感じがして私としては悪くないかな〜という印象です。
Commented by tomoco at 2012-02-09 00:35 x
小さいことですけど、今日観て気付いたことを・・・

オープニングの「あの森へ行ってはいけません」の字幕。
(私もなぜだか女性の声というか、母親が読み聞かせているイメージ
で最初から見ていました。)
「高い高い 木の上で うるう うるう と ないている」
の「ないている」部分が泣いている?鳴いている?
どちらの字だったかしら、とずっと気になっていたのですが
「ないている」平仮名でした。どっちともとれるようになっているわけですね。

もうひとつ、オープニングでぼんやり見える穴を掘るうるう人のシルエット。
何か意味深〜と思ってましたが、
あれはただウサギを捕る落とし穴を掘っていたのかも。

劇場でいただいたチラシを見て、
今年も片桐さんのスケジュールがみっちり埋まっていることを知りました。。。
Commented by k_penguin at 2012-02-09 02:24
B列、いーなー。
ワタシは2日目(今日)観る予定ですが、
3階なのでまるでテンション上がらないんですよ~。

>ぼんやり見える穴を掘るうるう人のシルエット。

シルエットは多義的だし、「うるうびと」でも象徴的な感じで使われてるし、
 ウサギを捕る落とし穴という意味だけかな?
という「謎かけ」的なものを感じますが、考えすぎかなあ。
ウサギ罠の位置で穴掘ってないしね。
(大体、穴を掘るのが得意なウサギをとるのに何で落とし穴?)

奥の方にいるし秘密の畑作ってるのかな、とも思ったんです。
今は「真実を埋める」という意味もあわせたトリプルミーニング。
と、3つもあって大変お得な解釈に魅力を感じています。

そもそも「うるうびと」の、
余らないために誰でもいいから落っことしたろ。
って動機からして不自然なんですよね。そこから修正していかないと。
あーでもワタシの親子説、ウケが悪いしなー。
あれで泣ければそれでもういいんだけど、
やっぱ無理なんだろうなー。

>今年も片桐さんのスケジュールがみっちり埋まっている
 マジすか。
この作品で「麦」かぶせるんなら、
年末あたりで麺を出せるかな、と思ったんですが。
Commented by k_penguin at 2012-02-09 22:05
観てきましたが。
いろいろ付け加えすぎてメリハリが無くなってるように思います。
わかりにくそうなとこに説明を加えてますが、
アレは土台、そんなことで分かる代物じゃないし。

うるう数え歌の
 7つ、長いと思ってるのはお前だけじゃない。
は、面白かったです。

そいで、マジルが最後に言った言葉なんですが、
「僕が余ってる人だと思ってよ」
で、いいんじゃないかなって、思いました。

ヨイチの言葉によれば、マジルと友達になれないのは
年が離れているから。という理由及び
自分は余りの1として1人でいるべき人だから。
の、2つです。
で、「余りの1」については
タビュレーティングマシンで余っている人を探して、
自分が余らないようにする方法を探している。
と、言いましたから、
マジルが「余ってる人」ならクリアできるはずです。
後は年の差で、それは40年後のお楽しみ。
という理屈。
で、友達になれば余らなくなってめでたしめでたし。

ヨイチはマジルのこと「選ばれてる」だと言ってましたが
マジルはある意味余ってるし、2月29日生まれだし、
考えようによれば余ってると言えるし。
Commented by ぽんたろう at 2012-02-15 21:32 x
銀河劇場、C列下手寄りで観てまいりました。
しかも、バーで1杯引っかけての観賞ですw


結論。正解w

余計なことを考えずに済みました。
しかも「あ~畑キレイだな~」と思って観ていたら、
なんと鼻の奥がツンとしまして。

やりました。ついに勝ちました。(いや、負け?w)

色と音と形。美しく心地好く。


ただ眠くなってしまったのが失敗でした。

1杯にしとくべきだったー。
Commented by k_penguin at 2012-02-15 21:52
お!やりましたねぽんたろうさん。
何かに勝てたっぽい感じになれたようで、おめでとうございます。
何の勝負かわからんけど。

ヨイチさん自己中すぎて
言ってることまともに聞いてると馬鹿らしくなってくるので、
考えないのが正解ですね。
私は3階から観てたんですが、脚立のシルエットが森の絵にとけ込んで見えて
絵本のようでしたよ。
眠くなっても、朗々たる「まちぼうけ」で起こしてくれる、
という寸法じゃないですかね。多分。

うるうの記事を後1つだけ書こうと思っていたのですが、
途中まで書いてめんどくさくなって放置中。
だって確定申告作らなきゃだし。
Commented by ブルー at 2012-02-16 00:54 x
お久しぶりです。ブルーです。
うるう見てきました。とにかくマジルの健気さに泣いちゃいました。
まちぼうけの楽譜を届けるシーンで泣いちゃいました。
私には子供がいるので、こういう設定は自分と子供に変換されたフィルターを通してしまうので、余計にマジルを健気にしちゃったふしはありますが。
こちらのコメント欄にマジルはきまぐれで楽譜を持って行っただけかもしれないとありましたが、私は結構覚悟きめて持って行ったと思うんです。
だって「お前なんかいらない(実際は友達はいらないだけど)」と言った相手に、自分は嫌われてるのを知ってるのに、その人の為に望んでいるものを持って行くなんて、きっと子供の方が覚悟がいると思うんですよ。
「ヨイチさんは僕のこと嫌いなんだ。でもこれはヨイチさんの必要なものだし・・・行ったらまた怒るかな?また嫌いって言われるのかな・・・でもやっぱり持って行く!」ってなカンジです。
だから少し怯えたような、すねてるような、媚びてるような。でもどことく覚悟してるような複雑な表情のマジルが見えた気がして、なんて健気なんだーと泣けてきました。自分の事嫌いだと思ってるから渡したらすぐ帰ろうとしたのだろうし。
Commented by ブルー at 2012-02-16 00:55 x
マジルにとっては40年後しかなかったんだと思う。絶対に受け入れてほしいから同じになる時に。
それにひきかえヨイチさん、全然待ってないし。
48才のヨイチはマジルの事過去の人になってた気がする。日記から待ちぼうけの楽譜が出てくるまで気がつかない。マジルを思い出して溜息をつき首を振り肩を落とすだけ。
来ないと辛いから忘れようとしていたにしても、本当に待っていたなら「10大会前の日記」と言った時点で気付くと思うし。落胆するだけじゃなくて、こらえるような感じになるんじゃないかなと。
最後にマジルが来ても呼ぶだけで自分からは行かないし。ちょっと最後のヨイチにはイラっとしました。
だから40年待ってたのはマジルの方で。そりゃ40年間ずっと思ってたわけじゃいだろうし、たまたま40年後に思い出したのかもしれないけど。
私の中ではものすごく健気なマジル君なので。
マジルは他人にそこまでの気持ちになるだろうかとも今は思うけど、親子フィルターで見てたので、見てる時はすんなりとそう思えました。
なので、逆に親子だとするとヨイチは最低なのです。

長文すみません。
Commented by k_penguin at 2012-02-16 02:11
ブルーさん、力入ったコメントありがとうございます。
この話は親子目線で見れば泣けると思うんですよー。
というか、マジルの人物像を造形できるのは親子設定しかないと思うんです。

>楽譜
 その件については私は解釈が違います。
相手(親)が自分を受け入れているか拒否しているかについて、
子供はとても敏感であり、また、正しく把握します。
ヨイチがつきまとうマジルに対し、
嫌だ嫌だ言いながらまんざらでもない態度をとることを
マジルは理解していたと思います。
ヨイチさんは決して僕のこと嫌いじゃない、と知っていたと思うし、
楽譜渡して帰ろうとしたのも、呼び止められると知っていてやったと思います。
彼がわざとウサギ罠に落ちることを繰り返して
かまってもらっていたのと同じです。
Commented by k_penguin at 2012-02-16 02:12
>48才のヨイチはマジルの事過去の人になってた気がする。
 その通りだと思います。
忘れようと思っても忘れられないという親も多いのに、
 辛いので忘れた方が良いから忘れちゃいました。
みたいな態度です。
結局それだけのもんなのかいって思う。

>最後にマジルが来ても呼ぶだけで自分からは行かないし。
 そうそれ!
白馬の王子様待つお姫様みたいな、何様な態度!
「お前は姫宮アンシーか?!」ってつっこんじゃいました。
分かる人少ないのに(ちなみにTVアニメ版のアンシーね)。

親子verだと、別れの抱き締めるとこがマックスで、
40年後はおまけ(つかヨイチの妄想)なんですよ。
「忘れた頃に立派になった王子様が!」的な。
Commented by yom at 2012-02-16 09:33 x
お久しぶりです。
15日のうるうを観てきました。
k-penguinさんの親子解釈を読んでいたので、割とすんなり観れました。読んでいなかったら多分頭に?マークが飛び交ってました。友達の話とは思えなかったです。
3階席だったのですが、仰る通り脚立と、あと木の影が床に落ちてとても綺麗でした。あれだけで3階隻も悪くないと思えました。

えーと、感想を書きに伺ったわけでは無いのですが、アンシーが出てきたので寄らせていただきました。自分の最愛のアニメです。
親子で王子様ごっこかぁ…と思ったんですが、小林さん基本的に待ちの姿勢なので、運命改革待ってるんですかね。子どもに託すというのが頂けませんが。
輪ピンには銀河鉄道が出てきたので、もしご覧になっていたらk-penguinさんの解釈も少し伺ってみたいです。
Commented by yom at 2012-02-16 14:49 x
すみません、少し上の補足をします。

輪ピン自体の御解釈を伺いたいというよりは、TEXTと輪ピンの銀河鉄道の持ち入れ方の違いを伺いたいという意味でした。
Commented by k_penguin at 2012-02-16 21:22
yomさん
遠くからだと、2次元と3次元がとけ込んでいる感じがつかみやすいですね。
画的なバランスがとてもきれいにとれている舞台だと思います。

少女革命ウテナ
自分を守るためにきれいな世界を紡いでその奥に鎮座していて、
胸の傷から剣を出せるみんなの憧れの人だけど、戦うのは結局他人頼み。
外に出たいと言いつつ、自分からは踏み出さない。
小林さんてアンシーぽいと思う。

輪ピンは気になってるけど、見てません(CDアルバムは買いました)。
だから銀河鉄道出てることは知りませんでした。
ただ、TEXTの方も宮沢賢治と余り関係ないと思っています。
あつかうテーマがまるで違うからです。
「友達とお別れ」という設定を流用しただけという感じ。
TEXTは銀河劇場使った最初のラーメンズなので、
モノレールと銀河から連想して使っただけじゃないかと思います。
Commented by yom at 2012-02-16 23:45 x
ありがとうございます。
綺麗だったので、ロールシャッハがあるので映像を残さない可能性もあるのですが、もし映像化する場合上からの画は入れないのか気になってしまいました。

アンシーを手に入れることによって永遠のもの・奇跡の力が手に入ると、欲する者たちに必死にならさせて、自分は美味しいところだけ浚う。どちからというと暁生ぽく思っています。
「舞台」は「居心地の良い棺」…とか。
当人は当人で目的もあるんだけれど、それは自分では叶えられない。叶える力を失っている。
根室教授のような「可能性を秘めたまま大人になりきれずにいた時間」が彼の作品に時々見受けられて、男は大きくなっても子どもなのか彼が特別そういう性質なのか考えてみたりしました。

輪ピンは輪ピンでおすすめです。
1話冒頭から出ていますが、りんごが愛のある死のご褒美であるという話です。賢治のいいたいこと、について幾原解釈がなされていました。
銀河劇場で銀河鉄道…小林さんの場合そのほうがありえますね。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 00:40
暁生
ウテナは劇場版や漫画の方が世界観の構築はしっかり出来ていると思ったので
私のイメージはそっちの暁生なんですけど、
(アンシーは天然全開のTV版の方が面白いけど)
鳳学園での彼はアンシーの作った世界のキャラで、つまりアンシー自身だと思っています。
本物死んじゃってるしね。

>男は大きくなっても子どもなのか彼が特別そういう性質なのか
 そもそも「人を笑わせてお金を稼ごう」という発想自体が子供なので、
そういう商売の関係者はみなさん
「大きくなっても子ども」といえるのではないかと。
ただ、皆さん苦労しながらもそれなりに
自分の中の大人と子供のバランスを図っているのに対し
小林さんは完全にバランスを失していて、それを何とか隠している風に見せているだけというとこが違うと思います。
「可能性を秘めたまま大人になりきれずにいた時間」が永遠に続くのもまた地獄だと思います。
Commented by yom at 2012-02-17 12:54 x
あ~…永遠に自分の「思い出のイリュージョン」に囚われている感じですかね。
囚われていることに気づいている分、地獄ですね。

うるうも終盤なので、気持ちが次回作に寄っています。
何か進展が見えれば良いのですが、期待薄とも思っています。
Commented by aki at 2012-02-17 17:00 x
先日、銀河劇場で鑑賞してきました。
KKPなのに役者が1人だというので、potsunenみたいにいきなり刺されるのかなーなんて心配してましたが、セットや演出の美しさにふぁーとなっていたらいつの間にかふぁーと終わっていましたw

もやもやポイントはたくさんあるのですが、印象的だったところを1つだけ。

うるうが「よいち」という名前を聞いて、私は「よいち」=「余一」であり、「よ(ねんに)いち(ど年をとる)」を連想し、なんか、名は体を表すと言うか、名付けられた時から「余る」ことは必然だったのだなぁ、かわいそうだなぁと思ってしまいました。
「まじる」は他の人と「交われる」から、「まじる」?それとも特に意味はないんですかね。

他にももやもや考えてみたいと思います。
でもきれいな舞台だったなー。ただ最後のカノンはずるいと思いましたwカノンは私的に無条件に、それ自体でうるっとくる曲なので。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 21:19
yomさん
>何か進展
ラーメンズですかねえ。
ま、ラーメンズ以外は進展とは見てもらえないでしょうからね。
小林さんがアンシーならラーメンズが暁生なのかもですねえ。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 21:19
akiさん
当ブログとしては、
ヨイチは「余りの1」「4年に1つ」そして「良い血」のトリプルミーニング、
マジルは「(他人と)交じる」と「(血が)混じる」のダブルミーニング
という見解です。
ヨイチは成長速度が他の人と違うので、社会で生活できないという割には
「余りたくない」とうるさいし、
コヨミさんに振られたくらいでショック受けたり(振られない方が悲劇なのに)
いろいろ挙動不審ですね。

カノン
関係ないんですけど、この前
親戚の結婚式に出たんですが、
そこでは控え室や式が始まる前の集合の間などで計3回も
パッヘルベルのカノンの生演奏を聴きました。
あの曲はどうも「無難なクラシック」という位置づけのようです。

何であそこでカノンを選んだのかなー?
ってあらためて思いました。
ヨイチを探すなら当然「まちぼうけ」を選ぶべきですよね…。
Commented by ブルー at 2012-02-17 22:52 x
k_penguin さん

すみません。子供ネタはどうも力が入っちゃいました。
しかも すごい「感じ方違い」をしていたようでして。。。
いろんな方のブログを見て、記憶を呼び戻してきました。

楽譜の前で「友達じゃく、欲しいのはウサギの撮り方だ」
みたいな事をマジルに言う一連の場面で
もの凄いショックを受けたんです。
最大級の拒絶のような。
親子だったら「あんたなんか生まれてこなければよかった」ってくらいの。
だから、その後の「また明日」も、フクロウ持って
マジルを待ってるのもほとんど記憶から抜けてました。
なんであんなにショックうけたのかなぁ。
“いらない”って言葉と「君が来る前までは、うまくやってた」というのが
変に結びついちゃったのかな。

だから畑で誤った時も 「存在否定しておいて“言い過ぎた”の一言しかないってどういう事?」って腹立ったんですよ。
Commented by ブルー at 2012-02-17 22:53 x
あー、もっとヨイチを好きな気持ちで見たかったなぁ。
そしたら、別れのシーンもラストももっとイイ場面になってたのに。
残念!
でもマジルが私ほどのショックを受けていないようで安心しました。

DVD化されたらフラット気持でみてみます。
そしたらカノンも幸せな気持ちの響きあったカンジに聞こえるかも。
それでもきっとマジル君の幸せを感じると思いますが。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 23:33
ブルーさん
楽譜のあたりのマジルの気持ちについては、あれから私も考えました。
先のコメントでは、
>ヨイチさんは決して僕のこと嫌いじゃない、と知っていた
と、言い切りましたが、
実際の子供は、もっと愛に不安を抱いているかも。
って。
んで、いろいろ考えて、一般論はともかく「うるう」に関しては、

 マジルのリアクションが見れない以上、どう思ったか分からない。

と、いう結論に至りました。
身も蓋もないかもしれませんが、
ヨイチのなじる言葉に対し、どういう表情していたのかが見えないと、
どう受け取ったか分からないんです。
「まちぼうけ」だって、私に言わせれば
8歳ならそれがウサギの取り方の説明ではないことくらい知っているはず。
です。
マジルという子がそれを本気で持ってきたのか、冗談半分だったのか、
それはマジルの態度をよく観察しなければならない。
でもそういう情報が全く与えられない。
ヨイチ(或いは小林さん)が与える一方的な情報だけです。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 23:44
私は最初にうるうを観たとき、泣きましたが、
それはあの話を
女房子供に逃げられた最低男が、酒飲みながらくだくだ
息子に対する未練の思いを喋っている。
という感覚で見ていたからです。

喋りは自己中で、息子への一方的な気持ちばかり。
確かに親としてはどうしようもなく失格だろうと聞きながら思いました。
彼が欲しいのは本当に「ウサギの捕り方の手引き」だった。
(だからラストにマジル(=ウサギ)が来さえすれば良い)
でも、彼なりに好きは好きだった。
ウサギだろうが、友達だろうが、2月29日だろうが
どんなリクツつけても正当化できなくて、
それじゃ世の中通用しなくて、

それでも、
 俺は好きだったんだ。
という気持ちだけはわかった。

だから最初は泣けたんだけど
後から冷静に分析とかすると、やっぱりねえ。
 いやそれじゃダメじゃん。君。
て、なっちゃう。
Commented by arancio at 2012-02-18 00:37 x
こんばんは〜。ごぶさたしてます。

カノンは結婚式で使われるような「無難なクラシック」なんですね。
そうなのか〜。

もう一度舞台を観たいけど、絶対無理なので、映像化を待ちます。
Commented by k_penguin at 2012-02-18 00:51
arancioさん、こんばんは~。
パッヘルベルのカノンといえば
「せつない」とか
「冬虫夏草」とかのイメージだったので
結婚式であんなに使われるとは思いませんでした。
いまでもみんなが知ってる曲だけど、
時代によって受け止められ方が違うのかなあ?
イマドキの人はどう受け止めてるんだろう?

舞台は・・・私はもういいな。
なんか小林さん、落ち着きがなくなってて
前の方が良かったような気がする。
Commented by yuma at 2012-02-18 09:59 x
カノンのコード進行は「ザ・ベタ」ですよね
音楽的には「大逆循環」というらしいですが
古今東西、多くの楽曲にカノンのコード進行が使われているので、
安易に用いると「ひねりが足りない」と言われかねないけれど
やはりヒット曲に用いられていることが多いようです
「愛は勝つ」とか、「負けないで」とか、「守ってあげたい」とか「時代」とか・・・
大逆循環を持つ曲どうしであれば、一見異なる印象を与えても「合う」んだろうな

・・・舞台は観ていないので、トンチンカンだったらすみません
Commented by k_penguin at 2012-02-18 22:47
ワタシは音楽のことは分からないからなあー…。
何でカノンなのかも分からんし、それに得意げに朗々と「まちぼうけ」合わされても。
それに
話とまるで関係ない「カノン」でもマジルがヨイチを呼んでいると分かるってことは、
チェロの声=マジルの声と解釈するしかないと思ったから
マジルが歌っている、と考えたんだけど、
ラスト、青弦さんが挨拶した、となったことからすれば、
マジルはチェロ奏者でチェロ弾いて森歩いてたのかなあ?
あんなでかいもんを引きずってたのかしらん。しかも弾きながら。どうやって?台車?
・・・などと、余計なことばかり考えてしまいます。
Commented by yuma at 2012-02-19 01:49 x
あ、チェロは歩きながら弾けなくもないはずです。一度見たことがあるんですが・・・確か、ベルトか何かでつっていたような・・・?

カノンは有名曲すぎて個々人によってイメージがバラバラですから、何を表しているのかは分かりづらいですね。
私も音楽はよく分からないんですが、個人的にはカノンは「永遠に追いつかない追いかけっこ」のイメージです。同じ旋律が輪唱みたいに一定間隔で追いかけていく構成なので。
Commented by k_penguin at 2012-02-19 02:25
>ベルトか何かでつっていた
(・∀・)ソレダ!!
じゃ、それってことで一件落着。

>追いかけっこ
確かに「カノン」て「追いかけっこ構成」って音楽でおそわりました。
カノンなのにヨイチが輪唱しないというのが疑問だったのですが。

じゃ、マジルが「追いかけるYO!」でヨイチが「待ってるYO!」ってことっすかね。
チェロのカノンは最後、まちぼうけに変わって終わりになるし、
そこで追いかけっこが終わった(つかまえた)ってこと?

(ノ_-;)ハア…なんだか、
お花畑でキャッキャウフフよーしつかまえちゃうぞー
の世界な様な。
どうせ妄想だからそれで良いのか?
Commented by ブルー at 2012-02-22 22:49 x
k_penguinさん こんにちわ

>実際の子供は、もっと愛に不安を抱いているかも。
私は不安を抱くというより振れ幅が大きいのだと思います。
好きか嫌いかで普通って考え(感じ方)があまりないのかなと。
自分がそうだから大人も同じだと思ってる。

>まちぼうけ
はい。私もマジルは解ってると思います。
だからマジルは何かいい訳がないとヨイチの所にいけないくらい
遠慮してるというか、今までとは違う気持なんだなと思いました。
で、「覚悟」となったのです。

>俺は好きだったんだ。という気持ち
そうですね。それは感じました。
でも、相手に伝わらなかったら意味ない。
なんかヨイチは思いやりが足りないなぁと思ったんですよね。
相手はまだ8歳の子供なのに、「察しろ」と言われても・・・
でもお化けのうるうのあとにヨイチがマジルに言う
「おまえは悪くない」が、最初の頃は少し怒ったように言ってたと
どなたかのブログで見たので。
少しは思いやりが増えたのだなと思いました。
私にはやっぱり足りないけど。
Commented by ブルー at 2012-02-22 22:50 x
>マジルのリアクションが見れない以上、どう思ったか分からない。
本当にそうですね。
私が感じたショックが小林さんの中で想定外である事を祈ります。

今回も収録していないようで、私の中では
あんなに健気なのに、あまり報われないマジル君で
終わってしまったのが残念でなりません。
Commented by k_penguin at 2012-02-23 00:11
ブルー さん

>マジルのリアクション
 きっと小林さんの中では見えてるんですよ~。
で、それを客に「察しろ」と。
 なんだかな~。ちゃんと考えれば考えるほど嫌んなってくるなー、あいつ。

話の構成から考えると、
マジルが「覚悟」してヨイチのとこに行ったというブルーさんの見解が
多分作者的には正解なんだと思います。


>>俺は好きだったんだ。という気持ち
>相手に伝わらなかったら意味ない。

 そうです。それが「意味がない愛」であることが
ワタシは悲しかったんです。
最早「不器用な愛」なんてレベルじゃないんですね。
それ愛じゃなくてエゴじゃん。と言われて仕方のないレベル。
でもその強い感情に理屈ぬきで動かされる瞬間があるのです。
Commented by k_penguin at 2012-02-23 00:12

>「おまえは悪くない」
 あれを最初に聞いたときはびっくりしました。
初めて親らしいことを言った。
と思いました。
マジルが「(クラスの子を連れてくる結果を招いたので)自分のせいで別れなければならない」と責任を感じているのだと、ヨイチは推測して、
それに対して「マジルは悪くない」と言ったんですよね。
そういうまともな思考って、初めて見たんですよ。小林さんに。
特に、いままで自分のことに関しては、責任という概念ぬきでモノゴトを考える人だと思っていましたから、
相手が責任を感じているということを知っていることを前提とした言葉に、
 …おまえ、ほんとは出来るんじゃん!
て。

ワタシは、あの瞬間、マジルのために仮面を脱ぎ捨てたのを見たような気がして、
だから最初の少し怒ったように言う方が小林さんっぽくて好きです。
後の方だと、妙に優しい態度ばっかりとっていて、
なんだか嘘くさいって思いました。

>今回も収録していないようで
 きれいだからもったいないですよねー。
商売的にどうなんだ。
とワタシはそっちが気になるのですが(^-^;
チケット代だけじゃ大して利益は上がってないと思うんだけどなー…。
Commented by ぽんたろう at 2012-02-23 05:57 x
私も怒ったような「マジルは悪くない」が好きです。
「もう来るなよー!また明日ー!」もグローブ座の方がよかったな。
銀河劇場は全体的にこなれていて、心情がさらに伝わってこず。
ぼんやりめに観ていたせいもあるかもしれませんがw

収録しなかったのは、うるうだけに一期一会感を大切にしたかったの
でしょうか。4年後に再演・・・は、ないですかねw
Commented by k_penguin at 2012-02-23 18:59
銀河劇場ではワタシも3階からぼんやり観ていただけですが、
全体的にぬるっとしているなあ。という感じ。
メリハリが弱くて伝わっているとも思われないのに、
グローブ座より確実に多いスタオベw
収録しないこともあわせて、
なんだか小林さんの個人的儀式みたいな風情が嫌だなあって、
正直、そう思ってます。
Commented by tomoco at 2012-02-23 20:30 x
やはり収録無しなんですねー。
そんなことを言いそうだと思い、銀河劇場で
舞台背景の5×7マスのモザイクを必死に暗記してきました。
あのベージュ〜グレージュのコンポジションは最高に美しかった!
自分で絵描いて残しておこうっと。

グローブ座と銀河劇場では少し印象が変わったと感じたのは
皆さんも同じなのですね。
グローブ座のほうが伝わるものがあったなぁ。
銀河劇場しか観なかったら父と息子の話じゃんとも思わなかったかも。
回を重ねて演じることで、ヨイチさん(というか小林さん)の
治療になっていったというか・・・
痛みが消化されていったというか・・・
penguinさんがおっしゃる「個人的儀式みたいな風情」
にちょっと共感です。

ぽんたろうさん、4年後再演、あったりしてw
Commented by k_penguin at 2012-02-23 21:32
収録の有無を言い出すのは、いつも公演の終わり頃なので、
それが決まるのはかなり遅いのではないか、
少なくとも公演が始まる前には決まってはいないのではないか
だとすると、何を基準に収録を決めているのか、
というのは気になるところです。
まあ、作品によって事情は異なるんでしょうけど。

>痛みが消化されていったというか・・・
 う~ん・・・
小林さんの作品はどれも傷を癒やす儀式としての機能を持っていると
思うんですけど、
でも、今回は2つの意味で良い儀式とは思えないんです。

1つは、Potsunenのときも指摘したんですが、
そもそも言うべき事を全部言ってない儀式って、治癒力が低いと思うんです。
まだ溜め込んでることになるから(どうも数こなすことでそれを補っているようですけど)。
もう1つはKKTV3でも思ったんですが、
傷を治すだけでなく、自分に都合の悪い現実を歪めようとしてる気がする。
ってことです。
それは無理ですからね。いくら何でも。
小林さんは作品の治癒機能を過信していると思います。
クレソン先生だって、風邪には葛根湯ですよ。
Commented by ぽんたろう at 2012-02-24 08:38 x
自分で描いて残すだなんて、tomocoさん素敵です!

某ブログ主の方が「映像化されないなら、せめて絵本で。
できれば飛び出す絵本を」と言ってらして。
それもいいなーと思いました。


k_penguinさん、私たち観客は小林さんの癒しのために、
存在しているんですね・・・はあぁぁ~(-.-;)
Commented by k_penguin at 2012-02-24 20:07
舞台が面白ければ
小林さんの癒しのために存在してあげても
全然構わないんですけどね。

ビジュアル面は、正直、高度になりすぎてて
その道の方ならいろいろ参考になったりアイデアもらったりするんだろうな
とは思いますが
ワタシのような一般人にはもう
「よく分からないけど、これ、手がこんでるっぽいな」
くらいしか思えないです。
(21_21 DESIGN SIGHTの企画にときどきそういうのあるけど)

最近の小林さんの作品は、
耳から聞く言葉の情報から
眼で見る情報の方に情報量の比重が移ってきていて、
解析もしんどい。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-25 02:12 x
見ました。
混乱してます。
「まちぼうけ」聞きました。
予想に反し、私は泣けませんでした。
あれは愚痴ですか?
特異体質という言い訳をこさえ、世の中の流れについていけなくて追い込まれたのでは無く、自ら逃げ込んだ(拒絶して)森の中。
頭の中がとっ散らかっている状態で、なんにもまとまりません。
私にはアウトな内容だからなのでしょうけど、それいしても受け入れがたい。
夜中にすみません。
今夜は眠れそうにありません。
Commented by k_penguin at 2012-02-25 02:29
SAKABEさん、いらっしゃ~い。
お待ちしておりました。

「まちぼうけ」泣けなくて当たり前だと思います。
私が最初見たときもあれには引きましたもんw

ま、記事や皆さんのコメントなどを読んで、
ごゆるりと混乱してくださいな。
頭の中がとっ散らかって当然の作品なんですから。
Commented by ほーか at 2012-02-27 01:24 x
よく頑張って作られた上等の「おはなしのくに」(NHKの童話朗読番組)って感じでわかりやすく、楽しかったです。死なないといいなぁ小林賢太郎さん。自殺しそうなキャラというわけではなく、私がハマったお笑いを追求する人がほぼ自殺か、自殺にも思える死に方をしてるので心配です。枝雀も中島らもも景山民夫も伊丹十三も吉朝も死んでしまった。私がハマった「笑いを与えてくれる人」で生き残っているのは小林信彦氏と小林賢太郎さんだけです。でも信彦氏は笑いを書くのをやめてしまった。まぁ死なれるくらいなら別の道に進んでくれてもいいや。50代が危ないから全力疾走をやめてくれるといいなぁ。
他のファンのブログではまじるはコヨミのひ孫説が有力でなかなか面白い後日談が書かれていました。
余分な説明とか全部切って一時間くらいに短くするともっとすっきりしたと思います。でも舞台に立つ人間としてやりたい事を全部詰め込んだ舞台だったから、自分では切れないでしょうね。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 01:41 x
混乱の真っ最中です。

Penguinさんの記事もみなさんのコメントも拝見しました。
すべてが「御もっとも」ですべてが「?」です。
私の混乱の元というのは、成長に人の4倍時間がかかることがどう余り1につながるのかということ。(劇作の時点できちんと答えが出ていない)
国、都道府県、市町村もしくは個人の所有地であるはずのどこかの森に、勝手に畑をこさえてしまうという考えなくてもよいと思われる世間の常識を、「国勢調査」などという社会秩序の根源を口にして自ら墓穴を掘ってしまう間抜けさ。(これに引っかかってるのは私だけ?)
だいたいパラレルワールドでよいものを、オリンピックだの日本(国土交通省とまで言う?)だのと、幕開きの幻想的な夢の世界から一気に引き戻す理由は一体何なのか。
これのすべてに答えは出ているのですよ。
解ってるんです私だって。
それなら、「演劇作品」だの「大人の児童文学」だのとのたまうなと言いたい。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 01:42 x
劇場を出る時私の後ろで若いお嬢さんが
「いろんなとこにフクセンが貼ってあって、それが数字だから解り易かった。」と感想を話していました。
「は~?」これは算数ドリルか?!

Penguinさんの読み替え楽しく拝見しました。
こんな風に読み替える以外、どうしようもない内容です。
雰囲気だけは御立派な、チープで陳腐な「実験的パフォーマンス」です。
あ、マジルを畑に案内するシーンで、畑の地面(床)を起こす仕草が、銀髪のノッポさんにしか見えず、微笑ましい(のだと思われる)シーンで声を押し殺して噴出したことを報告しときます。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 01:59 x
補足
>成長に人の4倍時間がかかることがどう余り1につながるのかということ
2月29日生まれで365余り1というだけで、いちいち出遅れたり組体操で余ったりする不運に結びつくということが明確になっていない。
というか、理由づけ自体が困難だと思われる思いつきを見切り発車した風にしか見えない。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 02:13
ほーかさんコメントありがとうございます。
>50代が危ないから全力疾走をやめてくれるといいなぁ。
 もう安定しただろう、と思うくらいの時期が危ないんですかねえ。
現実を歪め始めたら、精神の消耗が激しくなりますから
ワタシは次の閏年がポイントかな、と思ってます。

>余分な説明とか全部切って一時間くらいに短くするともっとすっきりしたと思います。
私なら根本的に書き直しさせますね。
まあ、小林さんが書き直しに応じるとは思いませんが。
 ちなみに、ちょっと知りたいのですが、
どこが余分だと思われましたか?

うるうの「後日談」は私もどっかでちょっと読みました。
ああいう「めでたしめでたし」的な話を補わないといけないということは
そのままこの作品が失敗作であることの証明になると思います。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 02:21
SAKABE さん
>成長に人の4倍時間がかかることがどう余り1につながるのか
 この2つは主張のレベルが違います。別の主張と思っても良いかも。
グランダールボはヨイチに、あなたは1人でいるべき者だ。といいます。
この「1人でいるべき」という言葉がキーで、これは小林さんに決定的に刷り込まれています。(KKTV2でもそうですよね)
これが「4年に1つ」関連事項で、孤独であるように生まれついている、ということです。

一方「余り1」は日常的、小市民的レベルの話です。
ヨイチは「余りたくない」と繰り返します。つまり寂しいんです。
(ちなみにこれもKKTV2でうるさく言ってる)

要するに、「1人でいるべき」と「余りたくない」のぶつかり合いを作品にしたもので
もっと端的に言えば
孤独であるように生まれついている僕だって、寂しいんだい!
と、言ってるだけのことです。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 02:28
最初ワタシはヨイチという名前がダブルミーニングであることを利用して
「4年に1つ」の話と「余り1」としての話を2つ書こうと思いました。
(ワタシの親子説とあわせると「うるう」は3つの読み方ができる話になる)
「余り1」のヨイチはコヨミさんと一緒になることを指向していて、
「4年に1つ」のヨイチはマジルに希望を求めています。
でも、小林さん的にはこの2つは関連事項らしく、2つはシャム双生児のように
変な感じで繋がっているので、
書き分けがめんどくなって止めました。

国勢調査とかその辺は
優しい瞳で生暖かく見つめてあげるしかないでしょう。
他の方のお芝居だって、法律的にかなり間抜けなことを言ってたりしますから。

「国勢調査」は本来の意味で使われていません。
タビュレーティングマシンと関連して、
社会的に分類される、と言うような意味合いで使われていると思います。
Commented by ほーか at 2012-02-27 13:17 x
わ--厳しいですね。後日談はまぁ書きたくなる人もいるでしょう。私はいらないと思いますが。いつもは歌舞伎漬けの日々なので筋の通らないお話には慣れてるんです。なんせ受けりゃいいと思って何にでも赤穂浪士が登場してくるし、しかもお約束が100両金を作って大石のところに行けば討ち入りに参加できると決まりごとになってるわ、そのために女房は売るわ、婿のために娘は売るわ、女房に色仕掛けで美人局させるわ、主家への忠義のためならなんでもありで、しかもその騙した美人局の被害者が実は忠義立てしている主その人で、いくら何でもそりゃないだろう。誰だこんな話書いたのは作者出てこい!とどなりたくても江戸時代にとっくに死んでて、筋立ては「伝統」に守られて変わらないわ。それでも役者が上手ければそりゃないだろうの台本でも引きこまれて持って行かれるのですよ。三五大切も松島屋さんが演られると不破数右衛門が次々と惨殺するのも許せるから不思議。
「うるう」もコバケンがちゃんと空っぽの肉袋になっていたので楽しめました。
待ちぼうけは確かにひきかけたけど、ここでひいたら負けだと何とかのってみました。
Commented by ほーか at 2012-02-27 13:19 x
高野聖で(玉三郎と海老蔵の舞台でした)右近が突然木曽節を歌い出した時も「えっ!?」とひきかけたけど、何しろ声が良くてすぐにもっていかれたなぁ。
美声は得ですね。
すいません歌舞伎のことを書き出したら止まらなくなってしまいました。不満が溜まっているんです。「うるう」ですね。
説明が多すぎると感じました。「人よりゆっくりと年をとる」「うるう年の2月29日生まれ」くらいで十分想像が付くので、4年に1歳年をとるとか父親も育ち方もいらないなぁ。「余りの一」も消したいとこだけど『 THE SPOT 』のうるうびとくらいの扱いで。どうして孤独なのかを説明する必要はなかったなぁと思いました。観客が想像する余地を残さないと。拗ねてて卑屈で僕はこんなに孤独なんだ!誰かのせいだとチャイルデッシュに喚く「人ではないなにか」でいいんじゃないでしょうか。台本があれば、フィルムがあればチョンチョンチョンと切って編集したくなりますね。
Commented by ほーか at 2012-02-27 13:23 x
ーほんとに長くてすみませんーー切れないのは私ですな。邪魔だったら削除して下さい。恨みません。

押井守も素晴らしい作品を作るんだけど「切れない」監督で、映画館で見てて、「切らせろ~~」と叫びたくなります。誰か「切りましょう」と助言する人はいないのか!
まぁ今回はコバケンが役者として良かったということが収穫でした。ただ見た公演が特別なのかも、ほとんど日本中追っかけしている人のブログに「今回が一番良かった感動した」とあったので。う~~んでも2回は見ないな。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 15:02 x
ほーかさん
おっしゃることは解ります。
私も歌舞伎を見ますし、歌舞伎のお約束も心得ているつもりです。
もっと力を抜いて気楽に観ろとおっしゃるのはごもっともです。
歌舞伎は伝統芸能ではありますが、根本は大衆芸能であり演っている役者さん達も言っている通り娯楽なんです。
しゃっちょこばって「芸術」だのと自らのたまうことはないのですよ。
「人間国宝」だ「褒章」だと国から褒められることはあっても、それは結果論であって自ら「俺は人間国宝だ」なんて言いません。
(一部例外がありましたけど、個人的に一人前とは認めていないので見て見ないふり。
でもこいつの舞台映えは、悔しいけど天性の役者だと認めざるを得ない。う~ん悔しい~。すみません余談です。)
でもこの作者は、「演劇作品」だの「文学」だのと自らハードルを上げたうえに、それに見合わない物を上演してしまった以上、「客」としては厳しいことを言わせてもらいます。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 15:03 x
penguinさん
これは譲れない部分なんです。(ものすごく個人的な見解です。)
と言うか、ここを貫いてくれれば、物語がどんなに破綻していても私は泣けたんですよ。

とても陳腐な例えですが、「夏の世の夢」であってほしかったんですね。
森の中の出来事は、ずっと夢夢しいものであるべきだったと思うんです。
雰囲気も、設定もある程度のクオリティーなのですからそこに俗世を入り込ませる必要はないんです。
4年に一度(閏年)を強調するために、オリンピックを引っ張り出すのは別にいいんです。
日本である必要はないんです。
開発が進んで道路がひかれたことも表現として必要です。
でも国土交通省は不要です。
できることなら、これは「トトロ」か「もののけ姫」かと思わせるくらいの非現実的な世界感を貫いてほしかった。
そうすれば、終盤マジルの友達を追い払うための「妖怪うるう」がもっと効果的だったはずなんです。
「あの森へ言ってはいけません・・・」という詩が、わらべ歌になったはずなんです。
Commented by K☆SAKABE at 2012-02-27 15:03 x
>孤独であるように生まれついている
>僕だって、寂しいんだい
グランダールボの言葉はマジルに聞こえず、ヨイチにだけ語りかけます。
これはヨイチの心の声なのだと解釈したので、こちらが本音(本質)だと思いました。
ヨイチは、出会った人たちがみんな死んでいくことを嘆きます。
でも一人はさみしい。
これは、ヨイチがある程度の成長(老化)を迎えるまで避けて通れない、ヨイチの現実です。
そのあたりの虚無感(不条理)があって当然だと思うのですが、その表現がチェロの音(グランダールボの言葉)だけであやふやにされてしまっているのも私をイラっとさせるんです。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 20:30
お♪盛り上がってますね。
喜ばしいことです。ブログ主大喜び。
コメント用エントリ、3つ目を立てようかな~♪

ほーかさん
歌舞伎ですかー。なるほどねー。
ワタシは歌舞伎は見ないけど、歌舞伎の筋立てのいい加減さについては
鴻上尚史が
「お客さまの要望におこたえ」する「いいかげんさ」だと書いていたのは覚えています。
(参考 http://shiropenk.exblog.jp/4930932)
歌舞伎の筋立ての破綻はウケねらいを追求した結果のものですが、
小林さんの破綻はウケ狙いではありません。…「待ちぼうけ」もね。
じゃあそれは何のためなのか?それは話を破綻させてまで追求する価値があることなのか?そしてその目的は達成できているのか?
 というのが、当ブログの視点です。
当ブログの視点からすれば、話の破綻でも客を不安にさせるようなタイプのものは
よろしくないと考えています。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 20:34
「うるう」をどう短くするか、答えてくださってありがとうございます。
ほーかさんがこの作品をどのようなものととらえているのかが知りたかったのです。
「…とチャイルデッシュに喚く「人ではないなにか」でいい」
ということは、「形」を重視したタイプの作品(舞踏とか、それこそ歌舞伎とかのような)ととらえているようですね。
「父親も育ち方もいらない」「「余りの一」も消したいとこ」と
小林さんがすごく重視しているところをあっさり切ったので
吹きました(゚∀゚)
まったく、客からすればどーでもいいことですよね。

>押井守
 あの人の「切れない」は
 綺麗に出来たから見せたかったんだろうなー(;´∀`)
という感じがします。
作り手としては分かります。

小林さんはそういうことはしなくて
舞台上の情報はすべて作品に必要不可欠の情報である(ただし小林さん的に)
と考えて良いと思います。
うちはそれを前提として深読みをしてます。

>役者として
 あの人は立ち居振る舞いが美しくて、全体のプロポーションも良いけど
役者ではないと思います。
役者というのは与えられた役を何でもこなす人のことで、
あの人は「小林賢太郎」しか演じられませんから。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 20:46
SAKABEさん
なるほど。SAKABEさんはうるうに、
異世界の者と子供の交流譚的な話を期待していたのですね。

国土交通省は不要なのは同意ですね。
あれは「皆さん、ここで笑ってね」という指示以外の何の役にも立ってませんから。
(もし「劇作」があれば、国勢調査とつながるとか言いそうだがw)


グランダールボは、確かにヨイチの心の声ではあるんですが、
本音(本質)というのとはちょっと違うと思います。
言う内容からすれば、あれは○maruや、KKTV2でバクっぽいものをくれる父親に似たものです。
(ヨイチはグランダールボを3人目の父親と言っています。)
だとすれば、あれは彼を抑圧しているものであり、いわゆる「父親」です。
定跡からすればそれは乗り越えるべきものなんですが、
アルブースト(4人目の父親)を育ててるとこ見ると、彼自身がそれを欲していないようです。
(アルブーストにワタシはドン引きでした。年下だぜ?)
「お前は孤独であるように生まれついているんだよ」と耳元で言ってくれる人を
彼は積極的に欲しているのです。
だから、ぎゃーぎゃー言う割には
彼の中に虚無感は大して無いと思いますよ。
Commented by k_penguin at 2012-02-27 20:47
勢いで新しいコメントエントリを立てました。
みなさんこちらへー。
http://shiropenk.exblog.jp/17555493/

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