NYLON100℃ 37th 『ノーアート・ノーライフ』

ナイロンの10年前の作品の再演であるこの作品は、
芸術家のタマゴ達が集うパリのとある地下カフェを舞台にした小洒落たコメディだ。

・・・と、書くと、ナイロンを知っている人なら (゚Д゚)ハァ? と、なるに違いない。
これは良い意味でも悪い意味でもケラらしくない作品なのだ。

まず、人が死なない!!
ケラの作品は、登場人物の半分から全員が最終的に死ぬことを覚悟して観なければならないのに。
だから重さ、やりきれなさもないし、ブラックな笑いもあまりない。ナンセンスな笑いが多くて軽い感じ。
芸術家を気取っているただのクズ野郎どもの群像劇なので、何となく『アキレスと亀』やケラが演出した『どん底』が頭にあって、悩んで自殺しちゃったり、犯罪に走って自滅したり、あと、いろいろおもろむごいことになるのかなー、とか期待して行くと、肩すかしになる。
なんだか2chでオタクのニートが集っているようなのどかさなのだ(10年前に2chってあったっけか?)。
隣の女性2人組は前半で爆睡してしまい、休憩時間に目を覚まし1言「・・・コメディなんだ。」と言い残して帰ってしまった。
多分もっとヘヴィなものを期待していたんだろう。


そのかわり、風邪気味の仕事帰りでちょっと胃がむかむかしてて、精神に負担がかかることは避けたいと思っているような人、例えば俺のような人は、ほっとできる。
お笑いも十分含まれているので、笑って気分がさっぱりした。よかったよかった。

前半は、みんなガヤガヤワイワイやっているだけで話がほとんど進行せず、なんだかなーって思う。
劇作解体新書で、この作品と同じ年に作られた『すべての犬は天国へ行く』を解説したとき、10年前と今とでは書き方は変わるか、という質問に対して
「今だったら無駄なやりとりをもう少し省いてもっとストーリーを進行させる」と言ってたけど、それって、この作品でも言えることなのかも。
10年前のテンポはなんだか間延びしているように感じる。これもネット時代のせいかなー。
きっと後半で話が早く展開するとこころえて、大人しく笑って待つ。

後半、話は動きだし、タイナカ(山崎一)は現実とやりたいこととのギャップに悩み、モズ(廣川三憲)達は小芝居みたいな詐欺に手を染めている。
世間から期待されることと自分のやりたいことのせめぎ合い、迷走する価値観。
 …でも、なんか話のスケールがちっちゃいんだよねー。いや、メグリ(大倉孝二)もそう言ってるんだけど。
なんか、期待の外に出ないっていうか、逆にリアルっていうか。パリのカフェのアーティスト達なのに思考が小市民的。つか、それってやっぱ2ch。
タイナカの現実との妥協の仕方はd(>_・ )グッ!  って思うけど、
考えてみりゃ、凡人がやりそうな妥協だよね。

うーん、2chていうものがなけりゃ、この作品に対する評価はも少し変わったかも知れない。
こーゆー思考や悩みや現状維持的妥協って、もう見慣れちゃってるんだよね。

と、いうわけで、10年前と今とでは、時代はやっぱ変わってるんだなー。
などと思ったのでした。

『ノーアート・ノーライフ』というタイトルから、表現をめぐる現実との相克を解決するヒントを求めたりしなければ、気楽に笑えると思う。
(劇中にはフランス語がいっぱい出てくるのに何でタイトルだけフランス語じゃないんだろう・・・)
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by k_penguin | 2011-11-19 02:37 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(8)  

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Commented by ぽんたろう at 2011-11-23 04:38 x
私も観てきました。
びっくりするぐらい初演の印象が残っていませんでした(^_^;)
『すべての犬は天国へ行く』は「えっ!10年も経ってるの?」
という感じなのですが。
あの頃のナイロンでは、『フローズンビーチ』に代表される
女優たちのスリリングな芝居にシビれていたので(ナイロン
の女優さんたちは本当に素敵!)この長閑な戯曲は、初演を
観たときも楽しかっただけで終わったんだな〜と。
ただ、タバコとスイカの匂いで記憶がよみがえるというのが
自分としては面白かったです。
匂いが印象に残る舞台って、まずないですので。
Commented by k_penguin at 2011-11-23 10:32
タバコとスイカの匂いですか。いいですね。
私の席からは匂いまでは分からなかったです。
ワタシ的にナイロンは、大倉と犬山が出てれば「観たい!」って思います。

「劇作」でケラが
自分は女性心理を書くのが得意だと言われているけど、それは女って、現実の枠を超えたことやりそうって思えるけど、男だと想像が出来ないからだ。
と言ってたとき、ピンと来なかったんですが、
これを観て、あーそーゆーことか。と思いました。
現実の枠を超えられない人達を扱う作品というのも世の中に多いし、
『ノーアート・ノーライフ』もケラの作品じゃなければ、
ふつーに「面白かったー」で終わるんですけどねえ。
Commented at 2011-11-24 18:29 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by k_penguin at 2011-11-24 20:14
非公開コメントさん、情報ありがとうございます。
作者のHP見てみましたが、なかなかの趣味人ですね。
あーゆーのやりたい気持ち分かります。
Commented by yuma at 2011-12-15 00:06 x
こんばんは、ご無沙汰してます。
私も観てきました。
前半のウダウダは案外楽しめたんですが、後半の盛り上がりが「来るか!」と思ったほどには来なくてちょっと拍子抜けしました(笑
そしてこのエントリで「死なない」という前情報を持っていたのにモズさんがあんなことになってちょっとびっくりしました。
個人的にはメグリのキャラが良いなぁと思いました。ていうかアレは大倉孝二が良いのかしら。

ところでケラさんの作品は、登場人物の名前は何か意味があったりするんでしょうか?
タイナカとかちょっと変わった名前ですよね。
Commented by k_penguin at 2011-12-15 00:35
yumaさん、お久しぶりです。楽しまれたようで幸いです。

>モズさん
 ケラの虐殺に慣れてしまった客としては
「モズさんがあんなことになったのに結局死なない」という点に驚くのです。

大倉孝二のメグリは良かったですよね。
もう少し活躍して欲しかったなあ。でかいこと出来そうなの、あの人くらいなんだもん。
でも、結局あの人が1番まともなような気がする。

>登場人物の名前
 言われてみれば、ケラの作品には変わった名前の人がよく出てきますね。
ケラはいっぱい戯曲を読んでますから、
なんかの引用ということは大いにあり得ると思いますが、
私には元ネタが分かりません。
変わった名前のひとが登場すると、なんか「お芝居」って感じがするなあ、
とかぼんやり思うくらいです。
Commented by yuma at 2011-12-15 01:30 x
あ、そういえばモズさん死ななかったどころか、最終的に意識を取り戻してましたもんね。
あの流れだったら死んでいても全然不思議でない、っていうかむしろ亡くなっている方が腑に落ちるような気もしたんですが、なぜモズさんは死ななかったんだろう。

メグリはある意味、一番才能があって一番の常識人なのに、よく考えたら彼だけが「前科者」なんですよね。実刑までくらって・・・。
役柄がかなり「若者」な感じだったので、あぁ、10年前の大倉さんは今よりずっと若者だったんだよな、と少し思ったりもしました。

この舞台の主題は、何だったのかなぁ、と、ゆるゆる考えています。
Commented by k_penguin at 2011-12-15 22:34
モズさんは最初は「どのタイミングで死ぬんだろう」とか思うんですが、
話が進むにつれ、
死んでもストーリーとかテーマに影響しなさそうだな、なら死なない方が良いな。
と、思うようになりました。

ケラの「劇作」で聞いたんですが
男だけ出るこの作品の前に上演したのが、女だけの「すべての犬は天国へ行く」で、こっちはほとんど全員殺されちゃうんですが、
女であれば現実離れしたことでも「やりそう」って思えるけど、男だと想像しにくいそうです。
この作品は何か、小市民的ないわゆる日常(「リアル」)の雰囲気をまとっていて、
その範囲内でおさまる感じになっちゃうのかなって思いました。
そういう意味で2ちゃんぽいなって。

メグリ
「前科者」ってある意味、社会規範とちゃんと関わったということですから、
だから常識も持ち合わせて居るんだろうと思いました。
後に彼は美術館の守衛になって、展示作品を全部贋作に置き換えちゃうんでした。
やっぱ1番面白い人ですね~。

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