『THE SPOT』その後 仙台コメからKKTV3へ

長きにわたり、東日本大震災まで挟んじゃった『THE SPOT』全国ツアーも終わり、『THE SPOT』については一段落、今は『小林賢太郎テレビ3』の方にファンの興味は移っているようであるが、
今さら『THE SPOT』の最終公演地、仙台にての総括コメントについて書こうと思う。

あのコメントは、震災についての総括コメントでもある。
震災に対する自分の気持ちの変遷を書く人は多い。そして大体似たような思考の流れを記録している。
震災の悲惨な状況に直面し、自分の無力さに落ち込むが「俺は被災してないのに落ち込んでいても何にもならない、明るくいこう!自分に出来ることをやって社会に貢献するのが筋だ」
そう考えるのはごく普通の思考の流れだと思う。小林さんもしかり。
あらかじめ思考の流れが把握できるからこそ、小林さんの文章のおかしさを指摘できる好材料になる。
俺はそう考えた。

仙台コメ(11.8.20 [SAT]『THE SPOT』千秋楽!仙台公演)は長いので、一部を抜粋しながら話を進める。
発生から8日後の3月19日。予定されていた山口公演から上演が再開されることになりました。所属事務所のコントライブや知り合いの劇団など、舞台公演は全て自粛されていました。その中で僕のライブがの震災後最初の興行ということになり、なにかこう、責任を感じました。
 「まずは筋を通す」これが僕の仕事だと思いました。①日本はこれから大きく復興しなくてはならない。健康で働ける僕たちが経済活動をストップさせてはもともこもない。そんな考えのもと、僕は舞台に立ちました。
 けれども、あの惨状を知った上で人を笑わせるという気持ちにはなかなかなれません。力づくで自分をねじ伏せ、本番に挑みました。本番が終わったら、葛藤するだけ葛藤して、疲れて、寝ました。

基本的に意味は通っている。ただ下線部①が唐突である。
文の流れ的に下線部①には「筋を通す」ことの内容説明が入るが、ここを空白にして、残りの部分から空白部を想像して欲しい。
 知り合いの劇団などが自粛のなか自分が最初に興行する-責任を感じる-「筋を通す」ことを心がけようとする-でも、人を笑わせるという気持ちにはなかなかなれなかった。
以上のことからすれば、「筋」とは自粛中の劇団の中の人たちへの「責任」に対応するもので、その内容が「客を笑わせる」ものであることになる。
つまり、下線部①には、
舞台に立てないみんなのためにも、今ここに来てくれているお客様に満足してもらおう。
というようなことが入るはずだ。
それを経済活動云々とかずれた話をしてしまうのは、舞台に立ちたいのに自粛中の劇団の人たちを主体にすべきところを、主語を唐突に「日本」で始めてしまったからである。
唐突に「主語」を見失うのだ。

 震災直後の日本列島の12もの都市を旅するという経験は、僕に多くのことを教えてくれました。「大震災」という僕たちに投げかけられた問いに対して、こんなにも多くの視点や立場があるものだと知りました。②人は考えの角度を決めつけてしまうことで、見失い、かたより、食い違いを生むものなのですね。
 ③コントもそうなんですけど、考えを決めつける事なく、自分をしっかり疑って、あらゆる違う角度から何度でも考え直すことが大事なんだと思います。④そしてその中から、一番ハッピーなやつを選ぼうじゃありませんか。ネガティブな情報をコレクションするのは、もうやめましょう。

下線部②は最初読んだとき、「多くの視点や立場」からそれぞれの意見を言っている多くの人達のことを指すのかと思った。しかしそれでは、ある特定の視点から震災について意見を言うこと自体を「見失い、かたより、食い違いを生む」と全否定することになってしまう。
しばらく考えて、どうも下線部②の主語「人」とは「自分」のことらしい、と思い当たった。
「主語」がぼやけているのだ。

下線部③と下線部④は、何気に繋がって流れているが、実は繋がっていない。
下線部③のコント作りの考え方としては、選ぶものは当然「1番面白いやつ」が答えであって「一番ハッピーなやつ」ではないからだ。
なぜ「一番ハッピーなやつ」を選ぶのかの理由は、前半の段落にある。
「僕が気持ちを沈ませることは、被災者になんの足しにもならない」からだ。
このように、実は下線部③の「考える」主体と下線部④の「選ぶ」主体は違う者である。
ただ文に主体は書かれていない。主体が消えても、読み手が適当に頭の中で補うから、何となく意味が繋がるように感じるのだ。
なお、下線部④の主体が「僕」である以上、彼が選んだ「一番ハッピーなやつ」とは何か、もこのメッセージに書いてある。主語がないから分かりづらいけど。
「主体」が消えて、話を途中から別の話にすりかわる。


以上のように、彼の文章の特徴は、全部「主語」「主体」に関わっている。
主語。主体。つまり、「自分」の概念。

そこから先は、俺にはよく分からなかった。
ただ、
この人は、コミュニケーションの前提として必要な、作り手受け手共に共通の基盤、暗黙の前提のどこかが抜けている。
そう思った。

そして、その思いを持ったままKKTV3を見たら、最初に小林さんが
「コミュニケーションをするには、作り手受け手に共通の基盤というのが必要で、」と、話し出したので、驚いた。
小林さんに言わせれば、その基盤にあたるのが「日本語」なんだそうで、
それから日本語の言葉遊びに入っていくのだが、ワタシからすれば、「日本語」はコミュニケーションツールにすぎない。
もちろん共通の基盤の1つだが、小林さんに問題がある基盤とは別物だ。
彼が言うことは「そういうことではない」のだ。

小林さんは自分に「共通の基盤」が欠けていることに気がついていて、それを隠すために言葉遊びで日本語を操作している。
そう感じた。

仙台コメは小林さんが苦労して操作なしの普通の日本語を使おうとした文章だ。
震災との対決は現実との対決。
相手が人でない以上、日本語操作の小細工が通用しないから。

・・・と、まあ、そんなわけで、KKTV3より仙台コメの方にテンションが上る俺なのであった。


なお、参考に俺がした仙台コメ(部分)の修正を下につけておく。
たたき台にでもしてください。
青い部分が書き直し、又は挿入部。




<前略>
 発生から8日後の3月19日。予定されていた山口公演から上演が再開されることになりました。所属事務所のコントライブや知り合いの劇団など、舞台公演は全て自粛されていました。その中で僕のライブがの震災後最初の興行ということになり、なにかこう、責任を感じました。
 「まずは筋を通す」これが僕の仕事だと思いました。
舞台に立てないみんなのためにも、今ここに来てくれているお客様に満足してもらい、少しでも心の支えになってもらおう。
そんな考えのもと、僕は舞台に立ちました。
 けれども、あの惨状を知った上で人を笑わせるという気持ちにはなかなかなれません。力づくで自分をねじ伏せ、本番に挑みました。本番が終わったら、葛藤するだけ葛藤して、疲れて、寝ました。
 でも、次第に分かってきたんです。その苦しさは正義感のようで実は無意味なものだと。だって、僕は何も失っていない。揺れたときちょっとは怖かったけど、命も、家も、ちゃんとある。自然の猛威にすべてを奪われた方の気持ちは、どんな想像力を使っても計り知ることはできません。それに、僕が気持ちを沈ませることは、被災者になんの足しにもならないのだから
 そう思ってからの公演は、とにかく厳しくいきました。「もっと面白くするには、もっと楽しんでもらえるには」毎日毎日、疑って疑って、作品の完成度を上げることに全力を注ぎました。つまり、いつもどおりの僕です。そして『 THE SPOT 』は、自分でも納得いく作品へと成長していきました。

 震災直後の日本列島の12もの都市を旅するという経験は、僕に多くのことを教えてくれました。「大震災」という僕たちに投げかけられた問いに対して、こんなにも多くの視点や立場があるものだと知りました。
僕はいつの間にか考えの角度を決めつけてしまって、かたより、見失ってしまっていたのかもしれない。
 考えを決めつける事なく、自分をしっかり疑って、あらゆる違う角度から何度でも考え直すことが大事なんだと思います。コント作りと同じです。
そして僕は、その中から、一番ハッピーなやつを選ぼう、ネガティブな情報をコレクションするのはもうやめよう。そう思います。気持ちを沈ませることは、なんの足しにもならないのだから。

 あれから5ヶ月。確かな事は、僕はずっと笑い声を聞いていた、ということ。山口も、広島も、大阪も、新潟も、福岡も、静岡も、京都も、札幌も、横浜も、名古屋も、東京も、仙台も、みんな同じものを見て笑ってました。みんな僕と同じ気持ちでいてくれている。「繋がってる」って思いました。
それが僕の選んだ一番ハッピーな情報です。

 復興は始まったばかりです。全員で乗り越えてやりましょう。僕も、僕に出来ることをやり続けます。

<後略>
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by k_penguin | 2011-08-28 15:48 | エンタ系 | Trackback | Comments(6)
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Commented by K☆SAKABE at 2011-10-01 18:40 x
penguinさん

実はですねぇ、KKTV3を見逃してしまいすっかり話題に乗り遅れてるんですよ。
それはさておき・・・
>「まずは筋を通す」
震災の後、野田秀樹が「劇場の灯を消すな」と自粛自粛の演劇界に異を唱えたのは有名な話。
すみません、私としては「青二才が偉そうに言ってんじゃないよ。」って言うのが正直な感想なんです。
「筋を通す」も通さないも、演れる演者が演る。
かっこつけて何言っても、世の中の人間のほとんどができることしかできないいんだから、できることを精一杯行うことが復興のっきかけなんじゃないのかと思うんですよ。
演りたくても演れない役者や劇団に対して、恥ずかしくないものを創造することしか「筋を通す」という意味にはならないんじゃないのかな。
日本がどうの、経済活動がどうのなんて100年早い。

ごめんなさい。
また怒っちゃいました。
Commented by k_penguin at 2011-10-01 19:59
SAKABEさん、お久しぶりです!
しばらくいらっしゃらないので、どうしてるかな、と思ってました。
お元気そうに怒ってらっしゃって、なによりです。
KKTV3はきっとそのうち再放送ありますよ。

>「筋を通す」
 「筋」の内容がわかんないんですよね。
ワタシは演劇という商売についてよく知らないんで、小林さんのコメントで初めて
主催者が上演するかしないかの決定権を持っていて、演者側には無いと知りました。
そういうワタシから見れば、
上から命令された上演をやるだけのことに、筋を通すも通さないも無いんじゃない?
と、なってしまう。
そう思う人を説得できるほどの内容を、仙台コメは持っていない。

ま、そうであっても、
小林さんの精神世界をかいま見るという点では、
なかなかのお役立ちコメントでしたので、ワタシは結構満足です。
小林さんが偉そうなこと言うってだけで、感動して元気づけられる人も結構いるみたいだし、
まー結果オーライなんじゃないの?
Commented by K☆SAKABE at 2011-10-02 14:44 x
正直、ネタのでき云々は二の次で、「見たい」って言う欲求を見たしてくれれば客のほとんどが満足するんなら、通すべき筋なんて関係ないんですよ。

>一番ハッピーなやつを選ぼうじゃありませんか。
演者がハッピーなら、見たくて見ている客は十分ハッピーな気持ちで帰ることができるはずです。
このときだけは、生みの苦しみとかにじませないで、楽しそうに演っててくれたらそれでいい。
Commented by k_penguin at 2011-10-02 16:17
あのコメントでいう「一番ハッピーなやつを選」ぶって、
 俺は現実逃避するぜ。
っていう宣言に過ぎませんよ。
つまり、いつも通りってことです。

どうせ現実逃避するならもっと元気に逃げればいいのに、
そうすれば演者もハッピーなのに、
「筋を通す」とかいって、現実と折り合って責任果たしてるふりするから
変な感じになっちゃうんですよね。

そういえば、初期のラーメンズは元気に現実逃避してましたよね。
ひとりぽっちじゃ、逃げる気も起きないのかもしれませんね。
Commented by aki at 2012-02-17 17:08 x
すみません、どこに書きこめばいいのかわからなかったので、こちらにもおじゃまします。

ほんっとーに瑣末なことなのですが、KKTV3で小林さんが教室でやっていたコント、陽の当たり方が気になりました。たしか学校って、黒板を背にすると右側に窓があり、陽が当たるようになっていたはずです(窓が南、黒板が西、廊下が北という構図)。あのセットだと、廊下側から夕日が当たっていました。

なので私はこれは現実世界の学校ではなくて、小林さんの頭の中で小林さんが1人で作った遊びなんだなと思っていました。自分でやっているから、黒板消しにも気づける。それを毎日繰り返しているのだと。

なんか寂しい感じですが・・・。

ちなみに「うるう」でも、後半で後ろからオレンジの光が当たる場面があって、きれいだなーと思いました。
Commented by k_penguin at 2012-02-17 21:35
黒板消しは小林さん自身が仕掛けているという意見は他にもいただいてます。
ワタシもそう思います。
KKTV3の記事及びコメ欄でいろいろやいのやいの言い合って、で、
 あれは遊びを兼ねた外に出るための脳内儀式である
という結論になりました。
「黒板消し」はリモコンと同じ役目で「内と外をつなぐ仕掛け」です。

陽のあたり方については発見でした。
どうしてでしょうね。
窓からの西日より廊下側からの夕日の方が
物寂しい感じだからですかねえ。