『若き志願囚』(復刻版)

判例時報の裏表紙の広告には
深い人間愛によって貫かれている我が国の行刑の実状を、終戦直後の体験を通して赤裸々に綴る。

ってあるけど、あんまり気にしないで読んで良い。
ふつーに面白いから。

1949年(昭和24年)、京大法学部3年生の森下忠くんは、「刑法を学び刑罰を論ぜんとする者は、常に行刑のなんたるかを深く考えねばならない。」というわけで、身をもって囚人体験してみることを決意した。
…えー、現代語訳すると、刑法や刑事訴訟法をちゃんと理解したいなら自分で刑務所を体験してみなくちゃなんじゃね?
と、思ったわけね(行刑とは身体の自由の剥奪を内容とする刑罰の執行)。
まっとうな考えではあるが、ふつーは絶対しない考えでもある。

要はフィールドワークなわけだが、やる以上は身分を周りに明かさず、囚人になりきってやってみたい。
森下くんは検察官と大阪刑務所所長の力を借りて、偽囚人となりきって、10日間ムショ暮らしをしてきたのだ。
偽とばれたら同房者に何をされるか分からない。
スリル満点の10日間。

と、いうわけで、
この本には刑罰を執行されている犯罪者の方々がたくさん出てくる。
みんな割とふつーの人だ。
ふつーじゃないけどふつーだ。
どういうことかというと、ふつーの人が自分の意に反して拘禁され、娯楽も嗜好品も取り上げられるというふつーじゃない状態になったら、ふつーこうなるんじゃなかろうか、
という想像の範囲内におさまるということだ。
終戦直後という時代のギャップすら余り感じさせない。
1番時代を感じさせたキャラが、
刑務所どころか留置場や拘置所も体験し、忙しさの余り司法試験の願書を出すのを忘れ、暇になってしまったので少年刑務所にボランティア職員として参加した。
というのほほんとした森下君その人だった。

このての体験記としては、以前、花輪和一の『刑務所の中』というマンガを読んでいたが、
時代が変わり刑務所の設備は変わったかも知れないけど、中の面々は余り変わらないという気がする。

ただ本の印象は『刑務所の中』とは大きく異なる。
それは作者の姿勢の違いにある。

淡々と観察者に徹した花輪和一に対し、熱き青年森下君は、いろいろなことにいちいち感心し、不平を言い、義憤に駆られたりあっけにとられたりする。
矯正に関わる職員側の描写ができるのも、森下君ならではだ。
花輪和一は矯正ということに興味はない。反省する気は毛頭ないからだ。
自分のコレクションが銃刀法違反にひっかかっただけで、誰に迷惑をかけたというようなものではないから、まあ仕方がない。花輪和一のことだからコレクションは命に等しい価値を持っているだろう。

一方森下君は、いかに犯罪者を社会に戻すか、ということに興味を待っている。
62年後、森下教授は回顧して
当時、私の心の底には、太平洋戦争で戦死した多くの学友や同胞のことに思いをはせつつ、「生き残った者は、平和のために何かをしなければならない。」という強い気持ちがあったのです。

と、序文に書いている。
そのような観点から見ると、受け入れる社会の側の問題や、矯正って、人が人と対峙するしか方法がないんだな、じゃあ今は絶対人材が足りてないよな、とか、いろいろ深く考えることもあるんだけど、
そういうこと今ここに書いても説得力無さそうだから止めとく。

とにかく、読みやすくて面白いので気軽にお勧めできる。
刑事法に興味を持ってる人には特にお勧めしとこうかな。


・・・ところで、この本に「豆ぞうり(ゲソ)」という物が紹介されている。
いつから始まったのかは知らないが、刑務所には豆ぞうり(ゲソといわれている)作りの秘伝が伝わっている。二本の縫い針を左手の親指と人差し指とではさみ、普通のぞうりと同じ要領で編むのだ。
(中略)
熟練すると、米粒よりも小さいのを見事に作る。もちろん、鼻緒も-ときには三色あやなして織ったのもある-ちゃんとりっぱについている。
(中略)
「これを持っていると、早く釈放になる」「事件をふんでも、つかまらない」「女の人が持てば、安産のお守」「商人がもてば、商売繁昌で金がジャンジャンころがり込む」などと、昔からありがたいいわれのある、霊験あらたかなお守なのである。
(中略)
 それを彼らは、釈放のときたくみにかくして持って出る。このように苦心惨憺して作り、やっとシャバに持ち出した豆ぞうりにして、初めてお守としての御利益がある。
(中略)
このように豆ぞうりは、刑務所という特殊の世界、独特の囚人心理の産物だ。禁止されればされるほど、彼らは熱中する。それでいて、いったん釈放されると、どんなに金を出すといわれても、決して作る気にはなれないそうだ。見つかれば懲罰だと知りながら、やるせない心のはけ口を求めて、一心不乱に針をはこぶ彼らの気持ちは、皆さんにもわかっていただけるでしょうか。

引用が長くなったが、豆ぞうりの魅力が伝わったであろうか。
これを読んだ俺は是非その豆ぞうりとやらを一目見たいと思ったのだが、きっと一生見る機会はないであろうと諦めていた。
ところが本を読んだ数日後、パウル・クレー展にいくため北の丸公園を歩いていて、偶然、「第53回全国矯正展 全国刑務所作業製品展示即売会」というやつに行き当たった。
ぶらっと立ち寄り、眺めていたら、
なんと豆ぞうりが資料として展示されているではないか!
c0030037_5522583.jpg

c0030037_5522039.jpg

本当に米粒より小さい。

いやー、ラッキーだった。クレー展に竹橋から行かなくて良かった。
それにしても、展示物が古すぎる。大正から昭和30年代だもの。せっかくの豆ぞうりが色あせちゃったじゃないか。
やっぱり行刑密行主義は完全には改まっていないのだなあ。



若き志願囚
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by k_penguin | 2011-06-05 06:05 | エンタ系 | Trackback | Comments(2)
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Commented by smashige at 2011-07-25 02:04
ご無沙汰しております。
この豆草履、すごいですね〜。
最近は製作の技術を有する者が少なくなった、と読めますけど、今も何人かは作る技術を持ってるって事なんでしょうかね。。
森下さんの本、読んでみたいと思いました。
今の森下さんにも興味が出てググってみましたけど、古希記念論文集とか出されて、立派な先生なのですね。
Commented by k_penguin at 2011-07-25 12:16
smashigeさん、お久しぶりです。
ブログの写真、いつも楽しませていただいてます。

豆ゾウリは、展示品も古ければ、説明書きも古そうだったので、
平成の現在に至っては、もう作れる人はいないんじゃないかと思います。
普通のぞうりの作り方も今は知ってる人いないですもんね・・・。

森下先生は、判例時報に月1くらいで連載しているのを読んで知ってるだけなんですが、
変わってて面白い人です。
刑法学派的には少数説ですが、外国の刑法や実務にも詳しく
外国の文献を縦横無尽に引用できるので、誰も文句が言えない。
という存在のようです。
この「若き志願囚」は面白いですよ。


法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


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