『僕たちの好きだった革命』(再演)

面白いという噂を何となく聞いたので、見に行くことにしたのだが、そういえば鴻上尚史作品を生で見るのは初めてなのだった。

何と、開演前から舞台の上で出演者達が学生服でたむろっている。
全共闘時代の学生サークルの雰囲気で、ギターをつま弾いたり、ごろごろしたり。
客席やロビーにまでふらふら出て行ったりする。
なぜか片手にカーペットを掃除するコロコロを持った中村雅俊も、塩谷瞬も歩き回っている。
最後の方には、鴻上尚史も学ラン姿で出てきてあぐらをかいてフォークを歌い、客の小学生と握手していた。

お話もわかりやすかった。
あらすじは公式サイトで読んでもらうこととして、
映画とかテレビとかにもできるストーリーなんじゃないかと思う(と思ったら、映画化の企画は既に存在するらしい)。
1969年の学生運動のノリのまま、1999年に47歳のおっさんとして存在する山崎のキャラは中村雅俊で一応成功している。
暑苦しくてウザいリクツを並べ、古いギャグを平気で口にし、「ムカツク!」と怒鳴るやつにはちゃんと大正漢方胃腸薬(!)を手渡すが、フォークはしみじみ歌い上げる。
ただ、やっぱり中村雅俊なので、ちょっときれいごと過ぎるようにも思える。
1969年には俺はまだ生まれたばかりだったので学生運動を知っているわけではないが、学生運動をやっているやつは、あんなにちゃんとモノを考えてはいなかったと思う。所詮高校生だし。
むしろ日比野(塩谷瞬)のように、好きな子がいたからおっかなびっくりやっているだけで、実は別にポリシーとかないノンポリ(死語!)が口先だけでやっているのが大半だったと思う。
機動隊のおっさんが懐かしそうに「全部『不退去罪』で逮捕だーっ!」と言うというミスもあるし(適用されるのは不解散罪(多衆不解散罪、刑法107条)。警官は決してこういうミスはしない)、学生運動を知っている人たちならつっこめるところが多いのではないかという気がする。

それに比べて、1999年の方はさすがに良くできている。
ノストラダムスに2000年問題のおかげで、何か大きなことがありそう、という予感とそんなはずはないという諦念の間でおろおろしている日比野と、そんな流れとは無関係に自分の道を見つめる小野未来(ミク)(片瀬那奈)。
人気ラッパー、タイトキックさんを学校の文化祭に呼びたい(加藤鷹も呼びたい)という、ちょっとしたことをきっかけに、ちょいとした学生運動が起こる。
ラップというのもこの時期が一番良い時期だったかもしれない。
実は社会に主張したいことなんて何もないということがまだばれていなかったし。

大騒ぎの文化祭のシーンは賑やかで楽しいし、気分よく見られるので、学生運動にこだわりがある人でなければ楽しめると思う。




現在の日比野は母校に教師として勤め、小野ミクの書いた没原稿『僕たちの好きだった革命』を演劇化し、できれば広く広め、そして、現在パレスチナでNPO活動をしているらしいが消息を絶ってしまったミクを探し出そうとしている。
日比野がミクを好きだったと言うだけではなく、教師にやりがいを見いだせない日比野は自分の未来(=ミク)を探そうとしているのだ。

しかし、そこまで現在って、何もない時代なのだろうか。
そもそも何かを探すならバレスチナまで出向かなくちゃならないほど今の日本は平和なんだろうか。
革命のきっかけなんて「加藤鷹さんを文化祭に」で十分なはずなのに、何もないと感じるのは、日比野自身の内面にも原因があるのではないだろうか。
日比野の気持ちはわかるが、ミクが見つかっても彼の問題の解決にはならないような気がする。
で、そういう気がすることは、この作品の存在意義自体にケチがついてしまうことになるので、現在の日比野を語り手にするというのはお話の語り方としてどーかなーって思った。
しかも途中で語り手の地位をミクに取られてるしね、こいつ。
へなちょこな日比野のキャラ自体は十分に感情移入できるんだけど、ちょっとそこが疑問。
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by k_penguin | 2009-05-23 16:03 | エンタ系2(ライブレビュー) | Trackback | Comments(0)
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