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ネットの泥仕合と名誉毀損

ネット書き込みで名誉棄損、二審は逆転有罪
という見出しを見た感じでは「また2ちゃんか」という感じで、そんなバカ有罪だshit!
で、終わりなのだが、このラーメン店というのが「らあめん花月」で、宗教団体が日本平和神軍ということを知っている人たちはまた別の反応をすることが多いようだ。
みんなカルト宗教嫌いなんだなあ。
大勝軒しか行かない俺としては、別に花月の金を宗教につぎ込もうが勝手だと思うけど。

で、面白いのはこの事件で無罪を出した地裁判決だ(東地判H20.2.29 判時2009)
これは、個人のネットでの表現については、マスコミによる表現よりも名誉毀損の成立範囲を限定するという新しい基準を提示している。
それについてはこんな風にまとめられているのが普通のようだ。(読売)
1審判決は、個人がネット上に掲載した情報について、「信頼性は低いと受け止められており、被害者の反論も容易」として、〈1〉わざとウソの情報を発信した〈2〉個人でもできる調査も行わずにウソの情報を発信した--場合にのみ名誉棄損が成立するという新たな基準を提示。

判決自体をあたると、実はこの基準が適用されるのは個人のネット表現というだけでなく、
被害者が、自ら進んで加害者からの名誉毀損的表現を誘発する情報をインターネット上で先に発信したとか、加害者の名誉毀損的表現がなされた前後の経緯に照らして、加害者の当該表現に対する被害者による情報発信を期待してもおかしくないとかいうような特段の事情があるとき

という限定が加えられているのだが、これは報道で省略されてしまっていて、
そのおかげで
「ネットに書き込めるなら自分で反論すれば。」という2ちゃんの荒らしが言いそうなことを地裁が言っていると受け取られているようだ。
まあ、地裁がつけた限定も、具体的にどんな場合なのかがピンとこないので、抜かされて仕方がないと言えばそうなんだけど。

この事件、花月側は決して一方的に言われっぱなしでいたのではない。ざっと見ても、どっちもどっちの怒鳴りあいに、脅迫コメントでエスカレートした泥仕合。批判HP側だけが訴えられているのはちょっと首をかしげる。
地裁の独自の基準は、そういう事情をくんでみた結果ではないかと思う。

こーゆー、「被害者とかいうけど、お前十分怒鳴り返してるじゃん」論理(対抗言論)は、昔、よしりん(小林よしのり)が訴えられた民事訴訟でとられたことがあったと記憶している。
これは、本人が言い返した分、社会的評価の低下が阻止されていて、最終的に低下していない。ということだから、「結局、名誉が毀損されていない」という結論を採るのが筋だ。
しかし、今回の地裁判決は名誉の毀損自体は認めているので、この筋は取っていない。
何でこれを取らなかったかというのは、これは刑事事件であり、「名誉毀損罪はいわゆる抽象的危険犯と解されるから、いったん表現された以上は、それが反論の容易なインターネット上でなされたものであるからといって、同罪の構成要件該当性を否定することはできないと考えられる。」
ということだと思われる。
社会的評価を低下するに足りる事実を公然摘示した以上、相手がその後どう対応しようと名誉毀損の成立要件は満たしちゃうのね。
だから、相手のその後の対応を先取りして名誉毀損の犯罪阻却要件に織り込まなくてはならなくて、それがさっきの「特段の事情」を含めた新基準の形をとったといえると思う。

この地裁判決の面白いとこは、
どうせ控訴審でひっくり返るだろうと予測して、ひっくり返しやすいまとめ方をしているとこ。

「従来の基準によった場合には、故意がないとして無罪になることもないと考えられる。」って一度書いた上で、新基準を理由を付けて書き、その理由を否定しさえすれば簡単にひっくり返した判決が書けるようになっている。従来の基準での事実のあてはめまでしてある。
なんだか、アライグマくんに言いたいこと言った後、殴り飛ばされるために静かに覚悟を決めてたたずむシマリスくんのような判決だ。


ところで、個人的には、個人のネット表現については何らかの形でマスコミよりも名誉毀損の成立を限定して欲しいと思っている。
地裁の基準を使わないとしてもだ。
プロ(一応)の草薙さんだって、書いて良いことといけないことの区別がついていないのだ。
普通の人にそれと同じレベルを要求するのって無理なんじゃないかと思う。
つか、俺も良くわかんないし。


追記 2010.3.17 最高裁が上告棄却
最決平成22年03月15日(リンク先pdf)
インターネットの書き込みも他の媒体による表現も名誉毀損の成立の基準は変わらないとしたもの。

これをインターネット上の表現も新聞などのマスコミ報道と同じ程度に資料を集めなければならないと解した記事があるようだが(J-CAST)、
「相当の理由の存否を判断するに際し,これを一律に,個人が他の表現手段を利用した場合と区別して考えるべき根拠はない。」
とされているので、必ずしもマスコミと個人を同一に扱うものというわけではないと思われる。
どちらにしても,「確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しない」点では変わらないが、
具体的にどの程度の資料、根拠があればいいのかという判断はマスコミと個人で異なりうると解する余地はある。
俺としては、個人のビラまきなどとの比較で言っているのかな、という気がした。
by k_penguin | 2009-02-04 00:06 | 裁判(判決評) | Trackback | Comments(0)

法律事務所勤務。現代アート、NHK教育幼児番組、お笑いが好きな50代。


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